押しかけ同居人
「連れてってくれ、って……あぁ、拠点を見学したいので?」
「いや、移住の話だべ」
……マジですか。
唐突な申し出に思わずウルと顔を見合わせる。『どうしよう……?』と目で訴えるわたしにウルは肩をすくめて何も言わない。ウル自身は反対ではなく、わたしに対応は任せると言うことだろう。
頭を掻きながら再度ウェルグスさんと向き合う。
「えぇと……理由を聞いても?」
「そんなもん、神子様のとこでモノ作りがしてぇって思っただけだべ。それ以外に必要か? オラ、あんたのモノ作りに大層感心したんだべ」
必要か、と問われれば、不要であるだろう。神子の基本技能とは言え、モノ作りが褒められるのもちょっと嬉しい。
ただわたしはまだ、ウェルグスさんのヒトとなりが全然把握出来ていない。モノ作りに熱心なのは喜ばしいことだけど、それ以外の部分の性格が破綻していたら目も当てられないのだ。一緒に調査をしてきた間に酷いところは特に見当たらなかったけれども……やや酒にうるさいくらいで。
それに、バーグベルグ村での意見の不一致で微妙に疑心暗鬼になっており、『それは本音なの?』と言う疑惑もある。……聞いてみるのが手っ取り早いか。
「良いんですか? わたしはわたしのメリットになると思えばモンスターとすら取引する神子ですよ?」
「それがどうした。オラはモノ作りが出来るなら、害にならんモンスターなんぞどうでもいいわい。邪魔するなら当然ぶっ潰すが」
お……? これはまた違った回答だな……?
力強く言い切り、真っ直ぐにわたしを見詰めるウェルグスさんの瞳は誠実で、真実を話しているように感じられる。まぁわたしの記憶が間違っていないなら、ウェルグスさんはわたしに対する否定の言葉を放ってなかったしね。
当然と言えば当然だけど、バーグベルグ村の中で意見が分かれていることだってあるか。声を上げ辛かっただけで、内心ではウェルグスさん同様にどうとも思ってないヒトや、わたしの意見に賛同してくれるヒトだって居たのだろう。
しかし……拠点にまるでペットのように棲み付いているゼファーを見たら一体どんな反応をするのかしらん……?
「ビットのやつも興味はあったみたいだが家族に止められたみたいでなぁ。ユアンは元々そこまでモノ作りに熱意はないやつだが、別に神子様に対して悪印象を持ってるわけじゃねぇべ」
「そ、そうですか」
嫌われてても構わないと思ってはいたけど、実際にそうではないと聞かされるとホッとするものがある。数日とは言え一緒に行動をした仲であるし。
しかし、その二人が居ないのはよいとして。
「えぇと……『オラたち』と言いましたけど、そちらの女性と子どもも一緒ですか?」
チラと視線を横に移して、ウルと同じように黙って推移を見守っている二人を見やる。
子どもの方は最初の宴会でお菓子を作ってあげた子で、女性の方はフリッカに細工を教えてくれてたヒトだよね。接点はほぼないと言ってもいい(ウェルグスさんですら足りないと思ってる)相手だけど、はて? わたしはそこまで気に入られるようなことをしただろうか?
「あぁ。オラの妻と息子だべ。さすがに置いて行くわけにはいかんだろう」
「…………エッ」
思わずウェルグスさんと女性と子どもの間を何往復もさせる。
け、結婚してたんですね……? 子どもまで居たんですね……?
確かウェルグスさんはわたしと似たような年齢で……いや、この世界のヒトたちは現代日本に比べれば早婚だからおかしくないですけどね? むしろ結婚『だけ』ならわたしもしてますしね? でも子ども……それも三歳くらい?まで居るんだ……そ、そっかぁ……。
などと謎の衝撃を受けて固まっていたところ、ウルに脇腹を小突かれて我に返る。
「い、いやいやいや。その、いいんですか? 旦那さんこんなこと言ってますけど? 移住までするのは突然すぎません?」
そりゃ妻子と別れる気がないなら一緒に行くしか選択肢はないのだけど、住み慣れた場所を離れるのって結構大変だと思うんだ。この女性がウェルグスさんのワガママに押し切られて迷惑を被ってないか確認しなければいけない。子どもだって仲の良かった友達と別れるのは辛いものがあるだろうし……帰還石があるから里帰りしようと思えば一瞬で出来る環境なのだけれどもね。ウェルグスさんは帰還石の存在を知っているのだから通勤の提案ならわからないでもないけど、いきなり移住だなんてそんな、ねぇ……?
「どーも、神子様とこうして話すのは初めてですなぁ。ウチの名はハーヴィ、この子はルーグと言いますわぁー」
「あ、こちらこそどうも」
妙なイントネーションの女性――ハーヴィさんの自己紹介につい頭を下げる。ルーグくんはよくわかってないようだけど、ハーヴィさんにつられてペコリとしていた。……はぁ、小さい子は可愛いですなぁ……。
……こほん。
「色々と細かい理由はありますが、いつまでも閉鎖的な穴倉で暮らしているのには疲れた、ちゅうことで、ウチも反対ではないんですよぉ。ルーグこそウチらのワガママに巻き込まれてしまいますが……恐らく、外で過ごす方がこの子のタメになるかなぁと考えまして」
「……」
人間は長いこと日の光を浴びなければ不調になると言う話は聞いたことがあるし、この世界においても昼間は創造神の時間と言うだけあって、モンスターでもない住人からすれば日の光を存分に浴びられないのは辛いのかもしれない。
かと言って、わたしにはバーグベルグ村のヒトたちを全員外に出せるように新たな村を整えられるわけでもない。能力的には出来ないこともないけど……正直そこまでやる気が出ない。なので、あちらから要望が出てこない限りは気にしないことにしよう。
住人全員を移住させるのは嫌でも、わたしに隔意がない一家三人くらいなら許容範囲か。モノ作りに意欲的なようだし。
「移住を希望するにあたり、三つ――いえ、四つ条件があります」
しかし今までのメンツと違い何処にも行く場所がないわけでもない。
だからわたしは釘を刺すことにした。これが呑めるなら当面は様子見をしつつ、ってところだね。
「一つ。拠点には先住者が数人ですが居ます。彼ら、彼女らの不利益になる行動を故意に起こした場合は即刻バーグベルグ村に追い返します」
そりゃ当然だ、とウェルグスさんもハーヴィさんも頷く。
これまで培った文化や感性の違いもあるので『故意に』のワードを付けた。絶対にケンカするな、常にへりくだれ、とかそこまでは要求しない。
「二つ。住むからには仕事をしてもらいます。基本的に得意分野を中心にやってもらう予定なのでそこはあまり心配しなくていいです」
「おう、そのために行くんだ。むしろ率先して作ってやるでよ」
「ウチは細工が得意なので、細かい作業はお任せですわぁ」
小さなルーグくんはともかく、大人二人にはキッチリ働いてもらいますよー。
「三つ。わたしは手作業が苦手なので、あなたたちの知識と技術を教えてください。代わりにわたしの方も開示しますし、素材も用意します」
「神子様の技術と引き換えなんて破格じゃねぇべか?」
「……いえ、わたしのはほら、オートなんで……」
「……そうだったべな。まぁ参考になることだってあるだろうよ」
ここまでは納得してもらってるようだ。さて、最後も納得してもらえるかな?
「四つ。……お酒は飲み放題ではありません」
「……………………………………………………おう」
「さすがに間が長すぎるよ!?」
モノ作りは建前でお酒が本音だったの!?って叫びたくなるくらいだよ!
「い、いやいやいやいや、我慢はするべ……全く飲ませてもらえないわけじゃないんだろ?」
「……そうですね。わたしもそこまで鬼じゃありません」
「じゃあ了承だべ」
キリっとしているけどちょっと不安だなぁ……まぁいいか。
ハーヴィさんの方は普通に頷いている。ドワーフでも酒好き度合いは異なるのね。
こうして話がまとまったところで、ウルが後ろからボソっと不穏なことを呟く。
「……地神と会わせたらどうなるのだろうな?」
「…………」
……相乗効果で酷いことにならないよう祈っておこう。
早速荷物をまとめて当日中の移動となったのだが。
わたしの拠点に滞在している神様たちを一目見るなりドワーフ夫婦は盛大にフリーズするのであった。
……先住者の詳細を伝えてなかったですね、はい。




