狂信者と行き着く先
「化け物を素材にして化け物を食う奴らを作ったのだから良いことづくめだろう? 一体何が地獄なんだ?」
ベヒーモスをベースにして、モンスターを食うキマイラを作った。
……確かに、それだけで判断するならば、何一つわたしたちにとって悪いことは……ない。
けれども、ことはそう単純ではない。
わたしはこれまで何度も戦ってきた様々なキマイラたちを脳裏に思い浮かべる。同時に、全身が嫌悪感で震えそうになる。
「……あんな、醜い、生き物としておかしいキマイラなんて……」
「ふむ。君は随分と酷いことを言ってくれるね?」
「……はい?」
わたしが酷い? 酷いことをしているのはそっちじゃないか……!
反射的に口走りそうになったけれども、ぐっと堪えて男性の次の言葉を待つ。
その回答は、ある意味衝撃的ではあった。
「僕は全然そう思わないのだけれども……君の美的感覚で『醜い』と言うだけで毛嫌いするなんて、酷いとしか言いようがないじゃないか。受け取り方によっては、可愛いと思う子は助けて醜いと思う子は切り捨てる、って意味にも取れるけど?」
男性は、わたしのすぐ近くに居るウルとフリッカに目線をくれ、意味ありげに嗤う。
違う! 醜いとは見た目の美醜……もないとは言いきれないけれども、そこが問題の焦点ではない……!
ぶよぶよの肉塊。多頭竜とは違う、形の異なる複数の頭。対にならない手足。
確かにモンスターは見た目の醜さで嫌悪感を誘う種類だって居る。スライムみたいにぶよぶよしたヤツとか、歪な骨格をしたヤツとかだって居る。
けれども、ここで作り出されたキマイラは……アレは違うだろう……!?
「貴方はアレが『正常な生き物』だとでも言うのですか!?」
「逆に聞くけど、『どれが正常か』だなんて君に決める権利はあるのかな? いくら創造神様の神子だからって、傲慢に過ぎるセリフだと思うけど?」
「多数の生き物を見境いなくグチャグチャに混ぜている時点でどう考えたっておかしいでしょう!?」
「おかしい? 化け物を殺して素材にする君が、化け物を殺さず素材にする僕をおかしいと言うのかい?」
「――」
痛いところを突かれた。
そう、神子であればモンスター相手に同情……に近い感情を抱くのは悪手だ。
そもそも神子は男性の指摘通りに今まで散々モンスターを倒して素材にしている。生きたまま素材にするのとどっちが酷いか問うても、モンスター側からすればどちらも等しく酷いことだろう。弄ばず、いっそスパっと殺してあげた方が……なんて、そんなことは関係がない。
モンスターの尊厳だのなんだの、わたしにそれを言う資格は全くもってないのだ。
結局、この点に関してはわたしの『それはおかしい』と言う個人の感情でしかないし、神子であればなおさら抱いては、知られてはいけないモノだ。それに気付いたわたしは苦々しいモノを飲み込んで別の話題に変更する。
……キマイラの『素材』は、モンスターだけではないのだ。
「……化け物を素材にして、と先ほど言いましたよね」
「はは、逃げたね。でもまぁ、僕は優しいから流されてあげよう。そうだね、言ったね。それが何か?」
「……っ……では、何故……この世界の住人たちを、キマイラの素材にしたのですか……!」
バーグベルグ村のヒトたちが偽神子に連れていかれ、キマイラとなって帰ってきた話。
……レグルスとリーゼのグロッソ村のヒトたちが火山のモンスター退治に挑み、キマイラとなって帰ってきた出来事。
後者だけなら判断することは出来なかったけれども、前者の話を含めて、この男性の創造神様への語りも含めると……彼が偽神子当人であることはほぼ間違いない。
実は無関係でした、そんな一縷の望みを抱えることも出来ず。
わたしの弾劾するような叫びに、男性は。
シラを切るでもなく、弁明するでもなく。
開き直る……と言うのだろうか、またもわたしの想像の斜め上をいく答えを返す。
「えっ。あんな奴ら、生きているだけでも創造神様の負担になるじゃないか。創造神様自身は、奴らがモノ作りをして創造の力を生み出すことで世界が良くなる……と非常に優しいことを仰っているけれど、僕は全くそうは思わない。むしろとっとと死んで素材になった方が遥かに世界に貢献出来るってもんだよ」
「……………………は?」
創造神様の……負担? 死んだ方が世界に貢献出来る?
……いや、まぁ、わたしもつい最近、カシム氏のような存在は世界の害悪で存在することすら烏滸がましいと思った……けれど、も……。
で、でも、素材にすると言ったのは脅し文句で、実際に素材にしようだなんて思ってなかった!
……思ってなかったのは、確実、だけれども……あれは単にわたしが『あんなの要らない』と、思ったからで。
――わたしは、ヒトが有用な素材になると知れば、倫理観をかなぐり捨ててヒトを素材にしてしまうかもしれない。
いつか、フリッカに吐露した最悪の未来を思い出して。
――この男性は、その先に居るわたしなのだろうか――?
眩暈がする。
足場が崩れ落ちてしまったような感覚すらする。
実際にフラリと体が傾いだところ、背中に手が添えられ支えられることで転倒は免れた。
回らない頭のままのろのろと視線を向けてみれば、手の持ち主はウルだった。
しかしウルの手もこんな場所にしては随分と冷えている。顔色も悪い。……ウルですら男性との力の差を感じるのだろうか。
それでもキッと目に力を籠めて、わたしを庇うように男性を睨みつける。
「……聞くが、その『素材』にされた者たちは、肉塊にされなければならぬ程の悪事を働いたのか?」
「あん? 黒トカゲなんぞにどうして僕が答えてやらなきゃいけないんだよ。図々しい奴だな」
ただただわたしを諭すようでいて嘲笑うだけだった男性が一転して不機嫌になる。……ほんと、神子への対応はあれでマシな方だったんだな。
ピリッと空気が張り詰める。ただでさえ重く感じていた空気が更に重くなり、呼吸がし辛くなってきた。
生存本能がこれ以上ウルにしゃべらせてはいけないと感じ取り、男性に見えない位置でウルを宥めるようにポンと叩いてから足に力を入れて自分で立ち直す。ウルは目を瞬いてから察して引いてくれた。
深呼吸をして気を落ち着かせる。
そう、わたしはまだ道を踏み外していない……はずだ。
であれば、最悪の未来に関しては棚上げをして、ウルの疑問の通り犠牲者たちが悪人だったのかどうかを知らなければ。
……本当にただの害悪であったのならば、カシム氏を断罪したわたしは文句の一つも言えなくなる。言ったところでどうなるわけでもないけれど、神子としての意地と言うか何と言うか。
改めてわたしの口から問うと、男性は口をへの字にしてから、頭を掻きながら仕方ないなぁとでも溜息を吐く。それでもきちんと答えてくれる辺り律儀だなぁと頭を過ったのだけれども……ニヤニヤとし始めたので台無しだ。もしも笑顔のつもりなのだとしたら鏡を見せてやりたいくらいだ。
「君は神子に成って何年経つのかな?」
「……五年半くらいですが」
「ハッ、思ったより、いや思った通りずっと若い、見た目のままの子どもなんだね君は。じゃあ知らないのも無理はないかな。いやぁ、創造神様もこう言うところは意地が悪いよねぇ。それとも子どもに教えるのは残酷だと思ってしまったのかな」
「……何の話ですか」
男性は大きく手を広げ、大仰に。尊大に。戯れに。
世界を冷笑するように、呪うように笑みを深め。ともすれば、口から腐臭すら吐き出されているような。
瞳の闇をより一層濁らせ……重苦しく、軽薄に答えた。
「奴らが……この世界の住人たちが、モンスターの発生源なのさ」




