その先を夢見て、現実に
アルバが加わってから十日くらいが経過した。その間、素材を探しながらわたしの訓練とアルバのリハビリが並行でされていた。弱体化中のアイティもリハビリをしていた、って言うカテゴリに入るかな?
リハビリと言うのは、そもそも訓練以前にアルバは体を動かすこと自体が覚束なかったのだ。まずそこをきちんとする必要があった。具体的にはちゃんとご飯を食べて、体を動かす。ただし、無理矢理食べさせることも、痛めつけるまで動かさせることもなかった。なんだかんだでアイティは優しい女神様なのだ。
「そのようなことをしても逆効果なだけだろうに」
「だとしても、急かすでもなく、苛立ちを見せるでもなく、根気強く見守っているのはとても親切だと思うよ?」
「ガァ」
わたしの意見に、そうだそうだと追従するようにアルバが鳴く。この子も最初はアイティに対してビクビクしてたけど、すっかり慣れたものだ。いい神だからね。懐くよね。
そんなアルバの今の体型であるが、シワシワであるのは相変わらず。でも骨と皮しかなかったアンデッド一歩手前の体が少しふっくらして、剥げていたウロコがまた生えてきているのだ。ドラゴンだからか変化が著しいね。人間だったらこうはいかないだろう。
アルバがこのまま健康体になればどんな姿になるのだろうか。楽しみだな。……ずっとシワシワだったらどうしよう、と言う不安は端っこに追いやる。
「適度な運動ももちろん関係しているだろうが、一番の理由はリオンの作る食事が良いからだろう」
「え? 普通にご飯作ってるだけだけど……むしろ食材が現世のように補給出来ないから不足してない?」
アルバは今まで栄養失調だったのだろう。よわよわドラゴンゆえに狩りも出来ず、自生している植物類を細々と食べるしかなかった。肉食メインのドラゴンとしてはそりゃあそこまでやせ細るわけだ。
でもまさか、モンスターでもないニワトリすら自力で狩れないとは思わなかったよ。ベシャリと転んで逃げられているのを目撃した時にはさすがにアイティ共々悲しみで目を覆ってしまったものだ。生まれがよわよわにしても、それはないだろう、と。あ、いや、弱ってるから狩れないのか……? いやいや、弱る前も狩れなかったからこうなったんだろうし……。
ともあれそんな状態で、現世ほどでなくてもちゃんとしたご飯をお腹いっぱい食べられれば、調子も良くなるものだろうて。
「……冥界でこれだけ食べられるのは、非常に充実しているぞ」
「……グァ」
微妙に呆れたトーンで言うアイティに、今度はこちらに追従するように鳴くアルバ。
ゆうてもわたしは神子ですし……? モノ作りが本業ですし……? これくらいの料理が作れないでどうしろと……? こうなったら現世に戻った暁には『本当の料理ってものを食べさせてあげますよ』と豪勢な食事会でもやるべきかしらん。
「ふふ、それは楽しみだな」
「ガ」
あれ、アルバだけじゃなくアイティまで乗り気になってる。わたしの料理を気に入ってくれてるのだろうか。……アイティであればお酒に執着する地神みたいにならないだろうし、いいか。
なんてことを呟いたらアイティが目頭を抑えた。地神の酒狂いに眩暈がしたらしい。……帰ったら地神は叱られるのだろうか。叱ってほしい気持ちもあるので放っておくか。自業自得なのだ。少女になったアイティに、大人の女性である地神が叱られる様を想像したけど……シュールだな。
話をちょっと戻して、アイティもアイティで自分を鍛え直している。わたしが料理中の時などに例の光剣クラウ・ソラスで素振りをしているのだ。体を小さくした弊害できちんと扱えなかったのだけれども、いつしか体がふらつくこともなくなり、剣閃も鋭くなってきていた。
でも本神曰く『まだ剣の曇りは全然晴れていない』とのこと。神力まできっちり扱って使いこなす日は遠いようだ。なので実戦ではまだわたしの作成したなんちゃって聖剣を使用しているし、妙に気に入っている節がある。神子冥利に尽きるような、未熟な品で恥ずかしいような。いずれは最高の剣を作らねば……。
しかし……曇りが晴れてないと言う割りにはアイティの翼が心なしかツヤツヤしてきているような……? 聖剣も力を帯びてるし、光剣も振れるようになってるし、神力はそれなりに回復してるのでは……って、そんな嫌そうな顔しないでください。決して素材として見てたわけじゃないんです……!
「アルバから剥がれ落ちたウロコを拾っているリオンにそう言われてもな……」
「うぐっ」
バレてる! 全く信用されないわけですね……!
アルバは今知ったようでギョっと口を開けて呆けている。ごめんて……でもこの癖は最早不治の病なのよ……。
なお、アルバの鱗であるが、癖で拾ってはいるものの質がよろしくないので使いどころがあまりない。「それでも拾うのか……」って、はいそうです、貯め込むのも癖なんです。
「まぁその貯め込み癖に救われている身ではあるか……。翼に関して言えば、少しずつ体内の神力は回復しているが光剣に回せるほどではないと言うことだ。出力が段違いだからな」
「そ、そうなんだ。……えぇと、このまま回復すれば体は元のサイズまで大きくなるのかな?」
「……さて、どうだろうな……」
これは『難しい』とか『無理だろう』って顔だな。小さく出来たのなら大きくも出来るのでは?って思うけど、そもそも体を小さくすることがイレギュラーであるのだしねぇ。不可逆ではないだろうけれど、かなり神力が必要になってくるとかかな。……現世に戻れば創造神が何とかしてくれるだろうか?
「もちろん現世には戻りたいとは思うが……創造神には間違いなく泣かれるだろうし、風神に指をさして大笑いされそうなのが頭の痛いところだな。おまけで水神には可愛がられてしまいそうか? ……ハハハ」
あはは……どれもありそう……。とても容易く想像出来てしまい、わたしもつられて乾いた笑いが零れてしまった。
でも。
「その前に、皆はアイティと再会出来たことを喜んでくれると思うよ。その未来が見たいから、頑張ってトランスポーターを作らないとだね」
「…………。喜ばれるのはリオンもだろう」
「……そうだね。わたしも早く会いたい」
目を瞑り、瞼の裏に思い浮かべる。
帰る場所がある。帰りを待ってくれるヒトたちがいる。だから頑張れる。時折寂しくて涙が出そうになるのは御愛嬌。
気力を、希望を失わずに生きていける。
「アルバをゼファーとヘリオスにも会わせてみたいしね」
「グル?」
ゼファーはどれくらい成長したかな。ヘリオスは文句を言いつつも面倒を見てくれそう。
あと、アルバは大人しい性格だから、何となくだけどアステリオスとも気が合いそうなイメージがある。彼と一緒に日向ぼっこするにはまだまだ耐性が足りないだろうけど、それもいずれ克服出来るだろう。シワシワのちょっと怖い見た目さえ何とかなれば、子どもたちにも人気が出そうだ。
未来を考えるのは楽しい。だからこそ……これらを現実の物にするために、行動を続けないとね。
そうして、また少し時は進む。
色々とトラブルが発生しつつも協力して乗り越え(……発生したトラブルのいくつかがわたしが原因と言う不名誉なことはさておき)、鉱石探知機の素材が集まりきるまでもうちょっと……と言うところで。
恐れていた事態が、冥界に来てから最大の壁が、わたしたちの前に立ちはだかる。
ゴガアアアアアアアアッ!!
……赤い竜ウェルシュと、ついに対面してしまったのだ。




