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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第六章:死海の傲慢なる災禍

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蝕まれる月

「ふわあああぁ……今日もよく働いたなぁー……」


 美味しいご飯をおなかいっぱいに食べたことで眠気がドッと押し寄せてきた。抗えずに大きなあくびと伸びをすると、フリッカがクスっと笑いを零す。


「本日もお疲れ様です、リオン様」

「フリッカもお疲れ様。ご飯美味しかったよ」

「リオン様に満足いただけたなら至上の喜びです」


 食事は神様たちも一緒に食べていると言うのに、わたしが第一と思うなんて愛が重い。これが他の人だったらまず神様を饗することが一番だろうに。

 準備が手伝えなかったから片付けくらいは……と思ったのだけど、「どうぞ先にお休みください」と背中を押されたのでそこも甘えることにした。


「ウル、寝るよー。……ウル?」

「……む? うむ……」


 どこかぼんやりとしているウルに声を掛けると、歯切れの悪い答えが返ってきた。ウルはいつも夕食後には眠そうにしている。そして大体怠そうにしているのがセットだ。ウルはわたしと出会った当初から夜は弱いんだよねぇ。それ以外は肌は鉄壁で風邪も引かないパーフェクトボディなのに何でなのかな。

 いや、記憶を掘り起こしてみれば、平気な時もあったよな……違いはどこにあるんだろう。でも拠点うちではいつも怠そうにしているんだよなぁ。大体は不調をこらえてわたしにしがみつくように寝るし。

 ……はっ、まさかこの場所が風水的に悪いとかパワースポットであるとか、曰く付きの場所だったりするのだろうか? もしくはリザードにしか聞こえない変な音が夜な夜などこからともなく響いているとか?? ……どれもヒドい例だけどさすがに最後はないか。その場合は耳栓の一つでも欲しいと言うだろうし。

 いつまでも夜は怠くなるのもかわいそうだ。睡眠とは疲れを取るものであるし、一番ゆっくり出来るはずの拠点でも駄目だなんてなおさらだ。今まではそういう体質だと思ってあまり考えてこなかったけど、早いところ原因を探った方がいいな。ウル自身が改善を訴えてこなかったこともあって意識から外れてしまっていた。ごめんよぅ。

 ……でも今日はわたしも眠い。申し訳ないけど明日以降にしよう。

 またもあくびをしながらウルを部屋まで連れて行こうと手を引いた。のだが。


 ウルは、足を止め、空を見上げていた。


 ここは食堂から宿泊棟を繋ぐ渡り廊下。横に目を向けるだけで外が、空が目に入る。

 あぁ、今日は満月だっけ。ご飯前に話題にしたし珍しく月に見入っているのだろうか、などと思いながらわたしもつられて暗い夜空を見上げる。

 ……おや? 何か、違和感が……何だろうな?

 一時的に眠気も忘れ、首を傾げながら腕を組み、違和感を探る。


「んー……? …………あ――」


 わたしがハッとそれに気付く同時に。


「リオン、まずい! 今夜は月蝕だ!!」


 食堂から飛び出してきた地神から鋭い声が飛んできた。


 そう。満月であるのに、夜空が暗いわけがない。もちろん雲っているわけでもない。

 では何故暗いのか。原因は本日の主役である月の光がいつの間にか翳っていたからだ。

 現代日本みたいに夜間でも多くの明かりで満ちている場所ならともかく、アステリアのように人工の明かりがほぼない場所では月の光は非常に明るく見える。だからこうも暗いはずがないのだが……。

 暗さゆえに見失ってしまっていた月を改めて探す……までもなく、それはウルの視線の先にあった。しかしそれは――


 クッキーを齧るように丸く欠けているのではなく。皆既月食で赤み掛かっているわけでもなく。

 無残に噛み千切られて失ってしまっているようにも、血が飛び散って闇に塗りつぶされてしまっているようにも見えた。

 そしてその異常な領域は、なおじわじわと増えている。


 まるで……今まさに、月を喰らっているかのように――


「……………………は?」


 ど、どゆこと?

 月食って確か、地球……えぇと、この星(アステリア)が太陽と月の間に位置することによって、月にこの星の影が落ちる現象のこと、よね?

 アステリアって、当たり前のように球体の星だと思っていたけれど、あんなひっどい形をした星だったの? それともわたしが勝手に元の世界と同じと思い込んでいただけであって、天体事情とか全然違う可能性もあった……?

 月食はただの自然現象だ。地神がそんな焦るようなことでもない……のだが、事情が異なるのであれば話も変わってくる。

 混乱するわたしに、水神と風神の説明も加わった。いつの間にか全員がわたしの周辺に集まってきている。わたしだけじゃなく神様たちを除く他の皆にとっても未知のことなのか、わたしと同じように呆然と不吉にしか見えない月を見上げている。ゼファーとアステリオスも異変を察したのか遅れてやって来た。


「リッちゃんたちは初めて見る現象かしら。……あれは月が蝕まれているのよ」

「はい? 月が……蝕まれる?」

「あぁそうさ。夜空から、月の光が失われるのさ」


 光が、失われる。

 普段は軽すぎる風神の声が、とても重くのしかかってくるような錯覚がした。

 理由は全くわからないけれども、結果だけを聞くと、それはとても恐ろしいことのように感じられた。

 ゾクリと、寒さではないモノで体が震え、体感温度が何度も下がったような気がする。


「改めてリオンに説明することでもないが……俗に昼は創造神の時間、夜は破壊神の時間と言われているように、昼はモンスターがほとんど出現しないし、強力なモンスターなら出現することがあっても弱体化している。夜はモンスターが活発化し、昼でも活動出来るようなモンスターは更に強化される」


 モンスターは日の光に弱い。

 地神の言うそれはこの世界の基本中の基本ルールだ。

 だからわたしたちは日中に活動をし、夜は聖水を撒くなどしてモンスターを近寄らせないようにしてから眠る。日の光の届かない鬱蒼とした森や地中、ダンジョンであれば昼も夜も関係なくモンスターは現れる。


「それでも、夜であろうと厳密には世界から光は失われない。それは何故かわかるな?」

「……月が、あるから」


 呟くように答えたわたしに、「そうだ」と頷く地神。

 月は自力で発光しているわけではなく、太陽の光を反射して輝いている。直接の太陽の光に比べれば全然弱いけれども、夜でも世界は光に照らされているのだ。


「で、でも、月は満ち欠けしますし、新月の時も暗い、ですよね……?」


 ワールドメーカーにはなかったけど、とあるゲームなどは満月だと敵が強化(狂化)されるなんて設定もあったりした。その逆にアステリアでは光が重要なので、光が弱まるとモンスターが強くなって危険になるのかもだけど……それはこれまでに何度も巡ってきた新月と何が違うのだろうか? 何がここまで神様たちを焦燥に駆り立てるのだろうか?

 わたしの疑問に地神はゆっくりと首を横に振る。


「満月と新月ではそこまで大きな差はない。だが……あれ(・・)は月の満ち欠けとは関係のない現象だ。地上に干渉され、月が蝕まれているんだ」

「……えぇと、干渉って……さっきからその、『蝕まれている』って……だ、誰、に?」


 月なんてめちゃくちゃでかいモノ、一体誰が、どうやって、手にかけようとするのか。そんな大それたことが出来るなんて、それこそ神様くらいのものじゃないだろうか。わたしにはサッパリ想像が付かない。

 破壊神の仕業だろうか、と頭を過ったりもしたけれど……満月のような――がチラついて、何故だかそれは違うような気もして。

 ごくりと喉を鳴らすわたしに、地神はこれまでに見たことがない険しい顔をし、厳かな声で。


「――冥界の王に、だ」


 ――ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!


 回答と共に。

 この世の者とは思えないような悍ましい叫び――嗤いが、こだました。

いいねを受け付けるようにしてみました。よろしければ_(:3」 ∠)_

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― 新着の感想 ―
[一言] >「――冥界の王に、だ」  ふと。  そう言えば他の場所の支配者って、大抵は○○の“神”なのに、ぱっと思い出そうとしても冥なんたらってのは神が居ませんよね。  ギリシャ神話のも冥王。 ゼ…
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