温泉でゆっくりしよう
「うひょー! いい眺めだなぁ!」
「れ、レグルスおにいさん、そんなに乗り出したらあぶないですよ……?」
「大丈夫だいじょ――うわあああああっ!?」
「キュアッ!?」
『……何をやっているんだオマエ……』
「……さ、さんきゅー……」
……衝立の向こう側なので何がどうなっているのか全く見えないけれども、きっと興奮したレグルスが身を乗り出した挙句に足を滑らせて転がり落ちかけたところをゼファーかヘリオスが助けてくれたのだろう。何となくトラブルの予感がしてドラゴン組を向こうに配置にしてよかった。
しかし、イージャの方がずっと小さいのに、ずっと大人に感じてしまうよ……。レグルスにイージャの面倒を見てもらうつもりだったのに、逆に面倒を見られる事態になっているのが何とも言えない。
「……レグルス兄……こんなところに来てまで……」
「えっと……おつかれさまなの……?」
こちら側で、フィンと一緒に絶景を楽しんでいたリーゼがレグルスの奇行に頭を抱えていた。
フィンもろくに慰め(?)の言葉を掛けられず、苦笑いを零しながらやや内側に移動している。……フィンも結構はしゃいでいたので、自分も同じことにならないよう反面教師にしたのかも。
まぁ無事っぽいのでアホレグルスのことは放っておこう。テンションが上がる気持ちもわかるからね。ドラゴン組に心の中でフォローをお願いをしながら、今日くらいはレグルスのお守りからリーゼを解放しようと気を逸らすために最近の様子を聞き出す。
「ねぇリーゼ、グロッソ村の様子はどうだったのかな?」
「……あ、うん。やっぱり何度かモンスターたちが攻めてきたね。でもそこまで数も多くなくて、強いのも居なかったから問題なく倒せたよ」
ふむぅ、不安は的中してしまったか。でも最悪からは程遠かったようでホッとする。
更に聞き出すと、むしろ子どもたちの戦いの練習台になっていたとか……さ、さすがのうき――もとい体育会系の獣人、すごいですね……。
過去の惨事でトラウマになって戦えない、と言うこともなく、逆に『同じ目に遭ってたまるか!』と燃えていたらしい。強いなぁ、見習わないと。
こちらの報告は……レグルスが衝立の向こうだし今日は慰安なので後日にしよう。謎の男性はリーゼたちにとっては仇とも言える存在だからね……怒りだして休むどころじゃなくなりそうだ。
「あ、あと、ひょっとしたら川下の方にもモンスターが流れているかもしれないんだけど……」
「……あり得るね」
大河はわたしが渡ろうとする時には大雨で増水していた。そうでなくてもそれなりに流れが早い。渡り切れるモンスターばかりとも限らず、流されて川下に流れ着いて暴れているモンスターもまだ居るかもしれない。こちらも確認しておかないとな。
せっかく大元を倒したのに、子ども(?)から感染拡大とかしたら目も当てられない。普通ならまずないと思うけれど、あの謎の男性が変な仕掛けをしてないとも限らないし。
「はふ……これはこれでオツなものよのぅ……」
話が一段落したところにそんな呟きが届く。視線をずらすと、熱い湯が苦手らしく温度調整用の水が流れている場所で、カップを手にウルがくつろいでいた。
ウルの前には木桶がぷかぷかと浮かんでおり、中はお酒……ではなくただのジュースである。それとおやつ。温泉にありそうな小道具を用意してみたけど、お酒を好んで飲むヒトが居なかったんだよね。だからウルが赤くなっているのはアルコールが原因ではなく熱で火照っているだけだ。……まさか雰囲気で酔ってないよね?
「こうしてゆっくりしていると疲れが溶けだしていくようですね。道中はそれどころではありませんでしたが……改めて眺めると目に楽しいものがありますし」
すぐ横でも声が聞こえる。わたしに寄り添うようにフリッカが浸かっているからだ。リーゼから報告を聞いてる間も離れず、ピッタリと。温泉はものすごく広いわけじゃないけど五人どころか十人は余裕で入れるスペースがある。それなのに真横なのは……まぁいつものことである。いつものことであるからして、フィンも今更機嫌を悪くすることなく溜息を吐くだけだった。
……湯がしたたる髪も、上気する頬もいつものことである……のだけれども、何だかいつもと違う気がするのは温泉というロケーションのせいだろうか。
どことなく恥ずかしくなって目を逸らすように「そうだねぇ」と適当な相槌を打ちながら外側へ顔を向ける。
ヘリオスに案内してもらった温泉は標高が高い位置にあった。それゆえ、周辺の雄大な景色が視界一杯に飛び込んでくるのだ。ジズーに吹っ飛ばされたのと、ゼファーやヘリオスとの空の旅を経験はしていても、また別の趣がある。フリッカの場合は恐怖できちんと眺める余裕もなかっただろうし。
そこかしこが荒れているので美しいとは言えないけれども、それでも圧倒的な力強さを誇る場所。切り立った峻厳な山肌にわずかながらも花が咲き、懸命に生きているのだと主張している。いつの日か世界が正常になればきっともっと素晴らしいものが見れるようになるだろう。先が楽しみだ。
道なき道を獣が駆け、谷間を鳥が舞う。……モンスターも見えるけれど、ヘリオスが居るおかげで近寄ってくる気配はない。ウルセンサーも反応していないので大丈夫……とろけて反応が鈍ってるとかではない、はず。
頭上を見上げれば、初冬の晴れあがった空はいつもよりずっと近い。眩しさに目をすがめつつ、半ば無意識に太陽に右腕を伸ばし――
「――……?」
違和を感じて腕を下ろし、手のひらを見詰める。
……今、何か妙な感覚がしたような……?
「リオン様?」
「……あぁ、いや、何でもないよ」
フリッカに不思議そうに声を掛けられて、誤魔化すように湯をバシャバシャとさせる。白く濁っている湯が波立った。
明らかに不自然な対応をしたのだけれどもフリッカは察して深く突っ込むことなく、あえて関係ない話題を振ってくる。
「ところでリオン様。温泉にこだわったのは特別な理由があるのでしょうか?」
「え? いや、単にお風呂が好きだからだよ? あと雰囲気?」
わたしは(元)日本人の例に漏れずお風呂が好きだ。だから温泉に興味があった。本当にそれだけである。
マニアであれば効能だの何だのこだわりがあるのかもしれないけれど、残念ながら温泉旅行の経験がないからね……。
「効能、ですか?」
「うん。温泉と言うよりはお風呂自体の効能も含むけれども、疲労回復に健康増進、泉質によっては傷に効くとか持病に効くとか、後はそうだね……美肌になるとか?」
「……綺麗になるのですか」
わたしが指折り挙げる例に一つ一つ頷いていたフリッカが最後のところで食いついた。真剣な顔つきになりながら湯に視線を落とす。
……きみは今のままでも十分キレイですよ……? とは言わずに心の中に留めておいた。二人きりならともかく、他のヒトが居るところではさすがに恥ずかしかったのだ。
それに女の子であれば大なり小なり美容には関心があるものだろう。フィンはまだ小さいからピンと来ないみたいだけど、体育会系リーゼですらピクリと反応をしていた。……ウルは全くなさそうだ。そしてわたしも今のところそんなにない。
と言うか、わたしのこの神造人間の体が美化するとか劣化するとかあるのかな……? 強化はありそうだけど……。
「……リオン様、またここに訪れたいです」
「あはは、わたしもそのつもりで創造神の像を設置したんだしね」
像は放置すると壊れる、壊されることがあるので管理しきれるのかどうかが難点だけど……ヘリオスに偶に様子を見てもらうようにお願いしよう。『俺を便利に使うなんて、ヘファイスト以来ダナ……』などと疲れた幻聴が聞こえた気がした。
「……っと?」
湯の中で手が握られた。犯人は言わずもがなである。濁り湯で傍から見えないのをよいことにわたしも握り返す。
そして、その犯人はそっとわたしの耳元に口を寄せ、小さく――
「いずれ、機会があれば……二人で」
「――は、はひ」
どこか妖艶さを含む熱っぽい囁きに、わたしは温かい温泉に入りながらも背筋にゾクリとするものが走るのであった。
あけましておめでとうございます&連載開始から2年が経ちました。
このまま(通常の)完結まで続けられるよう頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。




