ドワーフ夫婦とモノ作り
「んで、神子様よぅ。オラたちは何を作ればいいんだ? 武器でも防具でも装飾品でもドンと来いだべ」
拡張した作業棟にて、ドワーフ夫婦のウェルグスさん、ハーヴィさんと向かい合う。なお、息子であるルーグくんは一緒におらず、フィン&イージャの子ども組の方に混じっている。そのうちグロッソ村につれて行ってみようかな。
二人は今日が初仕事だ。移住してすぐに「働け!」とはわたしも要求しなかったからね。しばらくゆっくり過ごしてもらい、ここの雰囲気に慣れてもらうのを最優先にしていた。特に日常で困ってる様子もなく、大きなトラブルを起こすこともなく、なんだかんだで分別のある大人です。
「えーと……意気込んでいるところ悪いですけど、武器防具の作成はそんなにないです。あ、自主練で作る分には全然構わないですよ。ここにある素材は好きにしてもらっていいんで」
「む?」
「そうなんですかぁ?」
肩透かしを喰らったような顔をする二人にわたしは説明をする。
この近辺は彼らが住んでいたバーグベルグ村とは違い平和なのだ。モンスターの数は少なく、それでいて弱い。毎日武器を作らなければいけない程戦いに明け暮れていないのである。とは言え、当然ながら武器が必要になる時はあるし、その時のためにスキルレベルを上げておくことは必須なので、全く不要と言うわけでもないけどもね。
「わたしが欲しいと思っているのは色々ありますけど、まずは調理器具と農具でしょうか。……そんなの作りたくない、とかはないですよね?」
「もちろんそんなことはねぇべ。包丁や鍋はオラたちの村でも作っていたしな」
「でも、ちょっと意外なんは事実ですねぇ。神子様はもっと切った張ったしてはるもんと思ってましたわぁ」
何故そんな印象になってしまったのだろう。戦いの日々で精神が殺伐としてしまっているのだろうか。
「確かに、モンスターを倒すことも、それで素材を得ることも重要です。が、神子の……わたしの仕事はモノ作りですから」
前回の件で戦う力もしっかり身に付けなければいけないとは思っているけれど、やはりわたしの根っこはそうではない。モノ作りありきなのだ。
……こんなセリフは、この場所が平和だから言えることなのだろう。戦って戦って、とにかく戦わなければ生き残れないような過酷な環境であれば、第一に武器防具を優先していたかもしれない。精神に余裕がなく、思考はモンスターの殲滅で埋め尽くされていたかもしれない。ゼファーを仲間にする発想も生まれなかったかもしれない。
でも、そうではないのだ。であれば、わざわざそれに合わせる必要はない。まだ知らぬ土地で誰かが苦痛に喘いでいたとしても、わたしが遠慮をする必要はない。神子のくせに怠惰だと詰られようと、まずわたしの手の届く範囲のヒトたちを第一に考えるべきだ。
「戦う力も大事ですが、生活に便利なモノをたくさん作って、わたしたちの……皆の生活を豊かにすることも大事だと思っています」
そもそも、自分が満たされていなければ他者に手を差し伸べるのは難しい。場合によって無茶をすることもあるけれど、わざわざ自分を蔑ろして、自分より他者を優先したいわけではないのだ。
……ウルとフリッカが相手なら優先したい気持ちはあるけど、気持ちがあってなお自分を優先してしまい、いつもモノ作りのことが頭にある利己主義者だからねぇ……愛が足りないのかしらん……。
勝手に悩み始めたわたしとは逆に、二人は逆に納得の表情を見せて「おや?」となる。
「なるほどなるほど、だからここはそうなんだべな」
「え? 何がです?」
「いえね、あちらこちら、非常にたくさん……あえて言ってしまいますが、過剰に道具があるなぁと驚いていたんですよぉ」
二人曰く、『何でこんな物まで魔道具になってるんだ』って驚きの連続だったらしい。
台所の着火石に始まり、水道にトイレにお風呂や明かりなどの生活に直結するものから、稲刈り毛刈り搾乳などの自動回収装置――生産に必要な道具各種、特にドライヤーやクッションなどは『これ必要か?』と首を傾げたんだとか。
「……どれも必要な物ですよね?」
「水はともかく、他はオラたちの村にはなかったモンばかりだし、なくても生きていけたべな」
「ヒトの手で出来るモンにわざわざ魔石やらを使おうとは思わんかったですねぇ」
……そう言えば以前地神に「こんな贅沢な使い方はしない」なんて言われたっけ。
うーん、整った住宅設備と家電に囲まれて育ったから感覚が違いすぎるのかなぁ。わたしは『装置に任せられるところにわざわざ時間と手間をかけたくない』って方針だからねぇ。とことんまで任せてわたしはモノ作りをしていたいのである。あとQOLを上げるモノは必須ですよ?
「まぁ驚きはしたが悪いとは思ってねぇべ。こんな使い方もあるんだべなぁって刺激されまくりだでよ」
「そうやねぇ。お布団なんかは気持ち良すぎて、もう元に戻れないわぁ」
「……それなら良かったです。もし他にも生活が便利になりそうなアイデアが沸いたら教えてください。一緒に作っていきましょう」
うん、この様子なら二人とは上手くやっていけそうだ。
「とは言え神子様よう。農具はあるのにまた作るんだべか? 早々に壊れるモンでもねぇだろ?」
「あー……そうですね、わたしがお願いしたいのは何と言うか……わたしの作る道具の一般化、でしょうか」
「「一般化?」」
わたしはモノ作りが大好きではあっても、全ての道具の構造を知悉しているわけではない。
作成スキルで作れてしまうがゆえに、作った物の細かい構造がわからないことも多いのだ。分解して調べることもあるけれど、理解出来ないこともよくある。『そういう物なのだ』と内部がブラックボックス化して分解すら出来ないこともある。例えば卵の自動回収装置なんて、丸くて平べったい物体の中にきちんとした機構は備わっていない。『卵を回収する魔法』がかかったゴーレムであり、もちろんそんな魔法は存在していない。(元)日本人からするとめちゃくちゃな代物であったりする。
「いくら便利だからって、わたし一人で全世界の道具を作るのは不可能でしょう? だから誰でも作れるようにしたいなぁ、と」
まぁその前に基本的な生活を送れるようにするのが先であって、便利道具系はかなり後になるだろうけどね。この辺りはカミルさんとも連携を取っていきたいなぁ。今度紹介しよう。
そんなある意味ぶん投げな無茶振りに、ウェルグスさんは怒るでもなくニヤリと笑みを浮かべた。
「思ってた仕事とは全然違ぇが……これはこれで面白そうじゃねぇか」
「ふふ……責任重大やねぇ」
彼らもなかなかにモノ作りジャンキーなようだ。そうでもなければわざわざ故郷から出てこようなんて思わないか。
「あ、そうだ。他にも欲しいと思った物があるんです。馬ではなく魔石で動く……ゴーレム車とでも言えばいいでしょうか」
移動手段。それは常に付きまとってくる。アステリアは徒歩で移動するには広く、いい加減移動手段にテコ入れをしたい。
しかし馬だろうとゼファーだろうと、生体だとどうしても疲労度と言う問題が出てくる。……ただしウルは別枠とする。いやマジあの子の体力は半端ない。
もちろんゴーレムだって無限に使い回せるわけじゃなく耐久値はあるけれど、疲労回復に比べれば修理や魔力補給の方が断然簡単だ。多少無茶して壊れてしまったとしても心が痛まないのも重要なポイントだ。
ただ魔石だけに頼ろうとするとものすごく大きな魔石と大量の魔力が必要になってくるのが辛い。だから出来るだけ省エネになるよう、作成スキル頼りではなく機構をきちんと作りたいのだ。
こちらに関しても二人は快諾してくれた。うんうん、モノ作りが色々進みそうで嬉しいな。
「っと、もう一つあったのを思い出した。お酒の研究もやる気は――」
「「やる!!!」」
「アッハイ」
わたしの手が回りそうにない――正確には回す気があまり起きないのだけれども、困ったことに地神が楽しみにしている――お酒の件を任せようとしたら、めっちゃ食いついてきて勢いに押されてしまった。色々やってもらいたいからオーバーワーク気味かと思ってたのに……こののんべぇたちめ……。任せる身ではあるし、他の仕事を全て放り出してお酒研究に走るとかしない限りはいくらやってくれてもいいけどさ……。
ともあれこのような感じで、わたしは新しい体制でモノ作りに勤しむのであった。




