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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第五章:炎山の弄られた揺り籠

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ベヒーモスの願い

リオンがアレな状態なので三人称。

難産回でした_(´ཀ`」 ∠)_

 この時、リオンの意識は明確に保たれていたわけではない。

 しかし、狂わされていたわけでもない。

 ……侵さていたわけでもない、とは言い難いのであるが。


 強制的に肉を食わされ、体内を焼かれ。

 消化――胃液で溶かされたわけではなく勝手に溶けたので融解と言うべきだろうか――吸収されることで、浸食が始まった。

 ただの肉ではない。創造神の味方を自称する謎の男の手によって『化け物(モンスター)』を殺すことに特化した毒の肉だ。化け物であれば食わずには居られない、そうでなくても肉自体が能動的に食われにくると言う、一見合理的で悪趣味な代物。

 もちろんリオンの肉体は化け物ではないのであるが、常人であれば摂取しても無事――とはならない。効果は等しく訪れる。これは謎の男の『誰であろうと死んでくれて構わない』と言う意識の表れだ。

 この肉に食われれば殺されて肉を構成するパーツとなり、この肉を食えば内側からやはり殺されて乗っ取られる。


 ところが、リオンは特殊な身の上であった。

 創造神の神子であることももちろんだが、肉体が創造神のお手製であること。そして、神の加護を得ていたこと。

 それらの事情により浸食に耐性があり、肉の毒性部分が破壊され。

 ……肉本来の、主であるベヒーモスの力と意識ねがいが流れこんできた。


 すなわち――『助けてくれ』と。


 神子として未熟なリオンには、いや成熟していたとしても、キマイラ化した、融合してしまったモノを元に戻すことは出来ない。

 いつの日かレグルスとリーゼにも語った。パンケーキを作るために混ぜた材料を元の小麦粉と牛乳と卵に戻すことは出来ない、と。

 だからせめて……殺して(こわして)あげようと思った。

 数多のモンスターの命を奪ってきた者として、容赦なく、完膚なきまでに、ひとつまみの慈悲を籠めて。


「……塵は、破壊しないと……」


 ふと零れ落ちた言葉。

 これはベヒーモスに対してのものではない。被害者を侮辱してのことではない。

 謎の男が無理矢理に付け加えた、ベヒーモスの力を奪い、肉を食み、魂を汚染した加害者ナニカに対してのものだ。


スッと右腕を前方に伸ばす。肉に触れるか触れないかの位置だ。

そして、己の内に宿るベヒーモスの力と経験を体感・・することで、無意識に分析をし。


バチィ! と、ベヒーモスに纏わりつくナニカだけを焼いた。


 即席の、それも慣れない力の使い方なのでそれは完璧ではないし、そもそも肉は混ざりあって分けられない出来ない部分がほとんどだ。

 それでもリオンは、ほんの少しであるがまだ混ざり切っていないベヒーモス部分の肉を識別して救いあげた。

 雷撃の威力に見合わぬ穴にリオンを除く一同は呆気に取られ、周辺にぼとり、ぼとりと落ちた肉に反射的に警戒をする。先ほどまで散々襲われたからだ。

 しかし肉に動き出す気配はなく、怪訝そうに眉をひそめたところに。


「それ、ただの肉だけど、供養……焼いておいてもらえる?」

「わ、わかりました」

『……オウ』


 リオンの指示で我に返り、フリッカが火魔法で、ヘリオスが弱ブレスで消し炭にしていく。

 ベヒーモスの肉はゲーム時代には存在しなかったが、陸王の角のレアリティを考えると、リオンからすれば最高級の素材であるだろう。

 けれども、リオンは素材として確保することを望まずに、供養する(もやす)ことにした。肉キマイラの嫌悪感も引きずってはいるが、これ以上食材にしてしまう気にはなれなかったからだ。

 たとえ自己満足でしかなかろうと、偽善者のエゴであろうと、そうせずにはいられなかった。


 リオンは体内を巡る熱を持て余しながら、どこかフワフワと思考を揺らがせながら、前を見る。

 これで終わりではない。まだまだ肉の山は鎮座しているのだ。


「ウルにはわたしの邪魔をするにくをぶっ飛ばしてほしい」

「う、うむ。言われずともリオンのことを守るのである。むしろさっきは何も出来ず、すまなかった」

「気にしなくていいよ」

「……うむ」


 いつものリオンらしからぬ淡々とした口調にウルはわずかに違和感を覚えた。付け加えると、匂い――気配も微妙に変化していることを感じ取っている。

 感じ取っていてなお、本能的に『大した問題ではない』と判断し、状況も状況なので流すことにした。全てはこの状態を脱してからの話だ。


 その後はさほど苦労はしなかった。

 リオンが肉塊を崩し、ウルはリオンに向かう別方向からの攻撃を防ぎ、フリッカとヘリオスが力を失いただの肉と化した物を火葬する。ヘリオスは余裕があったので攻撃にも防御にも参加することもある。それらの繰り返しが順調に行われていった。

 肉塊の増殖、再生速度が落ちていたことも原因の一つだが、リオンの雷撃の方が速かったからだ。もはや雷撃ではない別の力であるのだが、誰一人として突っ込める者は居ない。当人すらもわかっていない。

 わかるのは……身に余る力は、身を滅ぼしかねないと言うことだけだ。


「ま、待てリオン、腕が……!」


 何度目かの雷撃の後、ウルがやっとそれ(・・)に気付いた。指摘が遅れたのは一帯に肉が焼ける匂いが充満し、鼻が利きにくかったからだろう。

 そして、リオンが平然としていたからだろう。


 リオンの右腕は度重なる負荷により、防具が裂け、衣服が焦げ、血に塗れていた。


 戸惑いの声を上げるウルに、リオン自身も今気付いたかのように腕を見やる。

 だがしかしリオンは慌てることも痛みの声を上げることもせず、腕が動くことを確認しただけでまた肉を崩す作業を再開した。


「これくらいなら大丈夫だし――」

「大丈夫だとしてもせめて傷を塞がぬか!」


 叫び、ポーションを振りかける。普段はウルが敵に突っ込んで傷を負いリオンが回復するのだが、今回は立場が逆となった。ウルは今後は気を付けようと省みると共に、いつも口酸っぱくするのだから自分のこともしっかりせよ!と文句を言いたい気分であった。

 そんな一幕がありながらも徐々に進み、残り半分を切った辺りで。


 ボゴバアアアッ!!


 最後の抵抗とでもばかりに、肉塊は一際大量に増殖をした。


「おのれ、往生際の悪い……!」


 ウルは今回こそリオンを守るのだ、と鼻息荒く前に立つ。

 迎え撃つために半身になって腰を落とし、拳に力を溜め、爆発させる寸前。


「ウル、そこ。ダンジョン核がある」

「――っ! 任せよ!!」


 冷静に事を見極めていたリオンが指し示した先に標的を変更して、力の限りに拳を振り上げた。


 ドバンッ!!!


 ウルの渾身の一撃で津波はあっけなく弾け飛び、肉の中から明らかな異物――ダンジョン核が飛び出すのをウルの目は捉えた。

 跳躍し、抜かりなくキャッチをする。


「……ふぅ、これで終わりであるか……?」

「……だと思いたいのですが……」

『まだまだ燃やす部分は残っているガナ……』


 肉塊が再稼働したのはダンジョン核のエネルギーを使用していたからだ。エネルギーの供給源を断ってしまえば当然それも終わる。

 これで一件落着だろうか、とウルだけでなくフリッカとヘリオスも安堵の溜息を吐いたのも束の間、続くリオンの言葉でギョッとさせられる羽目になる。


「……いや、まだ何か、残ってる」

「な、なぬ? 残っている、とは何がであるか……?」

「……ごめん、わからない。でも、まだ『助けてくれ』って……」

「ど、どなた?が、ですか……?」

「……ベヒーモス?」

「「『!??』」」


 バッとリオン以外の全員がベヒーモスの頭部を見る。

 目を瞑り、口を閉じ。辛うじて原形を留めていた手足も手前側は既になくなっている。到底何かを話すようには、そもそも体の大半が無い状態でまともに生きているようにすら見えない。

 だがリオンが言うのであれば間違ってはいないのだろう、とまだ山盛りの肉塊を前に口の端を引き攣らせながら、休む間もなく作業を再開することに。


 更に二割ほどの肉を片付けたところで。

 コロリと、リオンの足元を転がったそれ(・・)は。


「……は? え……? …………封神石ぃ!?」


 思いもよらぬ大きな衝撃を受けたことで、ズレていたリオンの意識がバチリと切り替わり。

 つまりは、元に戻った。

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