一方、現世では
時はリオンが冥界に落ちた直後へと遡る。
「ウル!」
ドンッと横から衝撃が走る。全く警戒していなかった方向からのものにより、ウルは僅かながら呆けて為すがままに突き飛ばされた。
こんな時に一体何を、とウルは尻もちをつきつつもグリムリーパーから意識を逸らさないよう横目でリオンを見やると――
「――……は?」
地面にぽっかりとあいた穴に呑み込まれていくリオン――の腕があった。
それは普段リオンが掘るような穴ではない、虚無へと続いていそうな闇。喰われるように、リオンが沈んでいく。気を失っているのか、抵抗する様子が見られない。
「……リオン? リオン!!?」
慌ててリオンを助けだすべく飛びつこうとするが、グリムリーパーから零れ堕ちた闇の衣に纏わりつかれてしまい勢いを失う。毒づきながら振り払うと、闇は縮小し閉じきる寸前だった。
ウルは躊躇うことなく闇へと手を突っ込む。しかし固い地面の感触が返ってくるだけだった。
「リオン、どこだ! どこに行ったのだ!?」
拳を打ち付けて掘り返すも、ただ土が覗くだけ。
ウルは半狂乱になりながら何度も、何度も地面を叩く。しかし穴が深くなるだけで闇も、リオンも、何の痕跡も残っていなかった。
月蝕が終わり、失われていた満月が空を支配する。
地上を跋扈していたモンスターは光に苦しみ悶えて倒れ伏し。それ以上増えることもなく。
残されたモンスターたちの大量の死骸の間に立ちながら、やがて討伐隊のうちの一人がポツリと呟いた。
「終わった……のか……?」
「……」
その思いは速やかに全員の間を駆け抜け、爆発する。
「「「よっしゃあああああっ!」」」
窮地を無事に脱したことにより、肌寒い初夏の夜でありながら周囲は熱気を帯び、喜びに満ち溢れた。
互いの健闘を称え合い、傷を癒し、モンスターを踏んで辟易し、ティガーの指示の元にテキパキと事後処理が進められていく。
しかし……リオンとウルが戻ってこない。遠くで響いていた戦闘音と思わしき音も消えたのでグリムリーパーとの戦闘も終了した、はずなのに。
フリッカの胸の内は月の光に照らされる地とは裏腹に嫌な予感に包まれていく。
「……あ」
疲労困憊なフィンとイージャを部屋まで送り届けてとんぼ返りしたフリッカは、必死な形相でウルを運ぶゼファー――ウルは小柄だが筋肉質で重いうえに、背に乗せるのではなく腕で吊り下げるようにしているからだろう――を見つけ、ホッと詰めていた息を吐いた。
が、その背にリオンの姿が見えないことに気付き、顔を強張らせる。リオンが乗っていないのにウルが背に乗らないのは何故? そもそもリオンはどこに?
ゼファーに降ろされたウルがそのまま力なく座り込んだことで更に悪寒が増した。震えそうになる声で尋ねる。
「……ウルさん? ……リオン様はどうしましたか……?」
「……………………のだ」
「……今、なんと?」
ウルの答えの内容が突飛すぎて一瞬理解出来ず、思わず聞き返してしまった。
……聞き返したところで、答えが変わることはないのだが。
「……リオンが、あの黒い奴に攫われてしまったのだ……!」
闇色の外套。スケルトンと同じようでいてスケルトンとは全く格が違う骨の体。身の丈はありそうな大きな鎌。
フリッカの位置からは遠く、遠目でしか見ていないのに、視界に入れただけで体中に震えが走るほどの死の気配を振り撒く規格外の存在。
ふとフリッカは思い出す。おとぎ話として伝えられているとあるモンスターの話を。
曰く、『闇の鎌にて生者の魂を刈り取り、死者の世界へと引きずりこむ。魂の狩人』――
「――っ」
フリッカは全身の血が凍ったかのような錯覚をした。
膝から崩れ落ちそうになる――が、寸でのところで踏みとどまる。ウルの証言に少しばかり引っ掛かりを覚えたからだ。
「……ウルさん。リオン様は穴のようなものに落ちたのであって、大鎌で狩られたわけではない、のですよね……?」
「……? そう、であるな」
であれば。
フリッカは深呼吸をして、足に力を入れ直す。
「……神様方に、話を聞きに行きましょう」
そして、より明確な答えを得られそうな相手に尋ねに行くことを提案した。
数時間後。夜明け。
ウルたちからすればすぐにでも答えを知りたかったのだが、地神に『アタシたちでは答えかねる。朝を、創造神の時間を待て』と難しい顔で言われ、まんじりともしないまま夜を過ごすことになった。
さすがにリオン失踪の件は、寝ているフィンとイージャを除く拠点に居た全員に広まっていた。祭壇前にて、ウル、フリッカ、レグルス、リーゼ、ゼファー、ウェルグス、ハーヴィ(ルーグは就寝)、そしてバートル村代表としてティガー、アイロ村代表としてもう一名が固唾を飲んで待機している。ティガーは風神のことで頻繁に顔を出しているので慣れてきつつあるが、アイロ村代表は神が三柱が居る上に創造神まで呼び出すと聞いて今にも卒倒してしまいそうなくらい緊張していた。
「緊急とのことですが……どうしましたか?」
三柱から呼び出しを受ければ創造神とて姿を現さずにはいられない。
『あら?』と違和を感じながらも祭壇を覆う緊張感を察知し、いつものおっとりとした雰囲気を引っ込めさせる。
その場を代表して地神が一歩前に出て問う。
「プロメーティア。単刀直入に聞く。……リオンの調子はどうだ?」
思いがけない質問に創造神は目を丸くした。
『何故そのようなことを? 私より傍に居る貴女たちの方がよっぽど詳しいのでは?』と口をつきかけて、やっと違和の正体に気付く。
――いつも真っ先に挨拶してくるリオンが居ないことに。
なるほど、緊張感の理由はそれですか、とすぐに思い当たり、しばしの間を経てから答えを返す。
「調子は………………元気ですね?」
「「「!!」」」
あっさりと告げられ、一同は驚きで声が出せないでいた。
一方、その答えを想定していた三柱は落ち着き払っており、地神は主に他の面々のために念押しをする。
「……死んでは居ないんだな?」
「えぇ。神子が死んだ時、私に力が返って来るのです。たとえ何処で死のうとも。リオンに与えた力が返ってきていない以上、死んでいることはありえません」
他でもない創造神により神子の生存が断言され、祭壇に集まっていた一同は揃って安堵で脱力した。
「一応聞くが、何処に居るかわかるか?」
「………………すみません。生きているのはわかるのですが……何処なのかは、ぼんやりとしていて……」
気まずげに目を逸らす創造神により、三柱は逆に今リオンが何処に居るのかをほぼ確定することが出来た。
創造神の力が及ばない場所であること。グリムリーパーによって作成された穴に引きずり込まれたこと。これらを組み合わせると。
地下や深海よりももっと深い、奈落の底――
「……冥界に落ちたか……」
冥界と聞いて一同はまた緊張を走らせた。呻き声を上げる者も居る。冥界は死者の世界、そのような認識があるからだ。
しかしそれも創造神により否定される。
「冥界は死者が多いだけであって死者のみが辿り着く場所ではありません。それゆえ冥界行きは死と直結しませんし、その気になれば、それも神子リオンであれば確実に生活することは出来ます。そもそも冥界も昔は――……これは話が脱線しますね」
冥界がどのような場所であれ、リオンは生きているし、そこに居る。
そのような状態で、ウルが我慢出来るはずもなかった。
そもそもが自分が間抜けだったからリオンがこのような目に遭ったのだ。的確に行動していれば冥界になど落ちずに済んだはずだ、とずっと自責の念に駆られている。
何かせずには居られなかった。アルタイルの時のように、ただ嘆いて無為に過ごすだけなど真っ平御免だ。
「リオンが帰ってくる方法は……いや、リオンを助けに行く方法はあるのか!?」
「……非常に手間が掛かりますが、あるにはあります」
「「!!」」
「アタシからすりゃ、リオンがあっちでアレコレやらかして勝手に帰って来る予感しかないんだが……」などという地神のぼやきにレグルスとリーゼは「ありうる……」と苦笑いを零すが、ウルとフリッカは創造神から視線を外さない。
ただ座して待つだけなんて耐えられない。耐えられるはずもない。特にウルは『目の前でむざむざ攫われた汚名を返上する!』と強い意志を漲らせている。
創造神はそんなウルの様子に微笑ましさがこみ上げてきつつ、答えるのだった。
「冥界に行く方法は、素材を集めて神子カミルに転送門を作成していただくことです」
書くことは決まっているのになかなか進められなかった難産回_(´ཀ`」 ∠)_




