温泉へ行こう
事の始まりは、ハーヴィさんのその一言だった。
「ここは普通にお風呂のお湯を沸かしてはるんですねぇ。周りに火山の一つもないので当たり前のことかもしれませんけどもぉ」
「……えっ?」
と言うことで(?)、いつも通りウルとフリッカを引き連れて、滅多に行くまいと思っていたバーグベルグ村をすぐさま再訪することになりました。自分でも『どの面下げて』って感じはする。正確には通過するだけなのだけれどもね。
祭壇を訪れていたヒトたちに「すいません、すぐ出て行きますんで……」とペコペコ頭を下げ、ウルにわたしとフリッカを両脇に抱えてもらってそのまま祭壇側から無理矢理外に出る。村から少々離れたところでフリッカにファイアボールを上空に打ち上げてもらってヘリオスを呼び出し。
「ヘリオス! 温泉の場所知らない!?」
『……』
開口一番にそう叫んだことで、ヘリオスからジトりとした目を向けられるのだった。
……や、後から自分でもこれはナイと思ったけど、気が逸ってたんです……。
『……確かに飛んで行くとは言ったケドナ? まさか乗り物代わりにされるとは思ってなかったゾ……』
などと小言と溜息を漏らしながらも、親切なヘリオスは彼の知っている温泉へとわたしたちを運んでくれる。ちゃんとお礼としてお肉は渡しますとも。
この辺りは火山の影響であちこちに温泉が湧き出ているらしい。と言うかバーグベルグ村の公衆浴場も温泉だったのだとハーヴィさんから聞き、お酒を飲んでいたりバタバタしていたりで入らなかったことを少しばかり悔やんだりもした。まぁこれは今からでも取り返せるから問題ない。
多数ある温泉の中でもバーグベルグ村から離れている――移動用の創造神の像を設置するため――かつ、周辺にヒトが住んでいない――うっかり鉢合わせをしたくなかった――場所をヘリオスにチョイスしてもらう。好都合なことにその二つの条件に当てはまる温泉は存在していた。
目的地に辿り着くまでの間、封神石に封印されていた神は風神だったと報告をしておく。神の力はほとんど抜かれているけれども、存在に別状はなさそうだとも。……めちゃくちゃ軽い性格だったとまで言う必要はないかな。火神ではなかったことにヘリオスから少し残念そうな気配が漂ったが、わたしはあえて触れないことにした。
ヘリオスの様子も聞くと、どうやら彼は肉キマイラたちの残党狩りをしてくれているらしい。本来ならわたしがやるべきことなんだけどね……ありがたやありがたや。お礼のお肉を増量することにしよう。
「バーグベルグ村以外の村は結構あるの? 村人さんたちは困ってたりする?」
『いくつかアルナ。近付かないようにしているから状況までは知ラン』
……まぁ普通のヒトたちからすれば、モンスターの中でも強者であるドラゴンがやって来たら恐怖でしかないだろう。わたしだってゼファーとヘリオス以外のドラゴンと遭遇したらパニックになる自信があるよ。
場所だけ教えてもらって、後日わたし自身で確認することにしよう。
温泉と一口に言ってもただ湯が湧き出ているだけの場所だ。観光地化どころかまともな入浴設備すらありやしない。他にヒトが来ない、いわゆる秘湯に連れてきてもらったのだから当たり前なのだけれども。だからここを整えなければゆっくり入浴することが出来ないのだ。
「よーし、やるぞ……!」
山を削って足場を均して創造神の像を設置して。山小屋を建てて休憩所と脱衣所を中に作って。大きな石を綺麗に並べて湯舟を男女別に二か所作って。双方の視線を遮る衝立ももちろん忘れずに。雨が降っても大丈夫なようにかつ景色を遮らないように屋根を作って。洗い場の足元はランダムな形の石畳を敷いて。シャワー……ここは雰囲気よりも便利さを求めよう、と言うことで設置。木桶を山の形に積んで。源泉かけ流しで湯の温度が入浴するには高すぎるので水を注げるように整えて――
「……随分と手が早いのであるな……」
「……それだけ温泉に入りたかったのでしょうね……」
『……火神の鍛冶より手際がよい気がスル……』
などど傍らであれこれ言われていたことにも気付かずに、わたしはさくっと露天風呂を完成させるのであった。
『一晩くらいなら構わナイ』とヘリオスが留守番してくれるとのことで任せつつ、わたしは早速作成した帰還石でいったん拠点に戻り、「明日は温泉に行くよ!」と皆に声をかけていく。
フィンとイージャは唐突なことに目を丸くしつつも了承し、グロッソ村に飛んでレグルスとリーゼも誘う。ゼファーは温泉に興味がなさそうだけど――あったとしてもゼファーが入るには深さが足りない――ヘリオスに会わせたいので連れて行く。神様たちは拠点から出られないので「楽しんできな」と手を振り、ドワーフ一家は特に温泉に強い思いはなく――いつも入っていたからだろう――神様たち同様に見送り組となった。残して行くことに不安がないわけじゃないけど、神様たちも居るので問題を起こすことはまずないでしょう。……わたしが居ないからってお酒でハメを外さないよう注意しておこう。
そして翌日、皆とヘリオスのご対面である。
「ご紹介しまーす。今回の事件の功労竜のヘリオスくんでーす」
『……何なんだそのノリ……』
ヘリオスは呆れたように呟くが邪険にはせずに大人しく座っている。付き合いがよいねこのドラゴン。それとも火神にあれこれ付き合わされる関係だったりしたのだろうか。
事前にヘリオスのことは知らせていたけれど、レグルスは普通にビックリして、リーゼはやや汗をかき、フィンとイージャはゼファーの陰からそっと顔を出し、ゼファーは目をぱちくりと瞬いてヘリオスを見詰めている。それぞれ違った反応でちょっと面白い。
なお、こちらに来る前に拠点でレグルスとリーゼに風神&ドワーフ一家を紹介済みである。二人は風神相手には恐縮しきっていた。……風神は大人しくしていればちゃんと神様っぽく見えるのに、何故初対面ではあぁだったんだろう……? そしてドワーフ一家相手には戦士らしく鍛冶が得意という部分に期待を覗かせていた。けど多分、そんなに武器防具を作ってもらうことはないと思うんだよね。そればかりあっても仕方ないし、他にお願いしたいことが山ほどあるから。
『む……お前、小さいけどゼピュロスなノカ……?』
「キュー……?」
「あー、わたしから説明しようか」
ゼファーを見て首を傾げるヘリオスと、首を傾げ返すゼファー。釣られてフィンとイージャも首を傾げて可愛い。
ただの白ドラゴンじゃないと見抜いたのは同じドラゴン種だからか、それとも普通のドラゴンが居ないのか。ゲーム中でもドラゴンの名前は複数存在する種族名と言うより単一の固有名みたいな扱いだったし。
わたしは瘴気でボロボロになっていたゼピュロスと戦ったこと、ゼピュロスの亡骸から白ドラゴンが出てきてゼファーと名付けたことをヘリオスに説明していく。ゼファーがゼピュロスの生まれ変わりなのか、ゼピュロスの子どもなのか、別の存在なのか、その辺りは謎のままだ。
ヘリオスはゼピュロスの惨状を聞かされて目を伏せた。……知り合いだったのかもしれないな。フンと鼻を鳴らしすぐに元に戻ったので、そこまでダメージはなさそう……だといいんだけども。
ドラゴンの感情はそこまでわからないし、そもそもわたしのようなヒトと同じ精神構造をしているかどうかも怪しい。だから気遣いはしない、と言うわけじゃないけれど、あまり自分の物差しで測らないようにしないとな。一番はヘリオスが困った時に相談してくれるほどの仲になることだけどね。
「そう言えばドラゴンってどうやって発生するの? ゼファーと同じ? それとも他のモンスターと同じようにどこからともなく沸いて出てくるの?」
『……ドラゴンが増えるところなんて見たことナイナ』
「そっかぁ」
ドラゴンはどれもボスクラスに強いからポコポコ発生されたら怖いことになるか。ゼファーの誕生?を目の当たりにしたのは相当にレアだったのだろう。
「ゼファーはどうすればヘリオスみたいに話せるようになるかな?」
『……時間が経テバ?』
「……そっかぁ」
「キュウ……」
人間も赤ん坊の頃は会話出来ないようなものかな。気長に待つことにしよう。
ヘリオスからもっと色々話を聞いてみたいところもあるけど、今日のメインは温泉だ。ひとまず切り上げてそろそろ入ろうか。




