誕生日に
ゴーレム少年……正確には男でも女でもないけどそれはさておき、彼にはミノタウロスの別名であるアステリオスと名付けた。世界の名前にも似ているな、と付けてから思った。言葉は話せないけれども、何となく嬉しそうにしてたから大丈夫だろう。しかし、話せないのはわたしのミスなのか、元がベヒーモスだから発声器官がないのか……そのうちジズーみたいに話せるようになったりしないかな。
神様たちに報告をしたら、地神にはものすごく渋い顔をされて、水神には困ったように微笑まれ、風神には何故か爆笑された。風神に至っては「リオンってば僕以上に考えなしの暴走体質だよね!」のセリフ付きでわたしは愕然とする。風神以上だなんて……これは反省しなければならない……。
しかし意外にも怒られはしなかった。……ひょっとして諦められたのだろうか?などと逆におろおろとしていたら。
「いやいや、結果が奇想天外すぎて思わず笑っちゃったけど、ベヒーモス――今はアステリオスだっけ? 彼が満足そうだからね。僕が怒ることはないよ」
笑いを収め真面目な顔になった風神がそのようなことを言う。
わたしは目を瞬き、アステリオスに視線で伺うと、彼はその言葉を肯定するように頷いた。……なる、ほど? ともあれ存在が否定されず済んで胸を撫で下ろす。
アステリオスは人型をしているけれど当然ヒトではない。魂があるゆえに自前の思考回路を持っていてもゴーレムであることに変わりはない。よって彼は普通の飲食を必要としない。……のだけれども、飲食自体は可能であるし、特に果物が好きらしい。牛っぽいから草食なのだろうか? 草じゃないけど。
だから彼には主に果樹園の管理をお願いすることにした。風神からも「祭壇に次いで清浄で、魂の癒しになるからいいんじゃないかな」とお墨付きだ。元モンスターなのに大丈夫なのだろうか?と思わないでもないけど、いつも穏やかな空気をまとってゆったりと過ごしているから問題はなさそうだった。時には日向ぼっこしていることもあり、見ているこちらとしてもほっこりする。
そんなこんなで大きな問題はなく(ないったらない)、ゆるゆるとモノ作りをしていくうちに冬が深まっていく。
もうちょっとで年が明けるくらいかな?と思っていたある日。
「え? 誕生日祝い? 誰の?」
「え? リオン様は冬の年明け前の生まれなのでしょう?」
「あ」
……また忘れてた! ついこの前話題が出たばかりだったのに……!
「サプライズで行うことも考えましたけれども、妙なすれ違いがあっても困るかと思いまして」
「あはは……すれ違い以前に、頭から抜け落ちていたよ……」
正直に伝えたらフリッカには生暖かい視線を向けられた。モノ作り以外はダメダメな神子でごめんなさいねぇ……。
ともあれ、その日はフリッカたちがご飯を用意してくれるとのことなので、わたしは何もしなくていい……むしろ何も作らないでくれと言われた。モノ作りそのものが禁止されたわけじゃなく、絶対にご飯を作りたいわけでもないので承諾する。フリッカの料理の腕は日に日に上達しているし、特に気合いを入れて作ってくれるとのことなので今から楽しみだ。
「うわぁ……」
そして当日になり。朝から立ち入り禁止にされていた食堂に案内されて――テーブルいっぱいの食べ物に目を丸くすることになった。
色とりどりのサラダに始まり、冬にぴったりな温かそうなスープ、焼きたてのパン、焼き蒸し煮込みなど多様な調理方法を駆使された肉&魚料理、デザートも果物を綺麗に盛り付けられたものからクリームたっぷりのケーキまである。
アステリアでは誕生日のお祝い=ご馳走であることが多いとのこと。クラッカーを鳴らすとか(そもそも存在していない)、誕生日ケーキに年の数だけのロウソクを点けて吹き消すとかはないらしい。
料理を作ってくれたのはフリッカとフィンだけど、その素材は他の皆総出で集めてくれたのだとか。ウルとレグルスとリーゼとゼファーは狩りに行ってくれて、イージャとルーグくんとアステリオスは収穫をしてくれて、ウェルグスさんとハーヴィさんはお酒を用意してくれて、地神水神風神は出来上がった料理に祝福を掛けてくれたらしい。至れり尽くせりだった。
実際のところ、まだ年若いからと言うのもあるかもだけど、不老になったせいか年を取ると言う感覚がなくなってしまった。身体能力は上がっても見た目に変化はないし、中身自体は変化があるはずなのにあまり変わった気がしないのだ。
わたし自身は一応成人済と言うのもあって『誕生日と言っても今更そこまで大仰にしなくても……』って思いもあったりしたけれど……これは少し、いやかなりジーンと来た。
皆からお祝いの言葉を述べられ、わたしはお礼を述べ。「冷める前に食べよう」と食事へと移る。
わたしが主役と言うことでご飯大好きウルさんも最初は遠慮していたけれど、「どのみち全部は食べられないから皆で楽しもう」と言うと猛烈な勢いで食べ始めた。小さな子どものように(実際にウルはまだ小さい方だけど)目を輝かせてはどれも美味しそうに食べている。レグルスも同じで、リーゼも巻き込みながらガツガツと食べていた。なお、ゼファーは部屋に入れないため外での食事だ。たまには皆で野外で食べるのもいいかもな。
フィン、イージャ、ルーグくんの子ども組はひたすらお肉を食べていた。一方のアステリオスは黙々と果物を食べている。それに触発されたのか子どもたちは一緒に山盛りデザートに挑みかかり、これが美味しいそれも美味しいとはしゃぎあうのだった。仲が良さそうで何より。
ウェルグスさんハーヴィさん夫婦と地神は魚料理をつまみに陽気にお酒を飲んでいた。……わたしのために用意してくれたのは建前で、本音は自分たちが飲みたかっただけよね? まぁいいんだけども。しかしこのドワーフ夫婦、お酒の力もあってすっかり地神に馴染んでるな。
水神と風神はサラダとスープを多めに満遍なく、と言う感じだ。神様同士でも好みが別れる……と言うか地神の酒好きがアレなだけですかねぇ。水神はいつも通りだけど、風神が騒がずにゆっくり食べているのがものすごく意外である。「え?そんなに僕に構ってほしい?仕方ないな――」「はいはい、メルくんは私とオハナシしましょうねぇ」「え゛っ」
そんな平和そのものな光景に笑いがこみあげつつ、わたしはフリッカに給仕を受けながら(絶対にやると強い意志で押し切られた)、全種類少しずつ食べては舌鼓を打つ。「美味しい」とシンプルに褒めたらとても嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せられた。わたしの方が嬉しいのにね。
少しばかりお酒も入り、ほろ酔いで頭をフワフワさせながらフリッカと取り留めもない話をしていると、ふと話が途切れた隙に、少しばかり固い声でこう告げられる。
「リオン様、就寝前で構いませんので少々お時間をいただけますか」
「ん? いいよー」
軽く了承したものの、この場じゃなく後でって……なんだろう……?
まだお酒を飲んでいる二人&一柱は放っておいて、他の皆は満腹になってしばらく歓談したのちに解散となった。わたしは酒気の余波を受けて眠ってしまったウルを背負い、フリッカを引き連れて部屋へと戻る。
「んで、フリッカ。用件はなんだった?」
ウルをベッドに寝かせ、自分たちはソファに座ってから促す。
フリッカは一つ深呼吸をしてから、取り出したそれをわたしに差し出した。
「はい。これを……と思いまして」
「ん? ……これは――」
渡されたアイテムは【身代わり腕輪】だった。思わぬプレゼントに目を見開く。
以前フリッカからもらったやつはアイロ村で壊しちゃったんだっけ……それを覚えててまた改めて作ってくれたのだろう。
しかも前回の物に比べて見た目が良くなっている。細かな意匠が増えているだけれなく、全体の調和が取れているのだ。ちょいちょい歪んでいるところもあるけれど、それも努力の跡だと思うと嬉しさが倍増してくるものだ。
「その、実はハーヴィさんに細工を少しずつ教えていただいてまして……」
「なるほど」
職人歴が違うのか、純粋な細工スキルはハーヴィさんの方がずっと高いからね。納得である。ウェルグスさん含めてお世話になっているし、お酒に関してはもうちょっと大目に見るとするかな。
しかし……あの二人、結婚して数年であるのにツーカーで、空気感がもう熟年夫婦なのよね。と言うのも、二人は生まれた時からずっと一緒の幼馴染で二十年来の付き合いなのだとか。
わたしはチラりとフリッカを見る。サプライズプレゼントにびっくりさせられたように、わたしはまだ彼女について察せられないことが多すぎる。……二十年経てばわたしたちもそんな風になれたりするのだろうか。
そのためには……わたしがもっと歩み寄らないとな。意を決して息を一つ大きく吐く。
「……リオン様?」
「あぁ、ごめん。モノ作りの腕がとても上がってるね。すごいことだし、こんな良い物をプレゼントしてくれてすっごく嬉しいよ」
溜息だと勘違いしたのか、フリッカを動揺させてしまった。安心させるためにもまずは笑顔で褒めてお礼を言う。これは至って本心だ。
その上で。
「でも……これじゃあ足りない。もっと欲しいなぁ」
「……リオン、様……?」
わたしに褒められて喜びを溢れさせたのも束の間、告げられた不足にフリッカは一転して不安に陥る。
「申し訳ありませ――」と謝ろうとするのを制止してフリッカの手を取る。柔らかく、けれども……逃げられないように。
……まぁ、今まで逃げていたのはわたしなのだけど、と内心で自嘲が零れたけれども、棚上げさせてもらおう。
「謝らなくていいよ。足りないのはアイテムの性能じゃないから」
「……では、一体?」
顔を近付ける。互いの呼気がかかるような距離。
長いまつ毛に彩られた綺麗な瞳はわたしから逸らされることはなく、いつも真っ直ぐだ。
それがどうしようもなく幸せで、愛しくて。
わたしはフリッカを抱き締め、耳元でそっと囁いた。
――ねぇ、ちょうだい。
ビクリと、フリッカが震えた。
あえて『何を』とは言わない。けれども、きちんと言わんとすることを察してくれたようだ。
体の強張りが解けて、熱を帯び始める。わたしを抱き締め返してくる。
――はい、いくらでも差し上げます。
しっかりと同意が取れたところで、わたしは一旦気持ちを抑えつつ移動を促した。
……寝てるとは言え、ウルの居るところではさすがにね……?
これにて章間はおしまい。次話から六章です。続き? 書きません書けません_(:3」 ∠)_
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