本場の鍛冶
「火力足りてねぇぞ! もっと燃料突っ込め!!」
「ちゃんと腰入れてブッ叩け! そんなんじゃゴブリンすら倒せねぇぞオラァ!」
「……チッ、とんだナマクラじゃねぇか。こんなん使ったら死ぬぞ!」
鍛冶場は二重の意味で熱気に溢れていた。
入る直前に「耐火もしくは耐暑の装備かアイテムは持っていますか?」と聞かれたので、炉の熱でものすごく熱いんだろうなぁと思いながら砂漠でも使った装備を纏い、中に入ったらこれだ。
火の熱もだけど、働いているヒトたち(もちろん大半がドワーフだった)の勢いがものすごかったのだ。一部は殺気立っており、わたしが新人でこの環境に放り込まれたら泣いて逃げそうである。……一応彼らの名誉のためにも注釈しておくけれど、内容は至極まともなうえ一歩間違うと死者が出るのでパワハラとまでは言えない内容だ。
ちなみにであるが、耐暑は暑さ、耐火は火そのものに対する耐性だ。耐火は耐暑の上位互換だけれども、その分コストが高くなる。
あー、火山の方に進むなら耐火アイテム作っておかないとな。ゲーム時代は耐火でガチガチに固めていればLPの減少速度が落ちてマグマの中でも生き延びられたけど、現実で実際にマグマに突っ込んで試す気は起きないなぁ……。まぁ、もしもの時の生き延びる確率を少しでも上げるために作らないと言う選択肢はない。うーん、火神の加護がほしい。水神の加護はまだもらえてないし……帰ったら体調を聞いておこう。
鍛冶場は鉄鉱石などの原石を溶かすための炉がいくつも設置され、炭が積み上げられゴウゴウと火が燃え盛っている。材料が投入され、しばらく後に超高温に熱されて真っ赤になったモノを取り出してハンマーで力強く叩いていく。先ほど聞こえてきたのはこの音だろう。
しかし、日本刀と違い西洋剣は鍛造より鋳造が多いと聞いていたけど……あっ、ハンマーで叩くと同時に魔力が送り込まれている。そうやって強化してるのか、なるほど! わたしに鍛冶知識がないものだから、武器防具はもっぱら作成スキルに頼っててそんな方法もあるとは露知らず。でもわたしが以前動画で見た日本刀作成の時のように、折り返してたりはしてないのね。まぁ日本刀は斬る、西洋剣は叩き割る、みたいな話も聞いたことがあるのでそこまでする必要もないのかな?
なお、わたしが作成スキルで作る剣はちゃんと斬れるやつだ。イメージで出来るって便利ね。わたしだと力が足りないから叩き割るとか無理だしその方が好都合なのだ……あまり出番はないけど。
武器ではない包丁などの日用品もこの場で作られているが、さすがにこちらは鋳造していた。……調理器具にエンチャントするとどうなるのかな? 今度余裕ある時に試してみよう。
あとは錬金や金物の細工もここでやっているみたいだ。作業台――この場合はわたしが普段使用している作業台と同一ではなく、作業するための台という意味――で手元で器用に細々と手を動かしているドワーフの女性が目に入る。
わたしが興味深くあちこちを見回していると、作業が一段落したのか汗をタオルで拭きながらウェルグスさんが声を掛けてくる。
「おう、神子様方じゃねーか。どうしたんだべ」
「おはようございます。ちょっと鍛冶場の見学をさせてもらおうかと思いまして。……お邪魔でした?」
「作業してるヤツにちょっかい掛けなきゃ問題ねぇべ。でも神子様がわざわざ見学する必要があるのか?」
「いやぁ、恥ずかしながらわたしは鍛冶の知識がサッパリなので、参考になりそうだな、と」
頭を掻きながらそう言うと、ウェルグスさんは目を丸くした。はて、そんな意外だろうか?
「……神子様、武器防具を作ったことがないのか?」
「ありますよ?」
「え? それで知識がサッパリなのか?」
「……作れちゃうんですよねぇ……良くも悪くも」
わたしは実演をするために現在空いている金床の前に立つ。物珍し気に他に手が空いてるヒトも近寄ってきたが、作業中なのに気を取られて怒鳴られてしまったヒトも居た。何かごめんなさい。
わたしは鉄インゴットと柄用の木材を取り出し、手をかざす。
「作成、【アイアンナイフ】」
言葉と共にインゴットと木材は光を放ちながらウネウネと形を変え、アイアンナイフへと変化するのだった。
わたしは出来を確認してから、作成したばかりのナイフをウェルグスさんへと渡す。
「この通り、知識がなくても素材が揃っていれば作れるんです」
「……何度見ても不思議な光景だべな。しかし、作れるのなら知識が要らんのでねぇか?」
何の変哲もない、けれど不足もない、真っ当な出来であるナイフを眺めながらウェルグスさんが疑問を放つ。
その疑問は最もである。けれども……『何の変哲もない』ナイフでは、今はよくてもこの先は大いに困るのだ。この後にエンチャントを掛けて強化をすることは出来るけれども、作成の段階でも強化が出来るものなら出来るようになっておきたい。
モンスターとの戦闘が激化する前に、よりよいモノを作れるようにならなければいけないのだ。
「わたしが他の種類のアイテムで検証したところ、ただ作成スキルで済ますのではなく、手を掛ければ掛けるほど質が良くなることが判明しています」
「ほぅ?」
わたしはやかまし……もとい、あれこれ要求してくる地神のために、ワイン作りに手を加えたことを思い出す。口には出さない。酒狂いの前でお酒について話すのは自殺行為だ。
あの時は全部手作業ではなく中間物を作成すると言う手順を取ったけど、それでも作成スキルで直接作成したワインより質が高くなったのだ。あとすごくどうでもいい話だけど、地神からもっと手を掛けてくれとせっつかれているがスルーしている。その点、水神はニコニコと満足そうにジュースを飲んでいるので助かってますわぁ。
そんな神様事情はさて置き、鍛冶に関しても同じようになるはずだ。全部手作業は無理だとしても、工程を増やすだけでも意味はある。
しかし。
「ただしそれは、『正しく手を掛ければ』の話であって、適当に行っては何の効果もないどころかマイナスになることすらあります」
過去、料理で試したら変な物体が出来たのだ。じ、実験の結果であってメシマズ神子ではない……ごほん。
わたしの内心の葛藤を知る由もなく、ウェルグスさんは難しそうな顔で頷いていた。
「……まぁ、納得出来る話ではあるべな」
「なので、正しい知識が学べたら……と思うのですが、教えてもらうことは可能でしょうか?」
これが普通の世界であれば技術の流出には難を示すだろう。しかしこの世界において、神子に知識を伝えることはマイナスにはならない……はず。と期待を込めて尋ねてみた。
ウェルグスさんは即答せず、周囲のドワーフさんたちと何やら目配せをする。しかし話し合うでもなく頷きが返されるだけだった。あらかじめわたしに提案でもあったのかもしれない。
「教えるのは構わねぇ。けど代わりにやってもらいたいことがある」
「わたしに出来る範囲でならやりますよ」
不可能なことを要求されても困るから予防線を張ってみたけど、特に渋られるでもなく「それで構わねぇ」と言われた。
そのやってもらいたいこととは。
「……モンスターの大量発生の原因を突き止めてほしい。出来ることなら解決も」
それは元より、わたしたちの目的、キマイラの発生原因の調査ときっと重なることだ。頼まれずとも行うことは決定している。……そう言えば目的は言ってなかったっけ? 大河の向こうから来たとは言ったけど、その後のゴタゴタで言ってなかったかもな?
だから別の要望を……とまで言うのはやめておこう。昨日散々あれこれ――主にお酒――を作らされたのだ。むしろあれだけでも十分ではなかろうか?とは思っても言わない。お互い納得出来るに越したことはないからね。まぁ微妙にこっちが得している感じもあるので、他にモノ作りを頼まれたら出来るだけ引き受けることにしよう。
しかし……キマイラの発生についてじゃなくモンスターの大量発生について、か。このヒトたちはまだ新しい(?)キマイラに遭遇していないのかな、と疑問を抱きつつも聞くのはやめておいた。いつかは遭遇するとしても、今彼らのトラウマを無用に刺激したくない。
「わかりました。看過出来ない事態ですし、やりますよ」
「……助かるべ」
ウェルグスさんだけでなく、周囲の話を聞いていたヒトたちが皆ホッとしていた。それだけ切実な願いだったのだろう。
少し暗くなった雰囲気を吹き飛ばすように、ウェルグスさんが腕を振り上げながら大声を出す。
「んじゃ話もまとまったところで、早速作りながら教えていくべ!」
「よろしくお願いします!」
ワクワクが止まらないわたしに対し、ウルとフリッカが『仕方ないなぁ』と微笑ましく見ていたことに全く気付かなかった。むしろ存在忘れかけててめっちゃゴメン……。
え? モノ作りが関わればいつものことだって? アッハイ……。




