マグマの海
「むぅ……少しずつ暑くなってきておるな」
ウルの言う通り、気温が上がってきている。これは気のせいなどではない。
ヘリオスの守護のおかげでまだ「ちょっと暑いな」とじんわり汗ばむレベルで済んでいるけれど、わたしの耐火アクセサリだけだったら行動に支障が出るレベルになっていたかもしれない。
「この分だと、近くでマグマが流れているかな……」
地でうごめいているのか、わずかながらも断続的に揺れている。……それだけではなく嫌な気配も混じっている感じがするが、そこはまだはっきりしない。ダンジョン核の影響でも滲み出ているのだろうか。漠然と近付いては居る感覚があるので、今回の騒動の原因と何かしら関係しているのだろうか。
……そう言えばアイロ村のダンジョンの核には結局お目に掛からなかったな、などと今更になって思い出したのはさておき。
露出しているマグマにうっかり入ってしまわないよう、戦闘中に押し込まれないように最大限に気を付けるのは当然として、頭上が崩れて垂れてくるとか、逆に足元が崩れて落ちてマグマにドボンとかも十分にあり得るので、より一層の注意が必要となる。とりあえず、咄嗟にいつもの石ブロックガードが出来るように心の準備はしておく。
更にじわじわと暑くなる通路を水分補給しながら進んでいると、折れ曲がった通路の先が明るくなっているのが見えた。フリッカが意外さに目を丸くして呟く。
「……こんな場所で明かり、ですか? まさか、他に誰かが訪れているのでしょうか?」
「……いや、違うと思う」
実はこの場所に誰か住んでいて……とか、件の偽神子のこともあって全くないとは言いきれない。
けれども、今回はおそらく。
「……マグマだね」
通路の先は水平方向に大きく開けた空間となっており……その大半がマグマで占められていた。光源が必要ないくらいに明るく照らされている。
暑さは……まだ耐えられる。ボコリボコリと音を立ててガス状の物質が湧いているが、気持ち悪くなったりもしない。ヘリオス様様である。
ついでに言えば臭いもあまりしないのだけれども……どうせならさっきの肉キマイラの臭いも遮断してほしかったものである。と言うのはさすがに贅沢か。
「っと、臭いと言えば、あの肉の匂いが薄くなっているね」
「それもそうだの。奴らはこの道を通らなかったのであろうな」
「……一歩間違えれば自身が焼肉になるからでしょうか」
多分二人の言うことが正しいのだろう。
あいつらは皮も鱗もない、身を守る物がない剥き出しの肉ゆえに、非常に火に弱い。ひょっとしたら近付くだけで脂に引火して燃えたりするんじゃないだろうか。あいつらに理性やら本能やらがあるかどうかはともかく、飛び込み焼死をしないだけの分別はあるらしい。
……いやほんと、あえて焼かれて美味しい匂いを発生させて食べさせようとしてくる、なんて事態にならなくてよかった。それとも、加減が出来ず灰になるまで燃えて意味がなくなるから近付かないのだったり?
理由が何にせよ、これならしばらくは一息つけるだろうか、などと危険なマグマの側でのんきなことを思ったのも束の間。ウルから注意が促される。
「リオン、フリッカ。気を付けよ。見えない位置にモンスターが潜んでいるようだ」
「うへぇ……了解」
「わかりました」
肉キマイラたちが居ないことで、きっとモンスターたちからすれば絶好の溜まり場なのだろう。わたしだってモンスターの立場だったらそうする。……まぁ狂わされていなければ、だけど。
と言うことは、ここのモンスターは狂わされないような特別な何かを持っているか、そもそも口のないモンスターだったりするかもしれない。単に他の場所だと肉キマイラに取り込まれ済みでここにしか残っていないだけなのかもしれないが……一番目の理由だったら厄介なことになりそうだ。気を引き締めないと。
わたしたちは警戒しながら、出来るだけマグマから離れた位置を進む。
しかし、そう上手くいかない状態へと道行きが変化する。
「如何にもな場所であるな……」
通路の左右にマグマが溜まり、中央近辺だけ、まるで橋のように一本の細い道だけが残されていたのだ。三人並んで通れなくもないくらいの幅はあるけど、ちょっと踏み外せば死ぬ環境では狭いの一言に尽きる。
これは偶然出来上がった地形なのか、それともモンスターが用意したものであるのか。後者と考えて進んだ方がいいだろう。
「んー、埋められれば安全になるんだけど……」
ゲーム時代はマグマの回避方法として土砂などで埋める、特製の容器で掬う、大量の冷水や氷をぶち込んで黒曜石へと変化させる、などの方法があった。
他には完全耐火でものともせず突っ込んだり……あとは強力な再生能力を付与すればダメージと回復でトントンになって進めるけれども……うん、無理です。想像するだけでも震えが走る。
現時点において一番手っ取り早い方法として、わたしは土砂の用意をしながらマグマの縁へと近付く。一瞬だけ、大量に抱えたままの汚染水を消費出来るのでは?と思ったけど、絶対に混ぜるな危険になりそうだと頭から追い払う。
「思ったより深い、かな?」
ザラザラと土砂を流し込むがなかなか埋まらない。少なくともメートル単位の深さがあるだろう。もしくはずっと奥まで穴が続いていて、大きなマグマ溜まりに繋がっている可能性だってある。そうだとしたらキリがない。
このままでも渡れなくもないけどどうしようかな、と流し込みながら思案をしていたら。
「リオン! 危ない!」
「ぐえっ?!」
唐突にウルに襟元を掴まれて後ろに引っ張られる。不意打ちで首が締まったことで変な声が出てしまった。
が、恨みごとなんて言えるはずもない。
何故ならつい先ほどまでわたしがしゃがみ込んでいた位置に赤いデロデロとした魚が飛び跳ねていたからだ。
しかしこいつらは似たようなビジュアルとはしていても肉キマイラとは関係がない。マグマ内に潜む、表面がマグマで覆われたマグマフィッシュだ。……うん、失念していた。
「ふんっ!」
ピギャッ
マグマフィッシュは再度飛び跳ねたところをウルの投石であっさり打ちぬかれるのだった。こいつらは触れたら危険なだけでそこまで強い方ではない。
「ふぅ……ウル、ありがとう。お手数お掛けします……」
「いや、我の方ももっと早く警告出来ずにすまぬ」
「……マグマに棲むモンスターも居るのですね」
「ごめん、ちゃんと事前に言っておくべきだったね」
ゲームにおいてプレイヤーが完全耐火であればマグマに侵入しても平気なように、同じく完全耐火のモンスターであればマグマの中に潜んだり移動したりすることが出来るのだ。
代表的なのがさっきのマグマフィッシュ、半融解した岩を甲羅代わりにしているマグマタートル、そしてラーヴァゴーレムなどだ。
「……何故ラーヴァゴーレムだけマグマの名が付いていないのでしょうか?」
「さぁ……? 溶岩みたいにドロドロと流れているような見た目だからじゃない?」
何だっけ、地下で岩石などが融解したやつがマグマで、それが表に出てきたのが溶岩だっけ?
だから、マグマ地帯からダバーっと這い出てくるように出現する半流体の岩石ゴーレムはラーヴァ……なのかな?
わたしがフリッカの質問に対し言葉の定義を改めて考えていると、横でウルが呻くように声を出す。
「それは……あのような感じにか?」
「そうそう、あんな感じに……………………アッ」
ウルが睨みつけた先には。
マグマの海がゆっくりと半球体状に盛り上がり。
まるでマグマが意志を持ったかのように柱が立ち昇って……腕となり。上半身となり。
局所的な津波のように、タプンと、溢れて、流れ出してきた。
明らかに、わたしたちの方へと迫ってくるそれは――
「ラ……ラーヴァゴーレムだぁ!?」
見た目は某「早すぎたんだ」のアレみたいな感じでお願いします。




