フラグは折るものです
「ギャウ゛ッ」
「おおー」
錆の混じった鳴き声と共にアルバが飛びつき、獲物がガッチリと捕まえられる。今日になって初めて狩りが成功したことで、わたしは思わず感嘆して拍手をするのだった。
……まぁ獲物と言ってもただのニワトリだけど、これまでの惨状からするとちょっと感慨深い。
「コケーッ!」
「ギャ!?」
「……あっ」
喜んだのも束の間、ニワトリが必死にもがきアルバの手からスルッと抜けていってしまう。
そのままバタバタと走り去るニワトリ――に横から音もなく手が伸び、再度の虜囚の身となるのだった。
「何をしているのだアルバ。敵をキッチリ仕留めるまで油断をするのではない」
「……ギャ……」
もちろんそれを為したのはアイティだ。わたしでもそんなスマートな芸当は出来ない。
いやしかし敵って……モンスター相手の心構えとしてならアリだけどさ。溜息を吐きつつニワトリを絞め、アルバに指導する様は本神からすれば至って真面目なのだろうけど……シュールだ。
アルバの体型は少しずつだけれども日に日に良くなっているように見える。特に最近はフラフラすることも減り、転ばずに歩けるようになった。そのおかげもあって今回の狩りの成功へと繋がった。オチもあったけど、アルバは真面目なので次回以降は気を付けてくれることだろう。
「次の目標はトカゲかネズミってところかな? 弱いけど素早いから難しいかな?」
「……冥界にはそれ以下がほとんど居ないだろう。鍛えるしかあるまい」
「ですよねー……。とりあえず今日はアルバが捕まえたニワトリでお昼ご飯を――」
作ってあげる、そう言い切る前に。
――強烈な何かが、わたしたちの横を吹き抜けていった。
凍り付き、動きを止めたわたしを叱咤するようにアイティが鋭い声を上げる。
「まずい! リオン、アルバ、逃げろ! ……いや、それじゃ間に合わない。とにかく物陰に隠れるんだ!」
「ギュ、ギュア゛?」
「……っ、アルバ! 走って!」
事態に付いて行けていないアルバが戸惑っているけれど説明している余裕はない。とにかく行動を促す。
しかし、今のアルバに機敏な動きなど期待出来るはずもなく、隠れることすら出来ずにそれは雄叫びと共に姿を現すのだった。
ゴガアアアアアアアアッ!!
「くっ……!」
衝撃で空気が震え、砂や小石が弾けてわたしたちへと降り注ぐ。バチバチとヒリつくのは静電気か、それともそいつが放ったモノなのか。
顔をガードするように覆った腕をソロリと除けて、それを引き起こした元凶へと視線を向けると、そこには。
「……ウェルシュ……!」
赤い鷲竜ウェルシュが上方に滞空してわたしたちを睥睨していた。その表皮からはバチバチとわずかに赤雷を放っており、今にも落雷攻撃を放ってきそうな気配だ。
アイティがわたしたちを庇うように先頭に立ち剣を構える。わたしも用意しておいた物をいつでも取り出せるようにしながら弓を持った。そしてアルバに出来ることは何もなく、不安そうに後ろに控えるだけだ。
しかし、臨戦態勢に入るわたしたちに対し、ウェルシュは飛び掛かってこない。光神の存在に警戒をしているのだろうか? と思ったのは正解だったようだ。
『妙な匂いに釣られてみれば……まさか斯様な地に神が居るとはな』
ヘリオスの件もあったのでしゃべったことにはさほど驚きはない。ただ、話し掛けてくることは意外ではあった。聞き逃さないように、さりとて油断をしないよう構えたまま耳を傾ける。
「……ふん、事故だ。誰が好んでこのような場所に居るものか」
『側に……神子……?も居るようだが、連れられて来たわけではないのか』
どうせ疑問形がくっ付けられるようなへっぽこ神子ですよ!などと言う文句はもちろん口にしない。アルバや幼生のゼファーが例外なだけで基本的にドラゴンは強者なのだから、緊張で舌が張り付いて何も言えないとも言う。
その時、ゾクリと寒気が背筋を上る。
ウェルシュが圧を強めてきたからだ。呼応するようにバチッと雷音がした。
しかしそれはわたしに向けてのモノではなかった。わたしからわずかに逸れ――背後のアルバに向けられたモノだった。わたしが対象ではないと知ってなお震えが走るが、何故アルバにそのような威圧をするのか疑問の方が強かった。まさかわたしがフラグを立てたせい……? いやいやいくら何でもそんなはずはない。
その答えは、すぐに知ることになる。
『神よ。条件を呑むなら冥界を出るのに協力してやらんでもない』
「……ほぅ? 一応聞くが、何故協力しようと言うのだ」
『知れたことを。光神が冥界に居るなど、居心地が悪いではないか』
まさかウェルシュからそんな提案がされるなんて寝耳に水だ。ヘリオスと言い、理性があり言葉を解するドラゴンは無暗に戦おうとしないのだろうか?
協力体制を築いて冥界からの脱出に追い風が吹くならこれほどありがたいことはない。ホッと息を吐く……その直前。
続けられた条件に、息が止まった。
『貴様の後ろに居る、醜く脆弱なドラゴンを始末させろ』
「――」
ドラゴンを、始末させろ、だって?
わけがわからない。どうしてウェルシュはそのような馬鹿みたいなことを言い出したのだ。
呻き声すら出せないでいるわたしの代弁をするかのように、アイティが訝しみつつ尋ねる。
「……始末とは穏やかじゃないな。このドラゴンは何か大きな罪を犯したのか?」
『弱いこと、それ自体が罪だ。ドラゴンの面汚しが一匹死んだところで、神である貴様には何の関係もないはずだ。それとも俺と一戦交えるか? さすがに俺とて神が相手では骨が折れるし、お互い消費は避けたいだろう?』
弱さが、罪だって……?
「……ウェルシュよ。下手をすると神と戦うことだってあり得るだろうに、それでも命を望むのか?」
『他の種ならまだしもドラゴンが弱者としてのうのうと生きるなど、俺のドラゴンとしての誇りが許さんからな』
弱者が生きることが、許されないだって……?
『ドラゴンのくせに人間の後ろに隠れた挙句に情けなく震えおって。ここで牙を剥いて立ち向かう気概を見せて、生き残る可能性にすら賭けられぬか』
吐き捨てるようにぼやくウェルシュ。わたしはチラリと後ろを、アルバを見る。
ぶつけられる殺意にアルバはすっかり怯えて丸くなり。
……またも、生を諦めたような目を、していた。
そんな目をさせたウェルシュに。
頼りないわたしに。
心の奥底から怒りが湧き上がり、わたしの中の恐怖を塗り潰していった。
衝動のままに、零していく。
むしろ吐き出さないと、わたしの内が焼けてしまいそうだった。
「へぇ……弱者をいたぶるのがドラゴンの誇り(笑)なんだ。それはそれは、随分と塵みたいな誇りだね。いや、塵だけに埃かな?」
『……人間。今、何と言った?』
「耳まで悪いのかな? それとも頭まで筋肉で詰まってわたしの言葉が理解出来ないのかな?」
わたしはゆっくりとアイティより更に前に出て、頭上のウェルシュを軽蔑の眼差しで見る。
強者ゆえにここまでストレートな侮蔑をぶつけられたことがないのだろう。ウェルシュは驚愕しているようだった。次第にわたしの言葉が浸透していったのか、怒りに顔が歪み、凶悪なものへと変貌していく。
……怒ってるのは、わたしの方だ。
「どうしても殺したいならわたしが相手だ、この傲慢クソドラゴン! 弱者が許せないと言うのなら、お前より強者であるわたしが弱者を泣かしたって問題ないよな!!」
バヂィッ! とわたしの右腕でウェルシュのものより大きな雷音が響き渡った。




