分離スキルとその考察
謎の男性の話はそこでおしまいとなり、次はまたベヒーモスの話になる。
そこでわたしがベヒーモス(と得体の知れない何かが混ざった)の肉を強制的に食べさせられたと報告したことで、皆が『うへぇ……』と言う顔をした。さもありなん。わたしだって思い出すだけで気持ち悪さがぶり返して、お腹をさすってしまう。
「……まさかベヒーモスの肉を食べたなんて……」
「えぇと……リッちゃんは大丈夫、なのかしら……?」
ウルとフリッカは実際に肉塊を見知っている嫌悪感を、フィンとイージャは単にモンスターの生肉を食べたと言う忌避感を抱いているようだけれども、神様二柱はまた別の感覚のようだ。地神は眉間の皺を深くし、水神は珍しく微笑を消している。……ジズーの肉の時も警告されていたし、やはりベヒーモスが終末の獣の一体であるのが大きな理由なのだろう。
でも、『呑まれる』と警告された割りにはそのようなことはなかった。
「いや、あの時のリオンは少しおかしかったぞ」
「幸いにして元に戻っていますが……」
「……まぁ、そうだね」
わたしのレベルが警告当時に比べて上がったから助かった……と言うよりは多分、食べさせられた肉の量が少なかったからだろうね。……まさかわたしの胃が超合金でしっかり消化したわけでもあるまい。胃腸すら超強そうなウルさんじゃないんだし。
おっと、ウルから胡乱な目で見られた。変なことを考えたのがバレてーら。
量が少なかったから乗っ取られはしなかったけど、ベヒーモスの力と記憶が流れ込んだことから一時的に混線状態になっていたのかな、と言うのがわたしの予想だ。むしろそれくらいしかないと思う。
「……で、それが切っ掛けで妙な技が使えるようになった、と?」
「まぁ、おそらくそうなりますね……?」
地神の確認にわたしは曖昧に答える。元から素養はあったけどベヒーモスの件を切っ掛けに芽が出たのか、そもそもベヒーモスに植え付けられたのかは不明の力だ。
ただ根源が何であれ、力は力である。それが世界に悪影響を与えるようなものならともかく、そうでないなら使えるモノは使うのである。
「私たちが見たところ悪影響は感じられなかったけれども……実際にはどう言ったことをしたのかしらぁ?」
頬に手をあてる水神の様子と言葉から力そのものが悪いモノでも、使用を咎める雰囲気でもなさそうでホッとした。
「スキル名から察することは出来ると思いますが、分離しただけです。具体的には、封神石から神様を封印しているエネルギーを分離してただの石にしました。……そのエネルギーを再利用したかったのですが……まぁあの通りだったので処分してもらいましたけど」
「……魔法の籠もった魔石をただの魔石に戻すことが出来る、と言うことでしょうか?」
「出来ると思うよ」
フリッカの疑問に対し、わたしは着火石を取り出して分離スキルを発動する。
すると。
ボッ
「うわっちぃ!?」
「リオン!?」
手が炎に包まれ、慌ててブンブンと振り払う。
炎が出たのは一瞬のことで、手が焼けるような事態にはならなかった。
「……び、ビックリしたぁ……」
「驚いたのはこちらであるぞ!」
方々から怒られて肩を竦めつつ先ほどの発火の原因を考えてみる。
んー、対象が着火石だし、魔石から分離されたエネルギーが元々の現象を発生させたと言うことかな……?
「……ちょっと待てリオン。つまりそいつは……」
「もしリッちゃんが力を受け入れる魔石を用意していなかったら、神を封印するエネルギーが暴走した可能性があるのじゃないかしらぁ……?」
「……アッ」
二柱の指摘にわたしは最悪のケースを想像し、顔をサーっと青褪めさせた。せっかく解放した神様がまた封印される事態に陥っていたかもしれないのだ。封印されてもまた解放すればいいだけかもしれないけど……強烈な悪寒がしたので、事態は想定より遥かに酷いことになっていたかもしれない。
「創造神の神子に『新しいことに挑戦するな』とは言わない。けれども、次からは失敗しても問題のない範囲から始めな」
「……すみませんでした……」
わたしの後先を考えてなかった行動に地神はこめかみに青筋を浮かべながらも、怒鳴らずに済ませてくれるのだった。怒鳴ることで萎縮してモノ作りをしなくなったら困るからだろうけど……しっかり肝に銘じておきます……。だから水神様も笑顔でトゲを飛ばしてくるのは止めて……いえすみません甘んじて受け入れますぅ……。
一通りの報告が終わり解散になった後。
フィンとイージャは日々のお仕事に、地神と水神も何らかの作業をするために外に出て、この場にはわたしとウルとフリッカだけになった。
すでに神様ズから釘を刺されてしょんぼりしてるわたしに二人はありがたくも追い打ちをかけることはせず、あえて軽い声で話題を振ってくる。
「魔石を分離?とやらが出来るのなら、このジュースはどうなのだ?」
ウルは果物のジュースを指し示す。これは単体ではなく複数の果物が程良いバランスでミックスされている一品だ。我ながら美味しく配合出来たと思って……ってのはさておき。
「んー……多分無理じゃないかなぁ……」
言いつつ、カップを複数出して実験してみる。釘を刺されたばかりなのでは、って? 失敗してもビシャビシャになるだけでしょ……だよね……?
やや警戒しながら実行すると……なんと出来てしまった。少々目減りしているジュースが入った複数のカップを前に自分自身でも呆然とする。
「おぉー。このジュース、材料はこんなに種類が使われていたのか」
「すごいですね……」
感心する二人の声をよそに、わたしはスキルを発動させた手を見つめる。
……いつもの作成スキルとは異なる感覚。
いや、それは違うスキルなのだから当たり前のことなのだろうけれども。
「……まさか」
ふと思い付き、わたしは分離されたジュースをウルに差し出す。
「ちょっとこれを混ぜてもらえる?」
「む……?」
首を傾げながらもウルはわたしのお願い通りにしてくれた。
そして再度分離スキルを行使する。
果たして、ミックスジュースは分離されなかった。
「む? 今度は失敗したようだの」
「何か条件があるのでしょうか?」
不思議そうにしている二人の声も耳に入らず、わたしは思考の内に潜る。
確か最初のミックスジュースは作成スキルで果物複数から直接作ったものだった。
最初に分離した時にわたしが感じたのは……創造とは違う……力を打ち消す……逆の力。
それって……つまり――
……いや、力は力だ。
神様たちからも使うなとは言われなかった。
だから……有用ならば、わたしは何だって使う。まぁどう有用なのかはこれから模索するのだけれども。
それはそれとして、また別の疑問が湧き上がってくる。
封神石の力を分離出来たことだ。
わたしは、あの封印の石は……破壊神が作ったのだと思っていた。
しかし、実際には分離スキルを使用することが出来た。そもそも破壊神にモノ作りが出来るとは思えない。
つまり神様は……創造の力で封印された――?
実は創造神側に敵が――と言う話じゃないな、これは。一瞬、『反抗してね』のフラグを即回収するかと思ってしまった。
これが意味するところは……創造の力は、必ずしも世界にとって良いこととは限らない、と言うことなのだろう。
……まぁ、突き詰めるとあの謎の男性のやってたキマイラ作成だってモノ作りの一種なのだし……。極端な例を挙げるとすれば、大量殺人をしつつ世界を汚染する原爆を作るのだってモノ作りだ。
要するに、敵の中に悪意を持って創造の力を使う誰かが居ると言うことなのだろう。
わたしは頭の痛くなる想像を追い払うように、大きく大きく息を吐いた。
「……リオン?」
「どうかしましたか……?」
おっと、二人のことを放置して考え込んでしまった。
話すかどうか悩んだけれども……わたしの中でもちょっと消化しきれない。いずれは話すだろうけど、今はやめておこう。
だからわたしは、申し訳ないと思いつつもヘラッと笑って誤魔化した。
なお、作成スキルで果物からジュースにした物を元の果物に戻すことは出来なかった。
完全に形が変わっているのだから『分離』の力が及ばない、と言うことだろうか。それはもう分離と言うよりは逆再生とか再構成とかそんなイメージだしね。
付け加えると、分離された物は元の物より嵩が減っている。作る時にMPを消費するアイテムほど顕著だ。これで作って分離しての繰り返しで素材を消費することなくひたすらスキルレベルを上げる計画が崩れ去ったのだった……そう上手くいかないか。




