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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第六章:死海の傲慢なる災禍

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294/515

闇の中で、独り

 落ちる。落ちる。

 上もない。下もない。

 それでも、落ちているような。堕ちているような。


 深い。深い。

 地の底の、更に下へと――


 光もない。音もない。生命すら感じられない。時すら止まったかのような無の空間にて。

 意識を刈り取られ、無抵抗なままのリオンの全身を闇が覆う。

 質量が存在しないのにネトリと粘着質に纏わり付き、意志――悪意を感じさせる動きで拘束していく。


 足が浸食される。

 装備の下の素肌は黒い蔦のような、血管のような網目状のものが肉を喰い破らんと絡み付く。

 腕が浸食される。

 負荷により内側から破裂して血が溢れ、美味そうに、心底楽しそうに啜っていく。

 体が浸食される。

 心の臓を、魂を砕こうとを伸ばし――


 胸元から、刹那の燐光が零れた。


『――いくらこやつが阿呆だからと言って、そこまでくれてやるものかよ――』


 バヂイィッ!


 無音の世界やみの中に、雷光ひかりが誕生した。

 気絶しているはずのリオンの右腕から紫電が迸ったことで、闇が切り裂かれていく。

 体中に回りかけていたどくが、引き剥がされていく。

 代償として体の至るところに火傷と裂傷を負っているが、死ぬよりはマシだろうとお構いなしに雷が弾ける。


 ――オオオオォ……


 雷の威力が大きかったのか、闇の力が弱かったのか。

 ついには闇もリオンを諦め、周囲に溶けるように霧散していくのだった。


 いつしか落下も終わっていた。

 辺りは暗いが完全な暗闇ではない。ささやかながらもどこからか音がしている。何かが蠢く気配がする。

 そして、確かな地面に、リオンの身は横たえられていた。


 しかしリオンは未だ目を覚まさず。

 辛うじて生きている証に微かに、浅い呼吸を繰り返していた。


『おい、起きろ』


 苦し気に眉根を寄せ、痛みから逃れるように胸元を握りしめ――


『起きぬと、どうなっても知らぬぞ――』


「……っ!?」


 長い悪夢から覚めるように。

 リオンは両の眼を見開いた。



 xxxxx



「……あ、れ……?」


 視界が暗い。まだ夜が明けていないのだろうか。

 えぇと……わたしは確か、グリムリーパーと戦っていた、はず。

 周囲を見回してもヤツは居ない。それどころか戦闘をしている気配もない。……誰かに起こされたような気がしたんだけども……気のせいか夢だったのかな。

 ならばわたしはグリムリーパーとの戦いで不覚にも気を失い、その間に月蝕が終了して、拠点のベッドに寝かせられて――


「る、わけでも、ない……」


 お尻の下が固い。手からザラついた感触がする。つまりここは外だ。

 音が聞こえないだけで実は戦闘中で、わたしを安全地帯まで連れていく余裕がなかった?

 ……ウルは雑なようでいてわたしの身の安全に対してはとても敏感だ。どんな状況であれわたしを放置することはないと思うけど……。

 まぁ、まずは状況確認だ。モンスターを引きつけやしないか不安だけど、今がどうなっているのか知ることの方が重要だろう、とランタンを取り出す。

 光に照らされ、わたしの目に映ったのは――


「…………………………は?」


 わたしの拠点である草原地帯では決して見られない、一面の赤茶けた地だった。

 想定外すぎる光景に、わたしの頭が真っ白になる。

 ……『何度も呆けるな』と叱りつけるかのように、痛みが走った。


「いっつ……! いつこんなケガをしたっけ……?」


 体の色んな箇所に傷が出来て血が流れていることに今更ながらに気付く。ポーションだけで治らないかと思えば火傷まで。

 いやマジで記憶にない。いつの間にかグリムリーパーにやられたのだろうか。


「――あ」


 グリムリーパーと言えば。

 最後に……泥沼やみに、引きずり込まれて――


「ま、さか――」


 わたしは顔から血の気が引くのを感じながら、改めて周囲を見渡す。

 赤茶けてひび割れた大地。ほぼ石と砂で構成されており、雑草すらほとんど見当たらない痩せこけた地。

 先まで確認しようと思っても、ランタンの光が届かない以前に霞がかって光が遮られている。

 空気がどことなく重い。梅雨の空気感に近いが、普通の水分ではなさそうな何かが常に含まれて漂っている。腐ったような、酸っぱいような、錆びたような、ツンと鼻にくる嫌な臭い。

 ゆるゆると流れる風は爽やかさからはほど遠く、日本の真夏の湿度マシマシな風以上に気持ち悪い。呻き声に近い音が断続的に運ばれてくる。

 頭上を見上げる。満月はもちろんのこと星の一つもなく、赤い雲に覆われ、時折赤雷の輝きが見える。


 ……あの雲の先に、空はない(・・・・・・)――


 様々な物証がわたしにこれでもかと訴えかけてくる。

 ここが、どこなのかを。

 初めて来る、初めてではない場所。

 引き攣る喉で、結論を呟く。その声はしわがれていて、わたしの口から出たくせに、本来のわたしの声とは似ても似つかなかった。


「……アンダー……ワールド……」



 ……おーけい、落ち着けわたし。

 冥界アンダーワールドは死後の世界っぽくはあっても死んだ後に訪れる場所ではない。だからわたしは死んだわけではないのだ。

 そう結論付けるまでたっぷり数分は放心したが、何とか再起動を果たした。その間にモンスターに襲われなくて良かった……こんな目立つ明かりを掲げていたと言うのに。

 モンスターどころか味方の反応もないならばウルは巻き込まれなかったのだろう。喜ぶべきか、心細く思うべきか迷うところだ。


「……ん?」


 周辺に骨が散らばっていた。偶然この場所で倒れたモンスターの物だろうか?

 冥界のモンスターたちは結構な頻度で同士討ち……別に同士ではないのか? まぁモンスター同士でよく戦っているのである。だからこそ強いモンスターと遭遇しやすいのだ。

 神子としての性で拾おうとつい手を伸ばすが、寸前でサラサラと崩れさって入手は叶わず。……おのれ、一定時間が経過したか。もったいない。


「……ともあれ、じっとしていても始まらない」


 わたしは立ち上がり、固い地面で凝り固まった体をほぐすため伸びをする。

 冥界はトランスポーターを使用して行き来する場所だ。それ以外の方法はなく、帰還石で帰ることも不可能だ。

 ゲームにおいて、現世でトランスポーターを作成、通過しようすることで冥界側に自動的にトランスポーターが生成される。しかしわたしはトランスポーターを使用せずにここに引きずり込まれたみたいなので、それを使用して元の地上に帰還することは出来ない。


 しかしそれで絶対に帰れないかと言われれば、そうではない。


 トランスポーターは破壊不能オブジェクトではない。モンスターの手によって壊されることもある。ついでに言えばプレイヤー自身の手で壊すことも出来る。

 後者は自業自得としても、前者のパターンで帰還不能になって死に戻り以外に手がなくなるのはさすがにゲームとしてはダメだろう。救済策はあった。


 つまり……トランスポーターを作成する素材は、冥界にも存在しているのだ。


 ……ゲームと現実アステリアは同じとは限らない。差異はいくつもあった。そもそもトランスポーターを介さずに移動すること自体がゲームではなかった。

 けれども、素材も無いなんて思わない。ひょっとしたら来た時と同様にトランスポーター以外の帰還方法だってあるかもしれない。

 ……そうだと信じなければ、わたしは一歩も動けない。

 だから不安を呑み込み、わたしは探索をする。この冥界を。


 独りで。


 ともすると、寂しくて、寒くて、怖くて、足が止まりそうになる。

 泣いてしまいそうになる。叫びたくなる。胸を掻きむしりたくなる。

 ゲームではずっと一人ソロでプレイしていたと言うのに、随分と変わってしまったものである。

 ……でも、嘆いたところで、何の解決にもならないのだ。

 進まなければならないのだ。


「……わたしは、絶対に帰るんだ」


 ウルを、フリッカを、拠点うちの皆の顔を思い浮かべる。

 二度と会えないなんて絶対にごめんだ。こんな場所で死ぬまで過ごすのだって嫌だ。

 歯を食いしばり、頬を叩き、震える足をねじ伏せて。


 わたしは、踏み出した。

海だと思わせてからの死の国(冥界)でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] >海だと思わせてからの死の国(冥界)でした。  つまりここから星座を模した鎧を着て戦う様になって、新作シリーズとして冥王神話編が始まるのかな?(開ききった瞳孔)
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