失敗の原因
子どもたちはとっくにおねむになり、ドワーフを除く大半が酔い潰れたり満腹になったりしたところで宴会はお開きとなった。
わたしはいつもの如く眠ってしまったウルを背負い、どことなく足取りが怪しいフリッカに腕を掴ませて、今日泊まらせてもらう部屋へ案内してもらっている。
「申し訳ありません、何もないただの空き部屋で……」
「いえいえ、唐突に押し掛けたこちらが悪いのでそれだけでも十分です」
恐縮する村人さんにお礼を告げると慌ただしく片付けに戻っていった。集会所は惨状と言ってもいいレベルで散らかってるからね……わたしたちは免除されたけど。その背を見てから創造神の像に祈っていないことを思い出したけど、場所を教えてもらうのは明日でいいか。
中に入ると言っていた通り、ベッドとサイドテーブルのみのシンプルな部屋だった。わざわざ準備しておいてくれたのだろう布団だってある。……質は悪くはないけど、マットレスだけ下に追加しておこう。スライム素材は優秀ですわぁ。
「あぁ、ここは外が見えるのか」
部屋の端がくり抜かれており外へと繋がる小窓があった。ここは山の端の方なのね。もっとよく見ていれば外から確認出来たのだろうか。
ウルをベッドで寝かせてから窓に近付き開けると、外は真っ暗になっていた。どうも地中だと感覚が狂うな。
「フリッカも眠いなら寝ていいよ?」
ずっと地中に居たので新鮮に感じる夜風を浴びながらベッドの端に座り込んでいるフリッカに言うが、ゆるゆると首を横に振って否定を示してくる。同時に何か言いたそうな顔をしていたので、わたしが頷いて先を促すと戸惑いがちに口を開く。
「一つ気になったことがあるのですが……リオン様、調子が悪いのですか?」
「……何でそう思ったのかな?」
「その……先ほどの作成の失敗で……」
内容は、予想していた通りのものだった。
子どもたちの前で作成に失敗した時、フリッカもすぐ隣に居たので当然目撃していた。……ウルは多分見ていないんじゃないかな。バームクーヘンの匂いにも反応してなかったし。
ウルの話はさて置き、目撃していたのならその後の言葉も聞いていたとは思うけれども。
「酔ってたから、とは思わない?」
「リオン様であれば酔っている程度で失敗するとは思えません」
子どもたちに向けてした適当な言い訳を、フリッカはきっぱりと否定してきた。……さすが、わたしのことならよく見てますねぇ……。
その通り、『酔っていたから』と言うのはその場しのぎの嘘だった。まぁスキルレベルがギリギリの場合は酔ってて集中力が足りないと失敗することもあるかもしれないけれども、わたしは料理ならそれなりに自信があるのでその線はないし、フリッカもわかっているのだろう。
そんなわたしが失敗するのであれば、そりゃ心配の種にもなるか。
作成の失敗。
神子であれば、心配の種どころか重要視すべき問題だ。
今までのわたしだったら間違いなく狼狽えていた。過去に実際に……瘴気で作成が出来なくてみっともなく騒いでいた記憶が呼び起されて思わず渋面になる。
「……リオン様? やっぱり体調が……?」
「あ、ごめん、これは本当に何でもないよ。体調も全然悪くないから、元気元気」
誤解を招く行為をしてしまったので反省。
とは言え、どう説明したものかなぁ。
だって……今回は何故か……そんなに悪いことでもないような気がしたのだ。
わたしは手の平をジッと見つめる。
怪我の一つもなく、動きが悪いわけでもない。ステータスだって正常だ。
それでもどこかが違うような感覚がしないでもなく……わたしはゆっくり手を開いたり閉じたりする。
今回の失敗は、スキルレベルとか集中力とか、そう言った問題ではない。
自分でも原因がよくわかってないくせに、そんな確信だけがある。
例えるなら……今まで眠っていた器官に血が通い始めたような。
前触れもなく唐突なことで体がびっくりして、力の制御を間違えてしまった、と言うような。
まぁあくまでも『そんな感じ』と曖昧な感覚がするだけで事実とは限らないのだけども。
現時点では考えたところで答えはわからないので一旦思考を打ち切ろう。先ほどからずっとフリッカがやきもきしているのだ。
安心させるように、軽く笑う。
「大丈夫。これは問題……かもしれないけど、たぶん問題ではないと思う」
「……? どういう意味でしょうか……?」
フリッカはわたしの言葉が理解出来なかったようで眉をひそめる。まぁ自分でもかなり矛盾した言葉だと思うけど、上手く言語化出来ないので許してほしい。
「今はマイナスでも、そのうちプラスになる、みたいな?」
「……そうですか。リオン様ご自身がそう判断するのでしたら……」
「うん、気長に見守っててよ」
無理やりに自分を納得させるように俯くフリッカにわたしは静かに歩み寄り……頬に手を添えて上を向かせて、額に一回、唇に一回、そっと口づけた。
「……これだけですか?」
「……や、その、外出先ですし……?」
器用にも満足と不満をミックスさせた表情になるフリッカを宥めるために、もう一回だけ、そっと、長く。
翌朝、やはり二日酔いになることはなく、寝るのがいつもより少し遅かったので寝たりない気持ちを抱きつつも起床。通路を歩いていた村人さんに挨拶をしてから祭壇の場所を教えてもらう。
向かった先は、テラスのように張り出した、しっかりと日の当たる場所だった。朝の冷えた空気が全身に染みわたって気持ちがいい。
そのままであればモンスターに見つかりやすそうなものだったが対策済だ。樹木が植えられ、巧みに枝葉で隠されていたのである。それでも偶に斜面を落ちてくるモンスターが偶然転がり込む(文字通りに)とか、空を飛ぶモンスターに発見されるとかはあるらしいけど、何もしないよりは全然マシだ。
いつもの通りお祈りをして帰還石を作成。今日は何するかな、と考えながら辺りを見回す。
余談だけれども、この村ではドワーフに限らず全体的に二日酔いになるヒトは少ないのだとか。……まぁすごく肝臓が鍛えられてそうですよね。だからこの祭壇も朝から結構な人数が出入りしている。信仰心はちゃんとあるようで何よりです。
「ん……?」
「む? どうかしたか、リオン」
ウルも二日酔いにはなっておらず――そもそも飲んでないのでなりようがない、はず――相も変わらず鋭敏な耳でわたしの呟きを聞きつけてくる。
「いや、何か音がね……」
答えながら、わたしは音源を探し求めてテラス部分の端の方へと歩いて行く。もちろん柵が設置してあるので落ちたりはしない。高所恐怖症のヒトはきついだろうけれど、わたしは高い所での作業に慣れてるから問題ない。ただフリッカがおっかなびっくりしていたのでウルに手を繋いでもらう。そこはわたしじゃないのかって? ウルだと安心感が段違いだろうから……。
柵に手を掛けゆっくりと見回すと、横の方の山肌に穴が開いており、煙が吐き出されているのが見えた。
初めは炊事の煙かと思ったけど、煙の量も色も違う。それに音が……あっ。
「……これ、鍛冶の音か」
「確かに、固いものを打ち合わせるような甲高い音が響いておるな」
カーンカーンと鳴り響く音は、ウルの言う通り槌を鉄に叩きつける音だろう。
そう言えばドワーフさんたちが武具を作っていると言う話だったし、ウェルグスさんも鍛冶師だと言ってたっけ。
「リオン様、見学に行きたいのですか?」
「えっ、どうしてわかったの」
「目がわかりやすく輝きだしましたので」
まだ何も言ってないのにフリッカに内心を言い当てられビックリしたけれど、まさかの理由だった。……ホント、よくわたしのこと見てますね……。なお、ウルに「わかった?」と尋ねたら「うむ」と返ってきたので、わたしの顔がわかりやすいだけ説ある……? ま、まぁ、そこはどうでもいいや。
わたしは「えへへ……」と笑いつつ、また案内してもらおうと適当な村人さんに声を掛けるのだった。
ステータス:酔っ払い




