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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第五章:炎山の弄られた揺り籠

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物事には別の面がある

 アステリアに住む人々がモンスターの発生源である。


 地神は、それを事実だと肯定した。

 が、「もちろん何もかも住人が悪いと言うわけじゃあない」と続けられ、張り詰めた空気が少しばかり弛緩する。


「確認しておきたいんだが、リオンたちはそいつに他に何て言われたんだい?」

「えぇと……」


 わたしは指折り思い出しながら、全てのモンスターが破壊神によって生み出されているわけではないこと、神子を含めて全てのヒトの破壊活動も原因の一つであること、破壊活動そのものだけではなく恐怖や絶望……嫉妬などの負の感情も含まれることを話していった。

 話し終えると地神は顔を覆い、水神は眉尻を下げる。


「……どれも間違いではないな」

「……えぇ、困ったことに」


 そう、そうなのだ。

 どれだけ胡散臭いと思っていようが、あの男性の言っていたことの多くは事実なのだ。

 だからわたしは、戯言と切り捨てることが出来ないでいるのだ。どれだけ耳が痛くても、考えざるをえないでいるのだ。


「苦しい状況下に嘆くばかりで、皆で団結して創造しないことを、それどころか内輪揉めでトラブルを発生させる様を……嘲笑っていました」


 チッ、と地神の舌打ちが聞こえる。

 それは住人たちに対してのものなのか、それ以外に対してのものなのか、わたしにはわからなかった。

 機嫌が降下する地神をよそに、静かに水神が問いかけてくる。


「リッちゃんは、それを聞いてどう思ったのかしらぁ?」

「……その嘲りを見当違いなものだと否定しきれない、と」

「それだけ?」


 ……何だろう、妙にプレッシャーを感じる。

 冷静なように見えて、実は苛立ってる? 八つ当たり……ではないだろうな、水神は地神に比べると理性的な面が強いのだから。

 つまり……わたしの回答に満足をしていない、と言うことか。当然、それだけではないから続きを答えさせてもらう。


「悪いとこばっかり見て、勝手にこの世界は駄目だと判断するんじゃない何様だコンチクショウ、と」


 わたしの荒れた言い方に、水神が「あら」と何度も目を瞬いた。

 その後楽し気に目を細められ、無言で続きを促される。


「人々は、苦しみに泣くだけじゃない。恐れて嘆くだけじゃない。絶望して怨嗟を吐くだけじゃない」


 これまでの旅の中で、悪いところもいっぱい見てきた。わたし自身が住人に対して、胸糞悪くなって、失望したことだってある。

 だからって、それだけじゃない。それだけであってたまるか。

 クアラ村のヒトたちは塩やら水産品が欲しいと言うわたしの要望に対して喜んでモノ作りをしてくれている。グロッソ村の子たちは親を亡くして辛かっただろうに、それでも明るく前向きに協力しあって村を再興(モノづくり)している。問題のあったアルネス村だってモノ作りを頑張ってくれている子がいるし、淀んだ空気は払拭されつつある。バートル村のヒトたちは皆豪快に真っ直ぐだったし、あの砂漠の名も無き村も頑張ってくれているはずだ。そのうち様子を見に行こう。

 そして……陰惨な事件が起こったアイロ村だって、カミルさんを中心に再出発を始めたところだ。

 そりゃ、神様たちが封印され、先行きも見えない状態であれば誰だって不安になるでしょうよ。わたしだって神子として能力を持っていなかったらどうなっていたことか。

 でも、そんな状態でも、皆懸命に生きているんだ。


「不安であっても小さな喜びを見つけ、怖くても励ましあい、絶望を抱いても希望を求めるんだ」


 神子のような力がないのにそんなことが出来るなんて、わたしよりよっぽどすごいじゃないか。


「住人たちがモンスターの発生源? それが事実であっても、それ以外のモノだってたくさん生み出しているんだ。よりよい未来せかいを、作ろうとしているんだ」


 マイナスばかりじゃない。プラスだっていっぱいある。何故それをなかったことにするのか。

 あいつは言った。『どれが正常かだなんて決める権利』はわたしにはないと。

 その言葉、ブーメランすぎる。


「……住人は滅ぼすべき存在だなんて決める権利は、あいつにはない……! たとえ、権利を持ってそうな創造神様の言葉であっても従ってやるものか……!」


「……リオン、落ち着け」

「……っと」


 知らず熱が籠もり、ヒートアップしていたところ、地神の苦笑混じりの声が耳に入り我に返った。

 そして続く水神の突っ込みで熱が覚めるどころか冷水を浴びせられた気分になる。


「うふふ、メーちゃんの言葉であっても従わないだなんて、神子の口から飛び出てくるとは思わなかったわぁ」

「ヒエッ」


 や、ややややばい、よりにもよって神様たちの前で、主神に対する背信のようなことを口走ってしまった……!

 怒られるだけならまだしも、報告されて罰せられるだろうか……?

 あわあわと青褪めるわたしに追い打ちのように、水神が殊更に静かな、冷たいとも言える声音で投げかけてくる。


「リッちゃん、そんなに慌ててどうしたのかしら? 従わないのは嘘でごめんなさいをするかしらぁ?」


 あっ。これ、間違えたらアカンやつだ。

 水神は笑顔だ。けれども目が笑っていない。神気を滲ませ、わたしの全身をチクチクと責め立ててくる。

 だからわたしは、腹に力を入れて。


「もしも、創造神様からそんな非道な神託を授かったとしたら……絶っっっ対に従いません。全力で反抗します」


 正直に、おもねることなく、答えた。


 シン――と、空間が静寂に包まれる。


 誰も声を発しない。身じろぎ一つしない。

 その状態が数秒、十数秒と続き。

 唐突に、破られる。


「――ぷっ。あは、あははははははっ」


 水神の、大層愉快そうな笑い声によって。

 わたしも、皆も呆気に取られていた。ただ地神だけが……同じように笑い出した。


「ハハハッ! 神を相手に啖呵を切るとは、すごいなリオンは!」

「……は、はぁ」


 馬鹿にしているわけでなく、心底感心したように言われてわたしは生返事しか出来なかった。

 直後にハッとして恐る恐る聞き返す。


「……えぇと……怒って、ないです?」

「怒る? そんなことはないさね」

「まぁ、メーちゃんは絶対にそんなこと言わないから、例え話であろうと挙げたことにはちょっとばかりメッとしたいけれどもね」


 ……したいと言うか、すでにしましたよね? めっちゃ怖かったですよ……?

 恨みがましくわたしが口をへの字にしていると、笑いを収めた水神が真面目な顔になって言う。


「ごめんなさいね。私たちとしては出来るだけリッちゃんの意志を尊重したいけれども、その男の影響を受けるのも、神の言葉だからと何でもかんでも盲従されるのも困るのよ」

「……前者はともかく、後者はその方がありがたいのでは……?」

「以前にも言ったけど、お人形さんが欲しいわけじゃないのよ? 自分の頭でもきちんと考えてね、と言うことよ」

「なる、ほど?」


 何だろう、この……もしもの時は反抗してね、とでも言いたげな。フラグじゃないよね……?

 わたしが首をひねっている間に地神も姿勢を正し、真面目な顔に戻る。


「リオン、アンタの言う通り、この世界の生き物は誰もが創造と破壊――正の想念と負の想念を放出している。それは生き物として当然のことであり、どちらか一方だけ、と言うのは不可能なのはわかるな?」

「はい」

「つまり、誰もがモンスター発生の原因であると同時に、モンスター発生を止める要因でもあるんだ。……まぁ、天秤が前者に傾いているのが現在の状況ではあるのだが、だからと言って住人を間引くことはアタシたちは決して望まない解決法だ」


 ん? 何か……引っ掛かったな……? どこにだろう。


「その男の言葉は事実であっても、一つの側面でしかないと言うことだ。あまり囚われるな……と言うのがアタシとネフティーの見解さね」

「……わかりました」


 元の世界でも、発言の一部を切り抜くことでガラッと印象が変わって本来の意味とは異なって(それも大体が悪い方に)伝わってしまい、炎上するケースが幾度となくあった。わざと悪意のある切り抜きをしてネガキャンする人たちだって居た。今回の件もそんな感じなのだと言うことかな。

 などと頭の中が納得で占められ、先ほどの引っ掛かりが外れてどこかへいってしまったのにも気付かずに。


「あぁ、あとプロメーティアにはその男と遭遇したことは報告しないでやってくれ。心労が増えるだけだ」

「あ、はい」

「もう一つ、その男と再度遭遇した時にプロメーティアのこともアタシたち他の神のことも言うな。前者は嫉妬、後者は警戒に繋がる」

「……創造神様ってホントめんどくさいヤツに絡まれてるんですね……」

「……そうだな……」


 思わずわたしも地神も遠い目をしてしまったのも仕方のないことだと思う。

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