リオン観察記その六
時系列は『五柱目の神様』より前の話です。
確かにあの時。
私には、それが。
――太陽の光に、見えたのだ。
xxxxx
「……平和だねぇ……」
「そうだな」
「……あったかいねぇ……」
「そうだな」
緩み切った声に、私は適当に応える。同意しているのは事実だが。
声の主は私の適当さに文句を言うでもなく、むしろ気付いている節もなく。
「……明るいねぇ…………ぐぅ」
……あ、寝た。
風通しの良い縁側ではあっても、こんなに眩しい夏の日差しの下でよく寝ることが出来るものだ。
と、普通なら思うだろうが、今に限っては仕方のないことだろう。
なにせリオン(と私)は暗く寒い冥界から戻ったばかりなのだ。太陽の光を存分に浴びて、ゆっくり休むことの誘惑には抗えない。
我ながら、よくもまぁあの冥界から帰ってこれたものだとしみじみ思う。
最後は現世側からの救援があり、そのおかげでもあるのだが……やはり大半はリオンの功績だ。
しかし本人は自分がどれほどのことをしたのか自覚がない。謙遜が美徳になることもあるが、あまりに過ぎるといつまで経っても自信も自負も生まれない。
自分がどのような存在に成るか、そろそろ意識を向けるべきだと思うのだが……。
まぁその辺りは創造神に会った時にでも聞いてみよう。……この小さな姿のままだと泣かれそうなのでやや気が重い。
「……リオン様は戻ってきてからよく寝ますね」
「まぁ……前回のように『モノ作りが出来ない!』とずっと気落ちされるよりはマシだと思うがの」
内心で溜息を吐いている私の耳に囁き声が届いた。名前はフリッカと言ったか。その隣にはウルも居る。
別にこのタイミングで訪れたわけではない。黙っていただけで先ほどからずっと側に居た。
……フリッカがリオンにひざ枕をするという形で。
なお私は普通に枕を使わせてもらっている。中身の素材がスライムだと言う点にさえ目を瞑れば、クッションが効いてなおかつヒンヤリとして心地が良い。
「リオンは冥界でも普通に寝ているようには見えたが……さすがに心の底から気を緩めて休むことは出来なかったのだろう。反動だな」
「……そう、ですか。光神様はいかがですか?」
「リオンほどの疲労は溜まっていないし、そもそも光を浴びること自体が回復行為だ」
フリッカはなるほど、と一つ頷いてから風でリオンの目にかかった髪をそっと掻き分ける。その仕草と表情は『神子』に対する隔意など欠片もなく、ただ愛情に満ちていて、リオンの伴侶だと言う話に納得をする。
リオンは神造人間で肉体は無性ゆえに子は成せないのだから男性女性どちらを選んだとて変わりはないのだが、精神は魂の影響もあって女性だ。だからその話を聞かされた時は何故なのかと思いもしたが……リオンには必要な存在であったからか。
もう一人のウルは親友と聞かされていたが、こちらもリオンによく懐いているようだ。安心しきって寝るリオンに頬を緩めている。
……どちらも欠けていたせいで、リオンは冥界では泣いてばかりだったからな。
と、神ではあってもどうとも出来なかったことに煩悶を抱いていたのだが、良くも悪くも霧散させられる。
「あら? アイちゃん、ひざ枕が羨ましいならやってあげるわよぉ?」
「……誰もそのような事は言っていないのだが」
水神が(地神と風神も共に)やってきたからだ。いや、戻ってきたと言う方が正しいか。ここはリオンが神たちのために用意してくれた屋敷なのだから。リオンがウルとフリッカを連れて私の様子を伺いに来たついでに一緒に休むことになり、今に至る。
しかしネフティーは私が小さくなったと見るや子どものような扱いをしてきて非常に困る。メルキュリスならげんこつの一つでも落とせばいいのだが、ネフティーが相手だとどうにもやり辛い。
そんなある意味厄介なネフティーはチラとリオンの方を見て、私に視線を戻して。
「じゃあ、ひざ枕をしているのが羨ましいのかしらぁ?」
「誰もそのような事は言っていないのだが!?」
とんでもないことを言い出し、衝撃で思わず飛び起きた。
今も昔も、ネフティーの思考回路は本当にわからない……!
「えぇと……交代いたしましょうか?」
「そのような気遣いはしなくて結構だ!」
困ったような顔をしながらも譲ろうとするんじゃない! そもそも貴女は伴侶だろう!?
「神様枠ですので……?」
「……どう言う理屈だ……!?」
意味がわからない! リオンの周囲はこのような者ばかりなのか!?
混乱する私は、次なるレーアの一言で撃沈することになる。
「……アイティ、アンタからかわれているだけさね……」
「ハハハ! 昔のお硬いアイティと比べると随分愉快なことになったよねぇ」
「んぐっ」
とりあえずメルキュリスを殴り「ひどいよ!?」心を落ち着かせることにする。
「からかったわけではないのですが……」と聞こえてきたけど、聞こえなかったフリをしておいた。
周囲がこれだけ騒いでいても、リオンはぐうすかとしまりのない顔で寝たままだった。……いっそ私も寝ればよかった……。
レーアたちから冥界での話を聞かせてほしいとせがまれたので、ざっくりと話をしていくことに。
いつの間にか封印され、気付けば冥界で目が覚めたこと。長いような短いような期間を独り冥界で彷徨った後、とあるダンジョンでリオンと遭遇したこと。
「……広い冥界で偶然会えたのは、運が良かったな……」
「そうだな。今でも幸運だったと思っている」
冥界は数年かかっても踏破しきれないほどには広い。そのような場所でヒト一人と何の約束も目印もなく会うのは奇跡的な確率だ。その相手が神子であれば尚更だ。
少しでも経路にズレがあって合流出来なければ、リオンが神子でなければ……おそらく私はエネルギーが枯渇して滅んでいたことだろう。いくら節約したところで冥界に私が回復するためのリソースが非常に乏しいのだから。
『伏せてください!』
不意の叫びと共に撒かれたその聖水は光を帯びて。
……わずかな光であったのに、私には大いなる救いの光に見えたのだ。
あの時の私の胸中に広がった安堵は、言葉で言い表せないほどだ。
まぁ……その後発生した惨状についつい怒鳴ってしまったが、その、悪かったと思っている。
それ以降もリオンから受けた恩はいくつもある。
冥界において創造の力を得られることが、どれほど貴重で得難いものか。
『神だから』と私を畏れず対等に会話をしてくれることが、孤独に彷徨い続けた私にとってどれだけ有難かったことか。
私に対するそんなリオンの対応に全員が「リオンだから……」と言う反応を見せたのはついつい笑ってしまった。
道中でアルバを仲間にしてはまたも「リオンらしい」と和まれ。
ウェルシュとの戦いでは苦い顔をされ、最後のドラゴンゾンビとの戦いでも頭を抱えられながらも「……リオンらしい」と。
……何もかもが皆の期待?を裏切らなかったようで。それだけ把握されやすい、素直な裏表のない性格……と言うことにしておこうか。
「光神様」
「……何だ?」
話が締めくくられたところで、改めてフリッカが私を見る。
無意識に身構える私に……フリッカは大きく頭を下げてくるのだった。
「ありがとうございます。光神様のおかげでリオン様は救われました」
「……な、何? 確かにいくらかリオンの助けにはなったとは思っているが……別に私が居なくても――」
「違う。間違いなく主のおかげだ」
ウルまで混じってきて、私は困惑に首を傾げた。
「リオンは……泣いていたのであろう?」
「あ、あぁ……」
「主が居なければ、リオンは泣くだけでは済まなかった。きっと……精神が壊れていた」
「だからリオン様は光神様に感謝しているのでしょう。もちろん触媒の件もあるでしょうが、何よりも光神様のおかげで心が死なずに……無事に生きて戻れたのだと、強く感じていると思います」
「……」
なるほど、リオンが私にしてきたことが無自覚なように、私がしてきたことも無自覚であったと言うことか。指摘されて初めて気付くとは、私も随分と鈍っているようだ。
未だすやすやと眠るリオンの顔を見る。
……私は、貴女の助けになれたんだな。
「えぇと……やはり交代します……?」
「だからそんな欲求はない……!」
無意識に笑みが零れていたようで、フリッカにまたもそのようなことを言われてしまうのであった。
私がリオンに抱いている感情があるとすれば、それこそ姉が妹に向けるようなものだろうよ。……ネフティーに知られたら面倒な事になるので絶対に言わないが!
フラグを立てるか迷いました(寝言




