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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第六章:死海の傲慢なる災禍

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ピットフォール

「あ、あ、ああぁ……――」


 グリムリーパーが温度のないでわたしを見る。

 ただそれだけで、金縛りに遭ってしまったかのように体が動かなくなった。バクンバクンと心音が大音量で鳴っているのに、血の巡りは滞り寒さすら感じ、ガタガタと震えが止まらなくなる。

 だと言うのに、汗が大量に溢れ、弓を持つ手が滑りそうになる。いやその前に、力の入らない手ではまともに握っていられず取り落してしまいそうだ。

 頭が重い。どれだけ呼吸を重ねても酸素が足りない。思考に靄が掛かり、目の前が――


「リオン!!」

「キュッ!」


 ウルの警告が耳に入ると同時に、体が大きく傾いた。わたしが姿勢を保っていることが出来なくなり傾いだ――のではなく、ゼファーが体を傾けたからだ。

 刹那。

 ザクリと、大きく何かが切り裂かれる音がした。


「ギュアアアアアッ!」


 生温かい飛沫が、顔に掛かる。


「――っ……!? ゼファー!?」


 そこまで至ってやっとわたしは正気を取り戻し、音がした方を――ゼファーの翼を見ると。

 ゼファーの白い翼が、赤い血で染まっていた。

 それでも、大ケガをしながらも墜落することなく、懸命に羽ばたく。

 わたしを守るために、飛ぶ。


「……くっ、ごめんゼファー!」


 恐怖に呑まれたことで我を忘れてしまった自分を叱咤しながら患部にポーションを投げつける。

 しかし傷は浅くなったものの完全には治らなかった。ケガが深くてポーションのランクが足りなかった、わけではない。

 先ほどの攻撃にデバフ効果が乗っていたからだ。見た感じ毒と呪いに侵されている。解毒と解呪のポーションを追加使用するが、それでも完全に治ることはなかった。こちらはランクが足りないのだろう。グリムリーパーが遥か格上だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、ポカに続く自分の至らなさに歯噛みをする。


「ゼファー――」


 わたしを降ろして、と言う前に、ゼファーがグリムリーパーから逃げるように飛行方向を変えただけでなく上へ下へ、更には回転もするせいで言葉を発することが出来なかった。その度にヒヤリとしたものがすぐ側を通った感触がしたので、グリムリーパーの見えない斬撃を回避しているのだと理解した。体をしっかり鞍にくくり付けているので落ちる心配はないけど舌を噛んでしまいそうだ。せめて飛行の邪魔にならないようにゼファーの背にしがみ付く。

 グリムリーパーは逃げるわたしたちを見逃すことなく追いかける。先ほどのことはそれほどにヘイトを稼ぐ(おこらせる)行為だったらしい。ほんのちょっと突いただけなのに心が狭すぎじゃないですかね!と心の中で毒づく。


「ギュ、ウ……ッ」


 一つ、二つ、ゼファーの傷がどんどん増えていく。

 当然だ。

 グリムリーパーは大鎌を振るだけ。一方のゼファーは幼生ゆえドラゴンにしては体が小さかろうとヒトに比べれば巨体で的が大きい。付け加えてわたしと言う役立たずの重りが乗っかっている。ここまで回避出来ていること自体がすごいのだ。

 出来るだけ回復させていたとしても、そんな綱渡りが長く続けられるはずもなく。


「キャウンッ!!」


 一際大きな悲鳴があがり、ゼファーの飛行が激しく乱れた。

 くそっ、このままじゃゼファーがやられてしまう!

 どうしたものか。焦りで頭が上手く回らない中、チラと視界の端に――


「ゼファー、ここまでありがとう!」


 わたしはポーションを使用してから……わたしとゼファーを繋ぎとめていたベルトを外し――空へと踊り出した。

 

「キュアッ!?」


 グリムリーパーの狙いはゼファーではない。神子わたしだ。

 であれば、標的であるわたしが離れてしまえばゼファーの身の安全は確保出来る。

 無論、わたしとて生を諦めて投身自殺をしようと思ったわけはなく――


「よっ……と!」


 ゼファー(わたしたち)を地上から追いかけてきていたウルがキャッチすることにより、無事に地に降り立つのだった。

 それで事態が好転するわけでもないけれど、何も出来ない空よりはずっとマシだろう。


「正面防御!」

「わかってる!」


 わたしたちとグリムリーパーを結ぶ直線上にいくつもの石ブロックを設置する。

 途端、グワシャッ!と砕かれる音がするが、ギリギリでわたしたちまでは届かなかった。相変わらず石ブロックが大活躍だ。


「左右から!」

「ほいさ!」


 今度は石ブロックを迂回するように刃が飛んでくるが、足元の土を掘って穴に身を潜める形で回避した。

 すかさず上から追撃が飛んでくる。これは読んでいたので前へ掘り進めてこちらも回避する。

 このまま地中に隠れて……はムリだな。範囲攻撃魔法の一つでも放たれてしまえば押し潰されてしまう。その前に地上へと顔を出す。


「――げっ」


 適当に掘ってから地上へ出たのだが、運悪く下まで降りてきたグリムリーパーのすぐ近くだった。

 ……いや、ひょっとしたら生体感知機能でもあるのかもしれない。カタカタと歯を鳴らす様はわたしたちを嘲笑っているのだろう。

 横なぎに振る大鎌を避ける機動力はわたしにはなく、咄嗟に所持アイテムの中で一番頑丈な大剣を取り出してガードをする。


 ガインッ!と鈍い音が鳴り響く。

 わたしの軟弱な腕で耐えきったわけではない。ウルが手を添えていてくれたからこそ出来た芸当だ。

 耐えられるとは思っていなかったのか、グリムリーパーが虚を突かれたように一瞬固まった。

 その隙を見逃す手はない。わたしは聖属性アイテムをばら撒き、ウルと共に投てきしていく。


 グアアァッ!?


 大半は闇の衣のオーラに阻まれたが、いくつかが貫通してグリムリーパーの体へと当たった。至近距離だからだろうか、聖火の矢の時より通りが良い。

 さりとて近接はわたしたちにとってもマズい部分がある。ジリジリとオーラで身が焼かれ、呪いと火傷のデバフが付与されてしまった。早くなんとかしないと……!


「こん、のぉ!」


 ガアッ!


 ウルがわたしがばら撒いたアイテムの一つ、聖火の投げ槍を携え渾身の力で突き刺す。ダメだ、わずかに怯みはしたけどほとんど通っていない。わたしが使用者じゃないせいで聖属性が減衰している。


「なら、これでどうだ……!」


 わたしは聖剣――ただの聖属性が付与された剣であり何らかの逸話があるわけじゃない、半ばシャレのつもりで作った剣――で袈裟懸けに斬り付ける。


 オオオオオオオオッ!?


 その一撃は想像以上に効いた。グリムリーパーの纏う衣が大きく裂かれ、血の如く闇が零れ出す。

 何でこんなに効いて……そうか、時間切れによる弱体化か!

 気付けば世界は再び月の光により照らされていた。月の光を背にしたグリムリーパーから闇が少しずつボロボロと塵のように崩れていく。大鎌を持つことも苦しくなってきたのか、腕をだらりと垂らす。その腕の闇も、ボトリ、ボトリと落ちて。

 ウルはそれでも油断せずグリムリーパーを睨み付け。わたしは間抜けにも一足早く緊張感が解けて溜息と共に視線が下がり。


 ――それが、明暗を大きく分けた。


「えっ――」


 グリムリーパーから剥がれた闇が。消え去るだけかに思われたソレが。

 静かに、ウゾリと蠢き。わたしたちの立つ地を浸食し。


 底のない、沼へと成る。


「――ッ!?」


 グリムリーパーを注視していたウルは対応が遅れてしまった。泥沼に足を取られ、体勢を崩す。

 一方、下を見たことで偶然にも一早く気付いたわたしは。


「ウル!」


 ウルに飛びついて泥沼からの脱出を計る。

 それは功を奏し、わたしたちは紙一重で泥沼の範囲外へと出ることが出来た。

 しかし。


 グイ――


「――ぁ」


 泥沼から飛び出た手。

 グリムリーパーの、骨の手。

 その手に足を握られたわたしは、ドレインされたことにより力を失い。

 ウルから、手を離してしまい。

 引きずられるままに――


 ――トプン




 独り、闇の奈落へと――




「……リオン? リオン!!?」


 ウルの悲痛な叫びは、今度ばかりはわたしの耳に届くことなく。


 意識は、濁りに濁った黒に塗り潰された。

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