共闘
体長八メートルほどの巨大なオルトロスゾンビに、わたしと同じかやや下くらいの年齢、背丈の少女が果敢に立ち向かっていた。
光球の放つ光を受けて煌めいて見える髪は金色をしており、頭の高い位置で結んでポニーテールにしている。羽根をあしらった額当ての陰になっていることもあり瞳の色はここからはわからない。
白を基調とし差し色に青を入れた衣装の上から要所要所に金属鎧を身に着け、肉厚の刃を備えた大剣を構える姿は正に戦乙女と言った風体だ。
そして背には、サイズは小さいが純白の羽が折りたたまれていた。
……なんだか、ものすごぉく、見覚えのあるキャラのような……。
でも、決定的な違いがあって確定が出来ないでいる。
「せいっ!!」
グオオオッ!
ヴォフッ!
少女の戦いは……とてもチグハグに見えた。
構えは非常に様になっている。しかし、剣を振る時におかしな溜め――ふらつきがある。振りぬいた後に体が引っ張られて泳いでしまっている。
まるで使い慣れたはずの力の使い方を忘れてしまったかのような。精神と肉体に齟齬があるかのような。
それゆえ、きっと彼女が万全であれば難なく倒せたであろうオルトロスゾンビに苦戦してしまっている。攻撃を仕掛けては浅かったり狙いからズレたり、攻撃を仕掛けられては避けようとしても体が想定通りに動かず喰らってしまったり。
「くっ……これならどうだ!」
少女は周辺を飛び回っていた光球の一つを腕の振りと共に撃ち出した。球は矢へと形状を変化させ、オルトロスゾンビへと飛んで行く。
グアアアアォッ!
当たった!
……けれど、アンデッド相手にしては効きが悪い。明かりとして使用していた魔法を流用したせいなのか、別の要因があるのか。口の端を歪めた少女の表情からすると、後者の確率の方が高そうだ。
効きが悪いとは言えオルトロスゾンビの気には障ったのだろう。オルトロスゾンビは一旦後方に飛び距離を取ってから、二つの頭で同時に雄叫びを上げ始めた。
……やばい! あれはコーリングハウリング――端的に言えば周囲のモンスターを呼び集める叫びだ! それがこんなモンスターが多いダンジョンでやられたらどうなるか。
ワサッ――
「ヒッ!?」
わたしがここまでの道中で遭ったモンスターも遭ってないモンスターもあっという間に集合し、少女を取り囲んだ。少女の顔が青褪めたのは恐怖からか……ヒュージコックローチとか生理的に受け付けない虫モンスターがうじゃうじゃ居るからか。
こうなってはいい加減わたしも隠れて見学しているわけにはいかない。冥界と言う場所柄、人型のモンスターも居るので警戒していたのもあるけれど、その懸念はもはや不要だ。
何故なら、少女の纏う気配はモンスターではありえないほどに清冽で。
とても……馴染みのあるモノで。
「伏せてください!」
「っ!?」
わたしの声に戸惑いながらも少女は身を屈めてくれた。
刹那、破裂音。
少女の上空を中心に聖水が撒き散らされる。それはこのアンデッドだらけの場においては絶大なる効果を発揮するものだった。聖水ゆえに少女は濡れるだけでダメージもない。ヒュージコックローチはアンデッドではないので別に殺虫剤を撒いて……ってうわああああてんでバラバラに飛び回り始めたああああっ!?
無数のヒュージコックローチたちが暴走して敵も味方も関係なく突撃し、大混乱に陥るのだった。
「な、何てことをしてくれたのだあっ!?」
「ごごごごごごめんなさいいいいいっ!」
お互いに涙目で必死に避けながら、時には集られて総毛立ちながら、何とかわたしたちは合流を果たす。
このまま混乱に乗じて逃げてしまおうかと思ったけれども。
グオオオオオオオオオッ!!
グオオオオオオオオオッ!!
怒りのユニゾンが響き渡り、口から吐かれるダブルの火炎放射で大半のモンスターが焼き払われる。
この時ばかりはオルトロスゾンビが相手でもごめんと言いたい! そしてありがとう! オルトロスゾンビが呼んだモンスターたちがオルトロスゾンビの手で倒されて結果オーライになった! そうとでも思わないとメンタルブレイクするから!
わたしは少女の隣に立ち、オルトロスゾンビと相対する。……めちゃくちゃ怒っているようで目が血走っていた。
「残りの雑魚モンスターはわたしに任せてください。終わり次第加勢します」
「…………頼む」
わたしの提案に少女は少し悩む素振りを見せてから頷いた。少女からすればわたしは素性不明の怪しい人間であるが、ひとまずは信用してもらえたようだ。……さっきの間抜けな行動で『こんなアホなことをする敵も早々居ないだろう』とでも思われたんだったりして。
回復用とバフ用のポーションを少女に振りかけて――さすがにご飯を食べてもらう余裕はない――、剣の刃にも聖水を振りかけてエンチャント代わりにする。
少女は軽く目を瞠ったけど特に何も追及してこなかった。そんな場合ではないとわかっているからだろう。
わたしが一歩下がると同時、少女とオルトロスゾンビはお互いに飛び掛かっていった。
ガキン! と鈍い激突音を聞きながら、わたしは雑魚掃討に取り掛かる。
「まとめて凍れ!」
大半がオルトロスゾンビの炎に焼かれたとは言え、まだ結構な数のモンスターが残っている。それゆえわたしはまずフリージングフィールドで凍り付かせ、広範囲に風の刃を射出するスウィーピングエッジを使用した。凍って縫いつけられて動けないモンスターたちを無数の刃が切り刻んでいく。普段であれば聖水をポンポン投げつけるところだけれども、おいそれと補給出来ないので危機的状況に陥るまでは温存だ。
もちろんそれだけでは殲滅は出来ない。負傷したモンスターを踏みつけてもしくは飛び越えて後続が迫ってくるので、ウインドウォールを使用して風の壁で押し返す。器用に風に乗って上空からこちらを狙おうとするモンスターは弓で狙撃した。
範囲攻撃をして、押し返して、接近されたら武器で攻撃。これを繰り返すことでモンスターを殲滅していった。
わたしの戦闘が終わっても、後方では変わらず少女とオルトロスゾンビの戦いが繰り広げられていた。どちらも小さな傷をいくつか負っているが致命傷にはほど遠い。拮抗した戦いであったようだ。
しかしその天秤はここにきて傾くことになる。
「ヤアッ!!」
少女が剣を袈裟懸けに振りぬく。わたしのバフが効いてるのか、先ほどとは打って変わってブレがない鋭い斬撃になっている。
オルトロスゾンビとてただ喰らうわけもない、狼らしい機敏な動きで身をかわし反撃の爪をアッパーカットのように繰り出す。
少女は慌てず柄でかちあげるように逸らしながら、光球を矢に変化させて打ち出す。魔法にまでわたしのバフ効果は乗っていなかったけれども、光属性なことに変わりはない。思わずひるんだオルトロスゾンビは次なる少女の斬撃をまともに目に喰らうことになった。
ギャウン!
ガアアアアアアッ!!
しかしオルトロスゾンビは双頭だ。片方がやられたところでまだもう一つ残っている。
口を大きく開け、喉の奥でブワリと炎を揺らめかせた。超至近距離でのブレス攻撃か!
「させない!」
わたしはオルトロスゾンビの大きな口腔に狙いをすまして氷の矢を放つ。その一射は喉を貫くだけでなくブレスを暴発させ、オルトロスゾンビの頭の一つが弾け飛んだ。想像以上の結果に一瞬少女が巻き込まれやしないかと焦ったけれども、素早く飛びのいてくれたので事なきをえる。
視界を完全に失いでたらめに暴れ出すオルトロスゾンビの動きを冷静に見極め、残る一つの頭を少女が再度大きく斬り裂くことで、オルトロスゾンビは力を失いその巨躯を横たわらせるのだった。
一応、トドメとして爆発で露わになった核を抉り出し、わたしは大きく息を吐いた。
300話到達です。あといつの間にか100万文字突破してました。
読んでくださっている皆さんに感謝します(╹◡╹)
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