調査開始
バーグベルグ村の祭壇近辺に帰還石で戻った時、驚かれはしたけれど不審を持たれてはいなかった……と思う。
約束通りモンスター大量発生の原因と、自分たちの目的だったキマイラ発生の原因の調査を兼ねていざ出発!
……ではあったのだけれども、同行者が増えた。
「んじゃま、頼むわ神子様」
「ハッハ、腕が鳴るわい!」
「よ、よろしくお願いします」
鎧を着込んだドワーフの男性が二人――一人は例のウェルグスさん、もう一人はビットさんと言うそうだ――、ローブを纏った人間の青年が一人――ユアンさんと言うそうだ――、計三人が増えた。どうでもいい話であるけど、ドワーフは顔からは全然年の頃がわからない。あ、見た目イコール年齢ではないのは不老であるわたしと長寿であるフリッカもだった。……ウルは何歳なんだろうね?
彼らはバーグベルグ村の中でも精鋭らしく、決して足手まといにはならないし、モンスターに囲まれたら人手が必要だろう、と断る間もなく半ば無理矢理付いてきた。……正直な話、ウルからすればわたしですら足手まといであるので少しばかり不安である。とは言えアイロ村のような悪意とは無関係である(はずだ)し、彼らからすれば自分たちの村の問題なので自分たちも解決に貢献したい思いもあるだろうから無碍にも出来ない。どうしてもきつくなったら帰ってもらうとしよう。
……神子に同行する精鋭たち。もちろんわたしは偽神子ではないのだけれども、符号が重なったせいか胸騒ぎがした。何事もなければよいのだけれども……。
精鋭と言うだけあって彼らは優秀だった。戦闘力はわたしよりは確実に高いだろう。
……いい加減わたしも『アイテム作りが仕事なんですぅ!』とか主張していないで、戦闘力を何とかしなければ。ウルにばかり頼って自分の身を守ることすら覚束ないようではこの先やっていけなくなってしまう。
「うぉりゃあああっ!」
「フン、効かぬわぁ!」
ウェルグスさんは大きな斧で特攻する攻撃型ファイターだった。攻撃は最大の防御とばかりにモンスターに先制して大斧を振り、盛大に叩き潰していく。多少の傷を負ったところで構うことなく前へ前へと踏み込んでいく。
一方のビットさんは盾で受け止めつつ肉厚のロングソードで反撃する防御型ファイターだった。どっしりと盾を構えてモンスターの攻撃をあえて受け、そこから力任せに押し返し、モンスターの体勢が崩れたところにロングソードを振り下ろしていく。
二人ともドワーフらしい太い腕に見合った力強さで、野太い雄叫びを上げながら、モンスターをばったばったとなぎ倒していくのだった。
「ウインドアロー!」
空を飛ぶモンスター相手にはユアンさんが活躍していた。彼は見た目はなよっとして頼りなく見えるが魔法使いだったのだ。今も一匹モンスターを打ち落としていた。
わたしは彼に思わず注目をした。種族的に魔法が得意であるフリッカの放つ魔法より威力が高いように見えたからだ。しかしそれは彼自身の能力だけではなく、彼の持つ短杖の方にも原因があるようだった。
「あぁこの杖ですか。中にミスリルを通して魔力伝導を良くしているのと、魔石を埋め込んで増幅しているんです」
「ほぅほぅ、なるほど」
ミスリルは魔力が籠められた銀のことで、ユアンさんの言う通り魔力と相性が良いのが特徴だ。ちなみに、魔力が籠められた金がオリハルコンである。
……ん? そう言えば先日の鍛冶検証中に溶鉱炉に原石と一緒に魔石を放り込むことが出来ることが判明したんだよな。上手くいけば人工ミスリル、人工オリハルコンが作成出来るのでは……? いつか試してみよう。
そして魔石にブースターみたいな効果があるのも初めて知った。プレイヤーは魔法が使えなかったし今のわたしも魔法が使えないから、その辺りの知識がどうにも足りない。いずれフリッカに色々聞いておかないとな。んー、使う魔法と魔石の属性を合わせることで相乗効果が出ているのかな? しかし短杖には魔石を取り付けられるスペースは精々二つ。ユアンさんは複数の短杖を使い分けているけれど少し不便そうな気が――
「……リオン、ぼーっとしすぎであるぞ」
「おっと」
戦闘中であったのに考え込んでしまった。幸いにしてこちらに流れ弾は飛ばず無事に終わったみたいだけれども。むぅ、ウルが守ってくれるとは言えいくらなんでも油断がすぎた。何とかしなければと思ったばかりなのに、舌の根の乾かぬ内からこれだ。反省しなければ。
しかし、道中でウェルグスさんが立ち止まり、ごつごつとした山肌に手を這わせて呟いた言葉により更にわたしの意識が逸れることになる。
「む、これは鉱床じゃな」
「えっ、掘らなきゃ」
「ハッハ、さすが神子さんわかってるじゃないか!」
こうしてドワーフ二人プラスわたしは調査そっちのけで採掘を始めてしまった。ウルは呆れたように、フリッカは苦笑して眺めている。ユアンさんが「またか……」と諦めの顔をしたことで、ウルが振り回される者同士のシンパシーを感じたらしい。
……ごめんて。でも止められないので待ってね……。
採掘をしながらも山道を進むわたしたち。
確かにモンスターの数が多く、頻繁に遭遇している。今は創造神の時間だと言うのにここまで出てくるのは相当だ。そして創造神の時間に行動が出来るだけあって一体一体が比較的強いのがまた難点の一つである。まぁ比較的、であって対処出来ないほどではないけれども。
そろそろ疲労が溜まってきたのもあり、採掘(三度目)で出来上がった穴の中で小休止として食事を取ることに。疲れたのは採掘のせいじゃないかって? いやいや、別腹ですよ。
「むしゃむしゃ……神子様、酒は――」
「出しませんよ」
「ぐ……」
「俺たちにとっちゃ酒は水みたいなもので、別に酔ったりは――」
「出しませんってば」
「ぐぐ……」
ドワーフさんたち、地神が可愛く見えるレベルの酒狂いだな……! さすがにこんな安全が担保されていない野外で提供するわけないじゃないですか!
悔しそうにするドワーフ二人は放置して、わたしは同僚の言動で肩身が狭そうにしているユアンさんに声を掛ける。
「ユアンさん、食事は口に合いますか?」
「えぇ。外とは思えないくらいに美味しい食事で助かっています」
謙虚だ。ドワーフ二人の厚かましさは種族的なものもしくは単なる個性であってバーグベルグ村に蔓延しているものではなさそうで良かった。
「ゆっくり休んでください」と言い残し、ウルとフリッカの傍に座ってわたしも食事を始める。
「もぐもぐ……ウル、フリッカ、道中で何か違和感とかなかったかな?」
「……いえ、私は特に何も感じませんでした」
フリッカからはすぐに返事が来たが、ウルからは来ない。
口をもぐもぐとさせているので食べるのに忙しい……と言うよりは考え込んでいるのだろう。視線が下の方を向いている。
ごくりと飲み込み、唇に付いていたソースを舐めとってからやっと答えが返ってきた。
「山に入ってからずっと嫌な気配が微妙にしているのだが……微妙すぎてまだよくわからんのぅ」
「……嫌な気配はしてるんだ……」
と言うことは、この地域にも敵側の手が加わっていると言うことなのだろう。キマイラの発生原因が自然現象ではない確率も高くなったかな。
今になってなお敵の親玉の影も形も見当たらないのが困ったものだ。まぁいきなりボスがどーん!と目の前に出てこられても何もかも不足していて死ぬだけになりそうなのでそこは助かっていると思うべきか。
「――っ?」
唐突に背筋にゾクリと寒気が走り、周囲をサッと見回す。
……何もない。首を傾げたウルとフリッカが目に入ったくらいだ。「リオン様?」と尋ねるフリッカに手を上げつつ、ウルに聞く。
「ウル、周囲にモンスターは?」
「……近くには居らぬよ」
「そう……気のせいだったみたいだね」
それとも、これがウルの言う『嫌な気配』だったりするのだろうか。
正体の掴めないわずかな不快感を、わたしは食事と一緒に呑み込んだ。




