不調
ウルの鼻を頼りに洞窟を進んでいくこと数十分。行き止まりに到達することもなく、モンスターの襲撃は度々あれど他には特に大きな問題は起こっていない。
かに思われたが……少しずつ、自分でも気付かないうちにナニカがわたしの体を蝕んでいた。
「……何か……お腹が空いてきたなぁ……」
「む? おやつタイムであるか?」
「リオン様から言い出すのは珍しいですね」
モンスターを倒し続けているのでお腹が空くのは別に何らおかしいことではない。けれどもフリッカの言う通り、大体真っ先に空腹を訴えるのはウルであるのだが、今回はわたしが一番乗りとなった。ヘリオスの空輸……もとい空の旅で自覚してた以上に精神的に疲れてて、火神の神殿前で取った食事量が足りてなかったのかなぁ?
「……んん……?」
ふとステータスを確認してみると、SPが大して減っていない。ゲームではなく現実なのだから差異があってもおかしくはないけれど、LPもMPも大体リンクしていたからSPだけズレがある、と言うのもどうにも違和感を覚えてしまう。
そんなわたしの違和感はともかくとして、ウルがすっかりおやつ気分になってしまったので小さく笑みを零し、小休止をすることにした。フリッカはお腹が空いていないとのことで飲み物だけだ。
「うーん……?」
「どうされましたか?」
「いや……なんだろ……」
クッキーを口に入れてみたものの思った以上に喉を通らない。むしろ、お腹が空いてないのに無理矢理詰め込んでいるような、つっかえる感覚がある。
……もしかして……体調不良なのか? アクセサリとバフで状態異常は弾いてると思ってたけど、実はそうでもなかった? もしくは気付いてないだけでこれまでの旅の疲労が溜まってた? アイロ村の件なんかめちゃくちゃにメンタル削ってきたし、この前のバーグベルグ村の件でついに閾値を超えたりしたかなぁ。
「ウルとフリッカは体調どう? 疲れてたり、状態異常になってたりしない?」
「我は全然大丈夫であるな」
「私は少し疲れてはいますがそれくらいですね。こうして休めば回復するかと」
鉄壁ウルさんだけならともかく、フリッカも平気なのであれば洞窟内の環境の問題ではないのかな。もしくは魔法系の耐性とか関係あったり……ステータスに表示されないタイプだと途端にわからなくなるのがわたしのダメなところだな。
「リオン様、不調であるのなら一度帰りますか?」
「……いや、帰るほどでもないかな。それにヘリオスが別行動しているのだし、大怪我をしたとか、明らかな身の危険を感じでもしない限りは帰れないよ」
空腹感があるのに食べられないのは胃腸に問題が発生しているのかもしれない。表示SP値が正しいとすれば、お腹が空いている錯覚をしているだけの可能性もある。ストレスだとしたらやぁねぇ。この件が解決したらパーッと息抜きでもしようかなぁ。温泉でも探すか?
けれど体は今のところ普通に動く。これくらいでヘリオスを置いて帰るのはさすがに彼に悪い。ぽつんと独りで待ちぼうけている様を想像したことで背中がムズムズしてきた。通信手段があれば延期出来たかもしれないけれど……これも早いところアイテム開発をしておきたいところだ。
「リオン様」
「ん? ……何かな?」
フリッカが真剣な目でわたしを見てくるので、思わず姿勢を正す。
「色々な意味で、貴女という存在に代えはありません。ですので、体調にだけは重々お気をつけください」
「……うん」
現状、自由に動ける神子はわたしだけだ。カミルさんはアイロ村から動けず、廃棄大陸に居ると言う三人目も動けるくらいなら別の場所に移動していることだろう。まぁカミルさんは動こうと思えば動けるかもだけど、帰還石のあるわたしと事情を一緒くたにしてはダメだ。
つまり……わたしが頑張らなければアステリアの状況も良くならない。
ここでわたしが倒れたりしたら創造神の負担がまた増えてしまう。もしこの不調の原因がストレスならば、潰れる前に休むことも視野に入れないとな。必要とあらば無理も無茶もするけれど、事前に回避出来るものであればそうするに越したことはない。
それはそれとして。
「わたしからすれば、フリッカも、もちろんウルも、代えはないよ。だから、きみたちも気を付けてね」
「……はい、わかりました」
「む? ……うむ」
二人のためにもわたしがしっかりしないとな。
心の中で頬をピシャリと叩いた。
次の変化は、ウルに現れた。
「むぅ……妙な空腹感を感じるのであるな」
「ウルもかぁ……」
未だにわたしもSPが減ってないのに微妙に空腹感を抱え続けている。
ゲームの時は【飢餓】と言う状態異常があった。ただそれはSPがぐんぐん減っていく状態異常であって、今回みたいにSPが減らないのに空腹感が発生するものではなかったのでそれとは違う、気がする。ついでに言えばステータスにも表示されていない。
いや、いい加減ステータスに頼ってばかりも危ないか。念の為に全員に万能薬を使っておこう。
「……何も変わらぬであるな」
「……そうだねぇ」
万能薬は地味に難度が高い。それゆえ未だに中品質の物しか作れない。
品質の問題で効かなかったのか、状態異常とは違う原因なのか、万能薬で直らないタイプの特殊な状態異常なのか……。
「フリッカは平気なんだよね?」
「私は逆に食欲が失せているくらいですが……」
うぅん、ウルが掛かったのだからわたしの体調ではなく環境の問題かと思ったけど、であればフリッカが掛からない、逆の状態になっている理由もよくわからない。
元々の食への執着が関係していたりする? いやその場合はウルの方が先に……こほん。食べるだけじゃなく作る方も合算? いやいや、そんな意味不明な状態異常あるぅ?って感じだな。わからん……。
「……リオン」
「ん? 今度は何?」
ウルが困ったように眉尻を下げている。そんなにお腹が空いた?
……ではなかった。
「……臭いが、変化してないか……?」
「え? 臭いが?」
わたしたちはくさい臭いを辿ってここまでやって来た。
発生源に近付いたことで、鼻の良いウルが困る、鼻がねじまがるようなドギツい臭気でも漂ってきているのだろうか……?
かと思えば、想像とは異なる、それも逆の方へと変化していた。
「いや、妙に、良い匂いのような……」
「そう言われてみれば……確かに?」
鼻をスンと鳴らしてみると、終始漂っていた悪臭が緩和されており、わずかに良い匂いも混じってきている気もする。
嫌な臭いを辿って来たはずなのに、何時の間にか良い匂いになっていればウルも混乱もするか。どこかで道を間違えたかな?
……ひょっとして……美味しそうな匂いでわたしたちのお腹が刺激されてるとか……?
何だか恥ずかしくなりながらお腹をさすり、引き返そう、とわたしが口にする前に、フリッカから恐る恐る声が掛けられる。
「良い匂い……ですか?」
「そうであるの」
「だねぇ」
口々に同意するわたしとウルに、フリッカは。
「……本気で……いえ、正気で言ってますか?」
「「……はい……?」」
深刻な顔で、そう告げた。
「こんなにも酷い臭いに満ちているのに……本当に、良い匂いがするのですか?」
「「……」」
わたしはウルと顔を見合わせる。
ここまで強くフリッカが苦言を呈するからに、フリッカからすれば相当に酷い、耐えがたいものなのだろう。食欲が失せているのもそれが原因か。
しかし、わたしとウルは違う。……何故?
フリッカの懸念通り……わたしたちは、正気ではない……?
「臭い」と「臭い」でややこしい…




