干物ドラゴン
あのドラゴンは……生きている、だって? あんなカラッカラの干物みたいな姿だって言うのに?
むしろそんな状態で生きているなんて生命力がすごい、とでも感心するべきなのだろうか……?
ギャアッ!
ギャアギャア!!
「……バルチャーが集ってるんだけど……」
「……あの見た目では勘違いしても仕方がないだろう」
死肉に集るモンスター、バルチャーたちが、干物ドラゴンの頭上をやかましく鳴きながら飛び回っている。
嘴でつついた途端に干物ドラゴンが暴れ、ビックリして距離を取り始めた。すぐに死ぬとでも思っているのか、干物ドラゴンの手が届かない位置で未だ狙っている。
干物ドラゴン側は喉を負傷しているのか元からなのか、ギィギィと錆をこすり合わせたような声で鳴き――声質は酷いが『泣き』の方が正しいような哀愁を誘うトーンだ――ジタバタと腕を振り回しているが、バルチャーに届かずおちょくられている始末。
しかしあの干物ドラゴン、遠くに居るのかと思ったけど体が小さいだけだな。全長二メートルにも満たない……ひょっとすると幼生か?
ヴォン!
アオオオオォーーーン!
ギュア!?
「あ、ディケイドスカベンジャーまでやってきた」
「……」
獲物を嗅ぎつけたのかバルチャーが居たからか、同じく死肉に集るモンスター、ディケイドスカベンジャーたちまでやってきた。そのままバルチャーたちと所有権争いを始める。……干物ドラゴンは生きてるのに、最早獲物と同じ扱いを受けているようだ。
干物ドラゴンそっちのけで戦い始めたことでポツンと取り残される……かと思いきや。
キキキッ!
ヂヂィ!
今度は同じく以下略、ロトンラットたちまでやってきた。ロトンラットは小さいのにガジガジとなすがままに齧られ、哀れな叫び声をあげる干物ドラゴン。その叫び声でバルチャーとディケイドスカベンジャーたちが横取りに気付き、三つ巴に発展する。
……わたしは一体何を見せられているんだろう、と思わず遠い目をした。
「……あのドラゴン、小さいとは言え……めちゃくちゃ弱いね……?」
「……まぁ、弱いからあのような姿になってしまったのだと思う」
わたしの中でドラゴンは強者の代名詞だ。ウロボロスドラゴンがその最たるものだろう。ゼファーもまだ幼生で成体と比較すると弱い方であるけれど、それでも並のモンスターよりは強い。
一方、あの干物ドラゴンはどうだ。自分よりずっと小さい、この冥界においては弱いモンスターとされるロトンラットにまでいいようにやられている。単に死にかけだからかもしれないけれど、それにしたって仕草そのものが弱者なのだと醸し出している。
「……えぇと……どうしよう?」
「……数が減るのを待ってから、生き残りを殲滅するべきだな」
わたしたちがこうして眺めたままなのは、モンスターの数が増えてしまったからだ。今はモンスター同士で争っているけれど、生者がノコノコと顔を出したら団結して襲ってくる可能性も高い。迂回することを考えないでもないけど、勝てない勝負ではない状況ではモンスターを見逃さないのが武闘派女神様である。
普段であればわたしもその結論に賛成した、のだけれども……。
グアァ……。
……干物ドラゴンがあまりに不憫すぎて、見ているのが少しばかり辛くなってきた。カラッカラだと思ったのに涙を目に溜めているようにすら見える……と言うかアレ、マジ泣きしてません……?
「……っ」
――目が、合った。
距離はあるけれど、確かに干物ドラゴンと目が合った。
隠れているわたしに気付いたのは偶然か、気配察知能力が高いのか。
たまたま光を弾いたのか、意志があるのか、思ったよりはキラキラとした瞳の干物ドラゴンは。
何を言うでもなく……生を諦めたように、一筋の涙を零しながら瞼を閉じた。
「――」
わたしは、それを見て。
衝動的に、体が動いた。
「……アイティ、ごめん。行ってくる」
「――何?」
謝罪をしつつも返事を待つことなく、わたしはモンスターたちによる争奪戦の真っ只中へと突っ込んでいった。後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえるけれど、振り向かない。
「みんなまとめてぶっ飛べ……!」
わたしは一番争いが激しい部分に向けてストームボールを投げつけた。ストームボールはブラストボールに比べて殺傷力が低いアイテムだ。ブラストボールを使わなかった理由はあの干物ドラゴンへの被害を抑えるためである。
コツンと一匹のバルチャーに当たった瞬間、暴風が吹き荒れる。モンスターたちは唐突すぎるそれに対応出来ずにあちらこちらへ転がっていった。特に羽を持ち身軽なバルチャーは顕著だ。干物ドラゴンはあの中では一番体が大きいからか――それでも一番弱いようだけど――地に伏せていたからか、特に影響はなさそうだ。閉じた目を驚きで再び開いているのだけが見てとれた。
グルアアアアッ!
真っ先に我に返り、先ほどの暴風の犯人であるわたしの方へと向かってきたのはディケイドスカベンジャーたちだ。牙を剥き出しにし、怒りの形相で吠えながら駆けてくる。
わたしはタイミングを見計らい、絶対に避けようのない位置に石ブロックを出現させ、激突させる。先頭の数匹が引っ掛かってくれたけど、後方を走っていた二匹が石ブロックを飛び越え――たところで追加の石ブロックを出現させる。翼を持たず空中で方向転換出来ないヤツらはことごとくぶつかっていった。ボトリと落ちてきたところに弓で頭を撃ちぬいてトドメを刺す。ワンパターン? 定番と言っておくれ。
ヂヂヂィッ!
次に、石ブロックをすり抜けてやってくるロトンラットたちの足元にわたしは粘着玉を投げつける。ちなみにこのアイテムを開発してみた理由は、まんま食料保管庫のネズミ捕り用だ。そっちは設置タイプだけど。
ネバネバによって地面に縫いつけられ、体の小さなヤツらは抜け出すことが出来ない。もがけばもがくほど毛が絡まって深みにはまっていく。
ロトンラットたちにトドメを刺すべく弓に矢を番えたその時。
ギシャアアアア!
風で飛ばされていたバルチャーたちが戻ってきてしまった。ターゲットを変更してバルチャーに向けて矢を放つも風魔法で逸らされてしまう。その上、反撃としてわたしに向かって全匹息を合わせたようにウインドカッターを撃ってきた。
――ヤバッ。
「させない!!」
わたしが石ブロックを取り出す前にアイティが脇を駆け抜け、聖剣を大きく振りぬく。その一振りは光を纏った風の刃となり――アイティは翼を持ち空を飛ぶだけあって、風神ほどではなくても風の魔法が使えるのだ――無数のウインドカッターと激突する。
ガガガガガッ!と大きな音を立てて風の刃が制御不能になり方々へと吹き散らされた。バルチャーたちも被害甚大だ。わたしにも当たるかと思いきや、アイティによって地に押し倒され庇われる。
「リオンは後でまた説教だ!」
風の刃であちこちに切り傷を作ったアイティに耳元で叫ばれた。『ごめん』と言うより前に彼女は立ち上がり、まだ生き残っていたバルチャーに剣を振るう。バルチャーも空を飛ぶのが厄介なだけで、死肉漁りを生業とするだけあってあまり強くはない。羽がボロボロになった今ではアイティからすれば全く敵ではなかった。
「……っと」
身を起こしている途中でアイティの背後を突こうとするディケイドスカベンジャーたちが目に入った。石ブロックにぶつかっただけではさすがに死なないか。それでも風の刃の被害にあったのか、足の遅くなっているヤツらに矢を当てるのは容易。アイティに辿り着く前に全て倒す。
そして、微妙に残っていたロトンラットたちにも今度こそトドメを刺し、これにてバトルは終了となった。
アイティは干物ドラゴンには剣を向けなかった。怒りはしてもわたしの意を汲んでくれたようで何よりだ。……まぁ説教が待ってるわけですし、わたしの説明次第では納得してもらえずに干物ドラゴンも他のモンスターたちと同じ運命を辿るのかもしれないけれど……。
「リオン。気を抜くのはまだ早い」
「え……? ――っ」
アイティの警告と同時に、強烈な腐臭が漂ってきた。ズリズリと何かを引きずるような音がし……やがて、一匹の大きなモンスターが姿を現すのだった。




