水神と風神の加護
「あ。おはようございますー」
「おはようなのだ」
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「おはよう~」
「やぁやぁおはよう諸君!今日もとても良い天気だね!冬の朝の冷えた空気に身が引き締まりながらも柔らかな朝日に――」
いつもの通り朝の祭壇でウルとフリッカと日課のお祈りをしていたら、神様たちと遭遇して朝の挨拶を交わす。祭壇回りで神様たちに遭遇するのも、声を掛けられて雑談するのも日常茶飯事だ。他の村だったらまぁありえないことなんだろうけどここではもはや日常なので、新入りのドワーフ一家を除いて誰も気にしなくなってきた。神様たちも含めて。
最近は風神のトークも加わって騒がしいことこの上ない。賑やかなのはキライじゃないけど朝からハイテンションはちょっとウザ……もとい疲れてくるのである。
「リオンの僕への対応が相変わらずヒドいね!」
「そりゃアンタの言動が酷いからだろうよ」
「ぴっ――」
ピシャリと額を叩く風神と、それと同じタイミングで後頭部を叩く地神。前後からの衝撃に風神は一瞬目を回していた。コントだろうか?
ある意味平和なやり取りに水神はクスクスと笑みを零しながら、改めてわたしに向き直り手招きをする。
「リッちゃん、ちょっといいかしらぁ」
「はい? なんでしょうか?」
一体何の用事なのだろうかと首を傾げながらも、特に拒否する理由もない――理由もなく拒否したら怖いとも言う――ので歩み寄る。
目の前まで近付くと――
「よーしよしよし」
「……ふえっ?」
真正面からふわりと抱き締められてしまった。その上小さな子をあやすように頭を撫でてくる。
水神とわたしは似たような背丈なので首筋に顔をうずめるような体制になる。ほんのりした花の香りが鼻をくすぐり、冬だからか体質なのか、その体はヒトに比べると少し体温が低くひんやりとしていた。
「ちょ、ネフティー姉さ――」
冷たさにハッと我に返って状況に気付き、唐突な行動に慌てて体を離そうとして……身じろぎをするだけに留めた。
水神の力が強いわけでも、もちろん名残惜しくて離れがたいわけでもなく、水神の触れた手から何かが流し込まれているような感覚がしたからだ。
たっぷり十数秒はしてから。
「はい、終わり」
と、最後にポンポンと頭を軽く叩き、やっと体を離してくれるのだった。
離されて支えを失ったことでわたしの体が傾いた。流し込まれたモノ――水神の加護による知識の奔流で頭がグラグラとしているのだ。危うく倒れそうになるところをフリッカがすかさず支えてくれる。
素直に支えに甘えながら目をぎゅっと瞑り、深呼吸を繰り返すことでやっと落ち着いてきた。
「……ネフティー姉さん。加護をいただけるのは大変ありがたいのですが、出来れば先に宣言してから行ってほしかったです……」
「あらぁ? 欲しくて欲しくて仕方なかったのでしょう?」
「それは否定しませんが……」
チラと傍らのフリッカに目線をやる。出来れば彼女の見ているところで(いやまぁ見ていないところであっても)そのような行為は慎んでいただきたい、とはさすがに言わずに飲み込んでおいた。水神からすればわたしは妹枠なのだ。家族を抱き締めるくらいは何でもないことなのだろう。幸いにもフリッカの様子からして気を悪くしている節もない。相手が神様(それも姉を自称する)だし、飲みすぎブリザードの時とは状況が違うからかな。
でもせめて椅子に座っている状態でやってほしかったよ。お酒に関する部分の知識を先渡ししてきた――つまり分割して知識を与えてくれた地神の時とは違い、まとめて与えられたことで非常に頭の中が混沌としている。ジェットコースターで振り回された後みたいな感覚だ。……まさか地神の酒好き行動が良い意味で働いているとは思わなかった。
水神の加護はゲーム中においては自然回復力のアップと、水と魚介類に関する知識の取得だった。この『水』には海も含まれる。
前者の回復力については安全な拠点では実感出来ないだろう。……あぁ、訓練後の疲労回復も早くなったりしそうだな。ウルの底なし体力についていけずにヘバってばかりなので、多少は訓練がはかどるようになるかもしれない。
後者の知識については、素材そのものの知識やその素材を使用したアイテム作成の知識、補正にまで範囲が広がる。わたしが欲しいと思っていた水中呼吸アイテムはゲームのおかげで必要素材はわかっていたし準備も進めていたけれど、能力が足りなくて作成出来なかった。でもこれでやっと作れるようになる! ……まぁ時期が悪いので、潜ることは少なくとも春になるまではあまりなさそうだけど。
そしてそして……魚! 海産物! 料理の幅と深みがぐっと広がる!!
「……リオン様が楽しそうでなによりです」
「美味い飯が食えるようになら我としても大歓迎であるの」
……おっと、何を考えているか駄々洩れだったようだ。口元を拭ってみる。大丈夫、涎は出ていない。
興奮が少し落ち着いたところで、意外な知識も授かっていたことに気付く。
「あー……釣りと船についても知識に含まれるんですね」
「水に関係するからねぇ」
言われてみれば納得である。頭の中を整理すれば他にも色々出てくるかもしれないな。……知識だけ埋め込まれても引き出しを作らないと活用出来ないからなぁ。未だに地神にもらった知識も十全に活用出来ているとは言い難い。
釣りは今のところあんまりしてないけど、美味しい魚が釣れるに越したことはない。魚の種類によっては素材になるしね。
地神の植物(木材)知識と合わせれば丈夫な船が作れそうだ。ゲームでは各種船には移動速度と耐久くらいしか違いがなかったけど、現実ではそれが生死に直結してくる。……船を作ったところで廃棄大陸はまだ怖くて行けないけれども、いつかは行かなければならないのでスキルを鍛えておくのは重要だ。モンスターに壊されたり難破したりして辿り着けませんでした、では笑うに笑えない。
加えて、大型の船を作ることが出来るようになれば、いずれは流通にだって役に立ちそうだ。帰還石が作れるのはわたしだけだし、住人全員に配って回ることなんて色んな意味で出来ない。まぁその前にそもそもの住人を増やす必要があるけどね。陸路も整えないとなー。
「フリッカにもあげるわねぇ。リッちゃんを助けてあげてね」
「……ありがとうございます。必ずや、リオン様の為に」
わたしがあれこれ考えている横でフリッカも水神から加護を与えられていた。なお、わたしとは違い頭に手を乗せているだけだ。フリッカが頭を抱えたりもしないので、地神の時と同じく与えられるのは知識以外の部分のみなのだろう。
そのままウルの頭にも軽く触れてこの場では終了となった。気が向いたら他の皆にも与えておいてほしいな。
何はともあれ、この知識でモノ作りがはかどる。さて何を作ろうかなー、とわたしの顔はニヤニヤが止まらなかった。
その時。
「いやぁ、リオンはそこまで喜ぶんだねぇ。これはお兄さんとして僕も一肌脱がないとね!」
「……え?」
風神が出し抜けにそのようなことを言い出したかと思えば、サッと風のような早さで動いてわたしの額に手を触れて。
「本調子とは程遠いからちょこっとだけだけど、僕の加護もあげるね!」
「――え」
わたしが返事をする間もなく、風神の知識が流し込まれた。
……ただでさえ、水神の知識が馴染まずに頭の中がぐちゃぐちゃとしているのに。
そんな状態で更に追加されるとどうなるか?
「……ぎえぇ……」
「リオン様!?」
「リオン!?」
答え。
わたしの頭は受け止めきれず、気絶しましたとさ。
どうでもいいことだけど、わたしが気を失っている間に風神は四方八方から怒られたとかなんとか。目を覚ました後に涙目で本神に報告された。
いやそんなこと言われても……後先を考えずにノリと勢いで行った結果の自業自得では……?




