ヘリオスと相対す
ヘリオスが急速接近している。
そうウルに叩き起こされてわたしは慌てて寝巻から着替える。フリッカも目を覚まして行動を始めていた。
「祭壇方面だ。我は先に行くぞ」
山の中に作られているバーグベルグ村で外部と繋がっているのは、窓を除けば出入口の迷路か祭壇テラスのどちらかになる。迷路の逃げようのない狭い空間で相対しなくて良かったと思うべきか、開けた空間で自在に動き回られる方が怖いと思うべきか。
火神の神殿からこの村まで結構な距離があるのに一晩で接近されたのはおそらく空でも飛んでいるのだろう。
そしてその行動の原因は、わたしたちの気配を追っているのか、偶然なのか……わたしのせいでバーグベルグ村が焼かれたら目も当てられない。
まだほとんどの村人たちの目も覚めやらぬ中、わたしとフリッカ二人だけの足音を響かせながら祭壇へと小走りに進む。
目に映るのは日が昇り始める少し前の薄明の空。そして空を睨むように見上げるウルの背。
まだヘリオスは来てないのか、そう声を掛けようとした直前。日の光ではない光源が発生して一瞬目が眩む。
すわブレス攻撃の前兆か? と身構えたけれどもウルに動きはない。どうやらヘリオスの纏う炎が原因だったようでホッとした。
「って、近付かれると木に引火する……!」
テラス部分はカモフラージュのために樹木が植えられているのだ。像や床は石造りだから全焼することはないけれど、熱や煙に覆われるだけで十分に辛い。
わたしがあたふたしていると、ウルが大きく声を張り上げた。
「聞こえたであろう! 我らと敵対の意志がないのであればその炎を収めよ!」
そんな要求通るのかな……と思ったけれど。
なんとヘリオスは、本当に炎を収めてくれたのだった。
……少なくとも、問答無用で敵対する気はなさそうだ。
そうしてヘリオスはテラスの端っこに着地をした。フシュルルルと口の端から漏れ聞こえてきてまた身構えかけたけど、どうやらただの呼吸音のようだ。……まぁ長距離は飛べないからね、ヘリオスとて疲れたんだろうね。
炎のない素のヘリオスは見た目のボリュームは萎んでしまったけれども、身を覆う鱗の美しさが余計に際立ったようにも見える。威厳すら感じさせる様にわたしはゴクリと息を呑んだ。
あとほんのり暖かい。真夏にはお目にかかりたくない相手だけど真冬には重宝しそうな――
『……俺を一体何だと思っているンダ』
「はっ」
おかしなことを考えかけていたところに突っ込まれて我に返る。でも何でわかったんだろ。
……って、待って、重要なのはそこじゃない。
「しゃ、しゃべれるの?」
『何か問題でもあるノカ?』
「……ないです」
むしろ好都合である。意志疎通が出来るかもとは思っていたけど、会話まで出来るとは思っていなかった。
初めて聞くヘリオスの声は、少し高い男性の声のように聞こえる。モンスターに雌雄はないはずだけど何となくオスっぽいイメージはあった。
……ゼファーもしゃべれるようにならないかなぁ、などと思いながら改めてヘリオスと会話を試みる。
「それで、わざわざここまで来た挙句に敵対の意志がないのであれば、何か用があるのかな?」
『お前は神子ダロウ? ……神子……だよナ?』
「まごうことなき神子だけど……何でそんな判断に自信がなさそうなの?」
わたしの神子オーラがそんなに乏しいのだろうか……? と嘆いたが、実態は違うものだった。オーラが乏しいのとどちらがマシなのかは不明である。
『神子の匂いはするんだが……何処かオカシイからナ』
「……ねぇウル、神子の匂いとかわかる……?」
「創造神の気配がすると言う意味であればその通りであるが……リオンは言われずともおかしいからのぅ」
「ちょっと!?」
味方に背中から撃たれた気分だよ!?
ふんぬぅ、と内心で憤慨していたら、ヘリオスに妙なモノを見る視線を向けられた。……おのれ!
「……で、神子のわたしに、何の用かな?」
よもやウルが昨夜考えていた、ヘリオスとの共闘が現実のモノとなるのだろうか。
ほんのりと期待を籠めて聞くと、逆に聞き返されることになる。
『念の為に聞くが、あの塵を作り出したのは、お前ではないのだナ?』
「あのゴミって……どのゴミ?」
『……食えやしない、よく燃える塵のことだ』
……どこかで聞いたセリフのような?
脳裏をそんなことが過るが、深く考えている場合ではない。
ヘリオスはドラゴンであると言うのに、明らかに苛立ちが混じっていることがわかる表情へと変化したからだ。躊躇していたら誤解されかねない。
「上からボトボト落ちてきた肉ゴーレムの話ならわたしじゃない」
『……その言葉、信じていいんダナ?』
まぁ、口だけでは何とでも言えるだろう。わたしがしれっと嘘を吐いている可能性はヘリオスからすればわからないのだから。
でも。
「……創造神プロメーティアの名に懸けて、神子たるリオンが宣言する。あれは、わたしが作り出したものではない」
ぐっと腹に力を籠めて。
瞳に怒りを籠めて。
「あんな、外道な代物、作ってたまるか。アレは決して創造ではない。モノ作りではない。何もかも、世界の全てを侮辱する名状しがたき、存在してはいけないナニカだ」
わたしのことを知らないヘリオスに言ったところでただの八つ当たりなのはわかっている。
でも――疑念を持たれたことすら腹立たしい。
アレはそういうレベルのものだ。
「わたしはアレを作る方ではない……壊す方だ!!」
ゴウ! とわたしの叫びと共に強風が吹いた。
それは単にタイミングが合っただけのただの風だ。決してわたしの威圧などではない。
ない、のだが……ヘリオスが、わずかに身じろぎしたようにも見えた。
『……信じヨウ。悪かったナ』
ヘリオスの謝罪と、後ろからフリッカに袖を引かれたことで頭が冷えた。深呼吸をして肺の中の熱いモノを吐き出す。
ついでに、さすがにヘリオスに気付いてバーグベルク村のヒトたちがやって来ているのか、背後でざわめきが強くなっているのも聞こえた。対応している余裕はないので後回しだ。先走って攻撃を仕掛けるヒトが出てこないように「手は出さないでください」とだけ伝えておく。
わたしが落ち着いたのを見計らって、ヘリオスが続ける。
『であれば、話は早イ。……どうか、アレの大元を……壊すのを協力してホシイ』
その声は、怒りと憎しみだけでなく……どこか、悲しみも含んでいるような、気がした。
あの肉ゴーレム、ひいてはキマイラに、仲間でもやられてしまったのだろうか。
「……壊すのは構わないけど、きみだけでやらない理由は?」
『手が足りナイ。物量に押さレル』
まぁ確かにあの数は多い。ブレス攻撃があっても溜めが必要で連射速射が出来ないのであれば後手に回りそうだ。
その点わたしであればあらかじめアイテムを作っておけばいくらでも範囲攻撃が出来る。適任ではあるか。
ふむ、と考えこむわたしであったが、ウルが待ったをかけた。
「ヘリオスよ。我らに対してそちらから攻撃をしかけておきながらお願いごととは虫が良すぎる話ではないか?」
それももっともだ。
問題解決のために行動している途中で、後ろからブレスの一つでも吐きかけられてはたまらない。ドラゴンであればそんなことをせずとも真っ向勝負を仕掛けてきそうなものであるけれど、ウルを脅威と感じているのなら話は別だろう。
わたしたちの懸念に、ヘリオスはどこかバツが悪そうに目を逸らした。……妙に人間くさい行動だなぁ。
『……普通の肉を見るのは久方振りだったノダ。奴らと間違えて悪かっタ』
……あー、まぁ、バークベルク村のヒトたちはもう十年は火神の神殿を訪れてないって話だし?
間違えても仕方がない、のかなぁ……?
ウルも胡乱な目つきをしているが、嘘と断じていないのでヘリオスの言葉は真なのだろう。
しかし……人?違いで殺されかける……辛いな。
『それに、タダとは言わナイ。協力してくれれば、今後お前たちに攻撃をしないと約束するし、解決の暁には俺の宝をヤロウ』
「宝!?」
が、ヘリオスの提示した報酬に一転してわたしの心は浮き立ち、更なる提案で決定的なものとなる。
『前払いとして俺の鱗もいくつかヤル。神子なら欲しがるモノなんだロウ?』
「任せて! ばっちり解決するから!」
わたしの安易な許諾に、いつもの如くウルは呆れを、フリッカは苦笑を浮かべていたそうな。




