世界の仕組み
……ハ。
住人がモンスターの発生源? ……一体、何を言っているんだ、この男性は。
「……モンスターは破壊神の手勢と聞いているのですが?」
「まぁそうだね、それは間違っちゃあいない。でも君は、全ての化け物が破壊神の手によって生み出されていると思っているのかい?」
モンスターの発生について、わたしはそこまで深く考えたことがなかった。
一部例外はあるけれども、大体は創造神の力が弱まる夜になれば、夜でなくとも創造神の力が及びにくい地下などを始めとする日が差さない場所であれば、またはダンジョン核などのエネルギー源があったりすれば、どこからともなく沸いて出てくる。
そういう仕組みなのだと、現実になってからも特に疑ったことはない。
「僕としても、あいつに全ての罪を擦り付けるのはそれはそれで面白いからいいんだけどさぁ」
……あいつ? まさか破壊神のことだろうか。
それにしてはやけに軽いと言うか、知己であるかのように言う。創造神だって時折姿を見せるのだから、破壊神だって姿を見せることがあるのかな。
「――」
チクリと、何かがわたしの胸を刺す。けれどそれは一瞬のことで、わたしは思考を元に戻した。
この男性の言動は知己であっても親しい間柄ではなく、敵対的な間柄なのだろう。『罪を擦り付ける』とやたら嬉しそうに言うのだから、間違いない。
わたしだって創造神の神子として破壊神は敵対勢力である。のだけれども。
……この男性と敵対していると言うだけでちょっと破壊神の味方をしたくなってしまったのは、自分でもどうかと思う。存外わたしも意地が悪いようだ。
「……破壊神が全ての原因ではないとして、どうして住人がモンスターの発生源と言うことになるんです?」
「ハンバーグが食べたい時、君はどうするかな?」
は、ハンバーグ?
めちゃくちゃ話題が飛んだ気がするけど……変わらずニヤニヤとする男性にイラっとしつつ、わたしは素直に答える。
「まず……肉をミンチにして――」
「その前」
「……前? 狩りをして肉を得るところから?」
「そう、それだ。生き物を殺す。木を切り倒す。実りを奪う。資源を採り尽くす。すなわち、必ず破壊の力を行使する」
破壊の力、って……生きるために必要なことじゃないか!?
それを否定されたら、誰もが生きてはいけない! だから全員死ねと!?
反論しようとすしたわたしを封じ込めるように手をかざしながら男性は続ける。
「それでもまだ君のような神子はいい。破壊の後に創造をするからだ」
「……まるで住人たちは創造しないかのような言い方ですね。肉を得れば料理をしますし、木を得れば家を建てたりしますよ」
「まるで住人たちは誰もが真面目に創造しているかのような言い方だね。で、どうなんだい? 実際に住人たちの創造の力(笑)によってこの地は満たされてるかい?」
「それは……今はこの世界は不安定だから……」
「不安定だからこそ、一致団結して頑張るべきとは思わないのかな?」
……どれもこれも痛い部分を突いてくる。
わたしがいくらこの男性を胡散臭いと、信用に値しないと感じていても、話に耳を傾けなければいけない気になるのはこれが理由だ。
「ここで肝となるのは、何も直接的な破壊行為だけが破壊の力ではないと言うことさ。化け物が怖い怖いと恐れ、嘆き、絶望する。これも化け物たちの力を強くする原因となる」
それは……初めて聞いたかもしれない。わたしには検証しようがないことだから、今度神様たち聞いてみよう。
でも、仮にそれが事実だとしたら……逆にプラスの感情は創造の力になるんじゃないか?
そんなわたしの考えを「青いなぁ」と嘲笑い否定してくる。
「無理無理ぃ。適度に安全が保たれていたとしても、尽きない欲望と嫉妬を振りまいて自分たちの手で敵を作り上げるんだぜ? どうしたってマイナスの方がデカくなるんだよ」
「……」
アルネス村の勢力争いやアイロ村の暴走を見てきた身としては否定が出来ない。
どちらも騒動を解決して快方に向かっている(はずだ)けれども、わたしが関わらなくても最悪の事態に陥る前に自浄出来たのだ、なんて思えやしない。
「創造の力で満たす。なるほど、それは理想的であり、尊いものだろう。けれど残念ながらそれは対症療法でしかない。根本を絶たなきゃ終わらないのは、いくら君が子どもだからってわかることだろう?」
「だから……住人を殺す、と? 極端に過ぎますし……そんなこと、創造神様は喜びませんよ」
「……知ってるよ。でもあの神がやりたがらないからこそ、僕が代わりにやるのさ。でなければ、あの神は永遠に化け物どもの対処に追われることになる。それが僕には我慢がならない」
男性の顔が怒りに歪む。
……欺瞞だらけで、どれもこれも嘘っぱちにしか見えないヒトではあるのだけれども……不思議と、その怒りだけは……信じることが出来た。
けれども、それはそれ。
この男性の主張には、賛同することは出来ない。してはならない。
その理由にはきっと、わたしの中に日本人としての倫理観が残っているからと言うのもあるだろうけれど。
住人たちがモンスターを生み出すかもしれない、ただその『可能性』だけで殺すなんて、許容出来るはずもない。
犠牲者には悪人も居たかもしれないが、全員が全員悪人なはずはない。無辜の、大きな創造を生み出す可能性を秘めたヒトたちであったかもしれないんだ。
わたしはチラと横に視線を向ける。
大人しくしてくれているウルと、震えながらも気丈に立っているフリッカ。
わたしのモノ作りを手伝ってくれて、フリッカは自身でもモノ作りをして。
未熟なわたしを信じて、ついてきてくれる大切なヒトたち。
そんな彼女たちを否定するようなこと……絶対に、してたまるか。
たとえ、この世界から住人を滅ぼすのが正解だとしても、絶対にその道は選んでやらない。神様に『殺せ』と言われたところで、反抗してやる。
……まぁまず言わないだろう言葉だけども。
それに住人を殺すだなんて、破壊神のメリットになるとしか思えな――……ん?
何か、わたしの思考の片隅に引っかかるモノがあった。
創造神は創造を、破壊神は破壊を司るとして。
あの男性は言った。わたしたちは創造の前に、必ず破壊の力を行使すると。
わたしも前々から思っていた。素材を得て、モノ作りをする。
つまり……創造と破壊は表裏一体。切っても切れない関係性。
だとしたら、破壊神の目的は――
それ以上思考を深くする前に、「さて」と男性の言葉によって遮られる。
……おっといけない、そんな場合ではなかったんだ。
「と言うわけで、僕は創造神様のために動いているってことさ。だからここは退いてくれないかな? 僕は出来れば神子とは敵対したくないし、まだそいつで研究を続けたいんだ」
そいつ、と指で示した先は、わたしたちが倒した元ベヒーモスの肉塊。
……冗談じゃない。そんな極悪な研究、続けさせてたまるか……!
わたしは敵わない恐怖を内心に押し込めながらキッと男性を睨みつける。
男性は不愉快そうに顔をしかめたが、はぁと大きく溜息を吐くだけでわたしに手を上げようとはしなかった。
……直接は。
「ホント、若いねぇ。まぁいいや。どうせ君みたいなお子様神子に壊されるくらいなら大した出来じゃないってことだしね。いいさ、好きにしなよ」
――ただし、生き残れたらだけどね。
地の底から響くような、ヘドロのように絡みつくような声と共に。
男性がある物を掲げて、ポンと、肉塊へと投げる。
それは、手のひらサイズの――
「って、まさか……ダンジョン核!?」




