リオン観察記その五
追加で差し入れをしてくれて、「お大事に……」と肩を落として退室していくリオンを見送ってから、僕は首を傾げる。
「うーん、お疲れなのかな? 貴重な神子なんだからしっかり休んでほしいよね」
「……アンタはどの口で言うんだい」
「えっ」
「八割くらいはメルくんのせいよねぇ」
「ええっ」
レーアにもネフティーにもダメ出しされてしまった。なんでも、僕が自由すぎてリオンの対処が追い付いていないのだろう、とか。
……仕方ないよね! なんたって僕は風神なのだから、誰にも風を縛ることは出来ないのさ! ……ついこの前まで封印されてたね!
「仕方ないよね、じゃあないよ。曲がりなりにも神が神子に余計な負担掛けてどうすんだい。自重をしな自重を」
「それを言ったらレーちゃんもお酒を自重しなきゃいけないわねぇ」
「ぐっ……ネフティーだって姉呼びを強制させてリオンを戸惑わせているだろう……っ」
「事実じゃないのよぉ」
……この二柱、かなりあの子に甘いね? 僕には厳しいのにね?
などと素直な感想を口に出した途端、またも二面口撃を喰らうことに。
「アンタみたいなアホと一緒に出来るか」
「そうよ、真面目なリッちゃんがかわいそうになるわ」
「うわぁい、辛辣ぅ!」
ピシャリと額を打つ。
でも僕はこうしてまた冗談を言い合える仲になって、嬉しさに笑みがこみ上げてきてしまう。
……ある日、闇神が何処とも知れぬ場所に封印された。防ぐことは疎か、察知すら出来なかった。
『敵』の攻撃に、僕たちから笑みが消えてしまったのだ。
解放しようと神子や住人たちを含めて奔走するも結果が出る前に火神が姿を消し、その次には僕も――
最終的に創造神を除く六神全員が封印されたのだと今朝目を覚ました時に聞かされて、独り残されたプロメーティアの心労は如何ばかりだっただろうかと思いを馳せる。僕は力を抜かれてとても疲れてはいても、封印時の時間感覚は曖昧で一瞬のようにも感じたからね。プロメーティアの長い痛苦とは比べ物にもならない。
まだ半分の神が封印されたままだけれど、それでも当時に比べればレーアもネフティーも明るい。僕たちに成し得なかったことをしただけでなく、その点でも僕はリオンに感謝しないとね。
そして、当のリオンと言えば。
「……あの子、ものすっごく……普通だったね?」
ここで言う『普通』とは平凡と言う意味ではない。
では何が普通なのか。
「今の僕は力がスッカラカンだからただの病弱系美少年だけど……それでも神様なのにねぇ?」
あえて過剰に道化を演じてみたことで――レーアたちが何て言おうとあれは演技なんだよ!――阿呆と思われて侮られていたわけではない。敬意がなかったわけでもない。
「僕、神殿でもないただの民家のベッドで目が覚めるなんて思ってもみなかったよ」
僕は布団を撫でつけながら、木材の梁が覗く天井を見上げて言う。
これではただのヒトと何も変わりがない。
扱いが普通すぎてちょいちょいぞんざいな対応をされたけど、神以外にそんなことされたのも、あんな目で見られたのも、想定外の初体験だったねフフフフフ。
そんな僕のしみじみとした呟きに、レーアは――残念なことに僕には滅多に見せてくれない――柔らかい笑顔で答える。
「でも……暖かいだろう?」
「……そう、だね」
「ジュースも美味しいわよねぇ」
「……うん。とても美味しかったよ」
柔らかな布団に包まれて寝るのがこんなに暖かいだなんて。ただのジュースがこんなに美味しいなんて。
僕は、知らなかった。
これらの良さを今の今まで知らなかったなんて、神生すごく損していたんだな、と思ってしまった。
少なくとも供物で飲食物の味は知っているはずなのに、何でここまで味が違って感じるんだろう。
位階が高い……とかではない。過去の神子にはあれくらいの子はゴロゴロ居た。
リオンの肉体が特別製だから? 似たような条件の火神の料理は美味しいし、それもあるのかもしれない。
「――あぁ。……だから妹なのか」
先ほどまでは半ばノリで言っていたセリフ。それが今になってやっとストンと胸に落ちた。
僕の出した答えにネフティーはニコニコと笑みを見せるが、レーアは逆に眉を顰める。
納得をしていない……のではなく、心配をしているだけなのだろう。彼女は僕たちの中ではプロメーティアに次ぐ優しい神だからね。直接言うと何故か嫌そうな顔をするけど。素直じゃないねぇ? ネフティー情報によるとベヒーモスの肉を食べたと聞かされた時なんて内心狼狽えていたらしいし。
あ、ベヒーモスで思い出した。
「ところで……リオンって、あんなに歪に混ざっているのに、あんなに普通なのは何故?」
「……知らん」
「何でかしらねぇ……?」
僕の疑問は二柱にとっても共通の疑問だったようだ。それくらい謎だと言うことか。
リオンは現在三柱の神の加護を授かっている。
創造神は当然として、地神と……水神ではない、もう一柱。
彼女の性格とかではなく性質ゆえにどうしても反発するのに、どうして平然としているのだろうか。
全然位階が足りないのにベヒーモスの肉を食べて発狂せずにいられるのは……まぁ、彼女の加護のおかげかもしれないけれど、そもそもその加護自体が劇薬のようなものなのに。
「でもたまに持て余しているみたいよねぇ? 怪我したり、失敗したり……」
「……リオンはモノ作り馬鹿だから、それすらも利用――いや、活用しようとしてるみたいだけどな」
「わぁお、どんだけぇ」
決してモノ作りには向かない力をモノ作りに使用していると聞いて、さすがの僕も口の端を引き攣らせた。
一体どうやって育てばそんなことになるのだろう。異界の魂って怖いね……?
「……うん、さっきの『普通』って言葉は撤回するよ。リオンってめちゃくちゃ『おかしい』ね?」
「……まぁ、否定は出来ないな」
「リッちゃんに聞かれたら泣かれそうな言葉ねぇ。私も否定出来ないけれど」
いやいや、泣くってそんな。
ちゃんと自覚してほしいものだね?
「そう言えば、レヴァイアサンは起きてるの?」
「……いや、プロメーティアからは聞いてないな」
「多分私の領域のどこかの海底に居ると思うんだけど……ほら、メーちゃんは日の届かないところはアレだから」
せっかくもらったのだから、とジュースを皆で飲みながら、ふと気になったことを尋ねる。
ジズーは山の上。ベヒーモスは死亡。残る一体のレヴァイアサンは今どうなっているのだろうか。
終末の獣。
世界のバランスが著しく崩れた時に神子に肉を食わせ、素材を与え――その命を捧げるために用意された古い古い存在。
ただし強大すぎる力ゆえに、誰もが享受出来るわけではない。それを乗り越えるのも試練の一つであるし、乗り越えられる者でなければ力の持ち主として相応しくない。
「……リッちゃんが聞いたら『意思疎通の出来る相手の命を奪うなんて嫌だよ!?』って叫びそうよねぇ……」
「その割りには素材はめちゃくちゃ欲しがるんだよなぁ……たまにゼファーのことを変な目で見てるしな」
レーアのボソっとした呟きに、ずっと窓の外から大人しく話を聞いているだけだったゼファーがビクっと身を震わせた。……君も大変だね? でもヘファイストと一緒に居たヘリオスを思い出してどこか懐かしい。あの子は今どうしてるのかな。
そしてその後、ウルと言う子の鱗とか、自分の血液も素材にしているとも続けられて、モノ作りの馬鹿を通り越して変態では……? と思ったのは僕だけじゃないはずだ。実際に二柱も目を逸らしたし。
うん、やっぱりリオンはおかしい。
けど……面白い。色んな意味で、これまでの神子と一線を画している。
レーアとネフティーがこれだけ気に入っているのだから、悪い子でもないはずだ。
そもそもプロメーティアの保証もある……あぁいや、過去にポカをやらかしてるので悲しいことに絶対とは言い切れないのだけれども。
異界から招かれた魂。
このまま良い方向に転がり続けてくれるのか、はたまたひっくり返ってとんでもないことが起こってしまうのか。
楽しみでもあり、怖くもある。
願わくは、あいつのように、我らが母を泣かせないでおくれよ……?




