破壊神の欠片
はかいしん……破壊神?
好青年っぽく見えた、あのヒトが?
ゲームにおける破壊神はものすごく大きな人型で、肌は青黒く、大きな角、爪、翼を持ち、他にも至るところにモンスターのパーツを身に着けた姿だった。いや、多分破壊神がモンスターの元祖で、モンスターが破壊神の要素を持っているのだろう。
恐怖を掻き立てる醜い姿は、男性とは似ても似つかなく――
「…………なるほど、そうだとしてもおかしくはないかも」
「……聞いた儂が言うのも何だが、何故素直に信じるのだ……? 貴様はただの阿呆か?」
「いやいやいや、わたしなりの根拠はありますよ?」
あの男性は確かに好青年に見えた。
でもそれは、外見だけならば、の話である。
わたしからすればカミルさんの方が万倍は好青年だ。好み云々がないとは言い切れないけれども……何と言うか……。
「生理的に受け付けない」
「ほ?」
そうとしか言いようがない。一目見ただけで、会話すら交わしていないのにこんな判断をするのは冷静に考えれば酷いことなのかもしれないが、思い出すだけでも背筋にゾワゾワと悪寒が這いずり回る。
あの男性が纏い、放っていた気配は、ただただ悍ましかった。
「あんなひっどいのが破壊神だとすれば、一部の知性あるモンスターが悪辣になるのも頷けるかな、と……」
「ハッ、確かに奴はヒトの皮を被った屑であるゆえな」
わたしの回答がお気に召したのか、女性は大きな牙のような歯を剥き出しにして笑う。いやあの、怖いです。
しかし……『ヒトの皮を被った屑』か。女性の評価も大概酷いけど、これに沿うならば案外わたしの抱いた印象は間違ってないと言うことなのだろうか。
「……それで、本当なんですか? あの男性が破壊神って」
「さて?」
「……」
何やらはぐらかされる。冗談だったのか本気だったのかわたしには見分けが付かない。
不満で口を尖らせるわたしに、女性はまたも耳を疑いたくなるようなこと言う。
「では仮にそれは嘘で、実は儂が破壊神でした、と言えば貴様は信じるのか?」
「――」
目を大きく見開き、改めてマジマジと女性を見る。
ヒトのようでいて、モンスターのようでいて。
見るだけで恐怖を植えつけ、ただ居るだけで死が匂い。
恐怖の象徴。破壊の権化。
「創造神の子たる貴様は、破壊神である儂を倒すか?」
そして……混じり気のない、純粋すぎる、闇。
「……わ、わたしは、貴女の正体が何であれ……敵になりたく、ありません」
「……まぁその様子であると、勝ち目がないから逃げる腑抜け、と言うわけでもなさそうだの」
「そうですね。端的に言えば情が湧きました」
「は?」
確かにこの女性は怖い。とても怖い。慣れてきた今でも震えが止まらない。
けれども、問答無用にわたしを殺したがっているわけでもない。
知性と理性があり、あまりにも純粋な目で。
要はゼファーの時と同じだ。わたしに、そう言う相手と敵対する気概はない。
わたしのそんな答えに、女性はしばしフリーズして。……しばらくの後に、大きく溜息を吐きながら頭をガリガリと掻く。
「……阿呆な貴様に一つ忠告しておいてやろう。笑顔で近寄り、笑顔で腹を刺してくる敵も居るのだぞ、と」
「……えぇ、まぁ、居るでしょうね」
カミルさんとカシム氏の間で発生したタイムリーな事件を思い出して眉根を寄せる。実に嫌な事件だった。
本当にわかっているのかのぅ、と呟かれるけれども、わかっているつもり、ではある。
「貴様は儂に怯えを抱いてはいても、警戒をしていないように見える。もし儂が突然貴様を刺そうとしたらどうする気なのだ」
「え? そんなことせずとも真正面からわたしを殺せますよね? 油断を誘うフリなんて意味あるんですか?」
「……その意味のないことをする者も居る。あの男とか」
「……そうですか」
常識では計り知れないと言うことか。見かけたら警戒心マックスでいないとな。出来れば出会いたくないものだ。
「で、結局貴女は本当に破壊神なのですか?」
「さて?」
「……」
全く同じ言葉と同じトーンではぐらかされた。うぬぅ。
まぁこれは、他人の言葉で判断するのではなく、自分の目で判断しろと言うことなのだろう。多分。きっと。
しかしそうなると……男性にも女性にも当てはまるようで……どちらにも当てはまらないようで……普通に判断材料が足りないな。全く違う第三者の可能性だって十分にある。
そもそもわたしは、何をもって破壊神と定義されているのか知らないのだ。
神様たちは纏う神気からして判断が出来るのに対して、破壊神はどうなんだろう。『神』と付くのだから、同様に神気でも纏っているのだろうか?
「それよりも貴様、その右腕はどうした。おかしな風に残滓がこびりついているぞ」
「えっ」
問われて右腕を見る。そこに傷は残っておらず、ついでに言えばステータスでも表示されておらず、完治している、はずなのだけれども。
促され、わたしはアイロ村で起こったことを話していった。何故だか特に隠す気にもならなかったのだ。
ざっくりとだけど説明を終えたら、女性は口元を手で覆い、肩を震わせていた。
あ、これ笑われるやつだ。大体読めて来た。と思考に過った途端に案の定笑われた。大笑いだ。
「クカカッ! そうか、やはり奴のこすっからい悪巧みを潰したのは貴様だったか! よくやった!」
「ありがとうございます……?」
笑われることは読めても笑われる理由までは読めない。とりあえず褒められてはいるらしい。
ともあれ、『奴』が誰を指しているのかは不明だけれども、やはりアイロ村の件は裏で誰かが何かを企んでいたようだ。潰せたこと自体は喜ばしいけれども、結果があれでやるせない気分である。
やるせないわたしとは裏腹に女性は上機嫌で。
「うむうむ、そんな貴様に褒美……ではないが、もう二つほど助言をくれてやろう」
「……? くれるものならいただきます」
この女性、自分が思っている以上に親切だって気付いてないんだろうなぁ、などと胸中に抱いた感想は表には出さない。
「その右腕……儂のせいでもあるが、貴様自身のせいでもあるし……まぁ細かいことはさて置き」
「何か聞き捨てならないんですけど」
「細かいことはさて置き」
あっはい。すみません。
「確実に、今後貴様の能力に影響が出るだろう。しかし上手く使えば別の力にもなる、はずだ」
「……はず、ですか」
「えぇい、さっきからグチグチ煩いぞ。前例がないのだ、断言出来るわけなかろう。貴様も創造神の神子であれば創造の一つもしてみせよ」
「創造ってそんな簡単に出来るものでしたっけ?!」
無茶振りがすぎる!
わたしが神子の能力を使いこなせていなくてへっぽこなのは事実だけどさぁ……。
「ともかく、どんな力であれ使い方次第では毒にも薬にもなる。精進せい」
確かに、毒草であっても適切に抽出すれば薬になるし、逆に薬草であっても薬の成分が強すぎて劇薬になることもある。頷ける話だ。
……問題は何がどう影響するのかだけど……そこまで教えてくれなさそうだな。
「もう一つ。出来るだけ早めに火山に向かえ」
「え、何処のですか?」
「知らん」
えぇー……。
「煩い。儂も火山としか知らんし、そもそも細かい地形なんぞ覚えておらん。誰か知ってそうな奴に聞け。早くせねば……時が経てば経つほど火種が大きくなり、燃え盛り、貴様みたいなひよっ子では対処出来なくなるぞ」
「……何があるんですか?」
「よく燃える塵」
「……はい??」
噴火の比喩? それとも何らかの可燃性物質があってマグマで引火して酷いことになるとか?
まぁ火山にある素材とか欲しいし、行ってみても無駄にはならないかな……?
「わかりました、そうします」
「……となればよいのであるが、貴様にはここでの出来事はほぼ記憶に残らないだろうな。ひよっ子だけに」
「ちょ、鳥頭とでも言いたいんですか!?」
ついうっかり作成しない約束を破ってしまうことはあるけれど、それ以外でそこまで物忘れしたことないんだけどな……多分……おそらく……めいびー。
しかし女性はわたしの憤慨なんぞスルーして、またも牙を見せて笑う。
「そんな貴様のために、少しばかり残りやすくなるようにしてやろう」
「あ、あの、その握った拳はなんなんですか? あの、なんで振り上げて――」
「ハハッ、貴様の魂に叩き込んでやるわ!」
xxxxx
「いっっったああああああい!??」
「リ、リオン、すまぬ……!」
目の奥に火花が散りそうな痛みが頭に走り、あまりの衝撃でわたしは飛び起きた。
同時にウルの謝罪が耳に届き、涙目で頭をさすりながら声がした方に反射的に顔を向ける。
「いやその、起きようとしたらシーツに絡まってバランスを崩して、丁度リオンの頭に我の肘が……」
「肘……?」
あたふたとしたウルの謝罪内容と、わたしに起きた出来事が繋がらずににわかに混乱に包まれる。
えーと……ここはわたしの部屋の、わたしのベッド。窓から差し込む光の様相からすると今は朝、かな。
……わたし、寝てた……?
「……こぶが出来てますね。光よ、彼の者の癒しを。ヒーリング」
反対隣に居たフリッカがわたしの頭に手を添えて回復魔法を使ってくれる。
わたしがポンポンと湯水のようにLPポーションを使うものだから(付け加えると、声を大にして言えないがわたしのLPポーションの方が回復量が多い)あまり使用しているところを見ない、地味にレアな光景だ。
じんわりと温かな熱に包まれ、これはこれで気持ちいいかもしれない。
「ありがとう、フリッカ」
「どういたしまして」
フリッカにお礼を言ってから改めてウルの方を見る。
眉は垂れさがり、不安気に揺れる大きな金の瞳と、そんなわけがないのに心なしか萎れているように見える側頭部の赤い――
「……火」
「……うぬ……?」
「リオン様?」
火が、何だっけ……?
えぇと……うぅん…………あ――
「火山……?」
「「??」」
唐突なわたしのセリフに、ウルもフリッカも、ついでにわたしも、首を傾げるのだった。
その日の午後になり、事態は動く。
グロッソ村の西にある大河から、またもモンスターが現れるようになったとレグルスとリーゼから報告されたのだ。
西の大河。それを越えた先には……火山地帯があった。
次から第五章です。




