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終末世界の開拓記  作者: なづきち
章間四

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224/515

??? その三

 何もかもを呑み込みそうな深い闇の中、その漆黒は蹲っていた。

 眠りに付く一歩手前の微睡み。意識を揺蕩わせ、無為にただ時が経つに任せている。

 他に何も存在しない世界。何の変化もない世界。何もすることがなく、出来ることがなく。


「――……」


 そんな闇に波紋が――久方振りの来訪者が訪れた。

 さて、前回雛が彷徨いこんできたのは何時だったか。先週? 数か月前? 実は何十年も前?

 無の世界に長く居過ぎたせいで、全く思い出せないくらいには時間感覚が麻痺している。たとえ外の世界に居たとしても、悠久の時を生きる彼の者からすれば結局曖昧であることに変わりはないのだが。


「やぁ、久し振りだね。――」


 朧気に姿を現わした後、場にそぐわない明るい声が闇に響く。青年のように見えるが、長命種も多い世界ゆえ年齢の指標にはならない。

 聞き惚れる者も居るであろう爽やかな声音。しかし声を掛けられた方からすればそれはどこまでも軽薄で、酷薄で、耳にするだけで感情がささくれ立ち口から火の一つでも吐きたくなってくる代物だった。

 実行したところで無意味でしかないので鼻をフンと鳴らすだけに留め、もぞりと漆黒は――黒髪、黒衣の女性は身を起こす。


「女の寝所にノックもなしに侵入するとは、相も変わらずデリカシーの無い男よの」


 心底つまらなさそうに――実際酷くつまらないと思って――皮肉の一つも飛ばすものの、青年は反省どころか口元を嘲笑の形に歪ませ、腹を抱えて笑う。


「女? 君が? けだもののくせによく言うよ!」

「……そう言うところがアレ(・・)に嫌われる原因の一つであるといい加減学習せぬのかのぅ……」

「――」


 次なる皮肉、と言うよりは思わずポロっと漏れた感想であったのだが、こちらは効いたようだ。一瞬にして青年の哄笑が止まった。

 僅かなりともダメージを与えたことに嗤うべきか、未だに諦めてない粘着質さに嘆くべきか。女性はまた一つ鼻を鳴らすだけに留めた。

 青年はその音で再起動を果たし、髪をかきあげながらまた口を笑みの形に戻す。


「いやいや、こんな話をしに来たんじゃないんだよ」

「確かに貴様と雑談をするような仲になった覚えなど無いな」

「僕も君と仲良くなるのは願い下げだねぇ。むしろとっとと滅んでほしいくらいだ」

「儂が滅んだらどうなるかわかっているだろう?」

「……むしろそれ悪役のセリフだよね」

「ハッ、正義の味方になった覚えもとんと無いな」


 テンポ良くなされる応酬は傍から見ればそれこそ『仲が良いのでは?』と言いたくもなるかもしれないが、常人がこの場に居れば中てられて気を失うほどの敵意が籠められている。

 水と油。犬猿の仲。不倶戴天の敵。

 これがこの二人の関係性だ。


「単刀直入に聞こう。この隔離空間に閉じ込められているはずの君が、何時の間に、どうやって下僕を増やしたんだ?」

「は? 下僕……? 知らんな」

「嘘を吐くなよ。僕の貴重な暇つぶしの一つを久々に観察しに行ったら、その小娘にぶち壊されたんだけど?」


 下僕と問われて本当に何のことかサッパリとわからなかったが、不愉快そうに口を曲げる青年を見て逆に口角が上がる。


「古城に引き籠っているあの女と似たような気配がしたから間違いなく君の下僕だろう? 確かあの時もちょっと放置していた隙に増えていたし、抜け穴でもあるのか?」

「カカッ。抜け穴なんぞがあるとしたら見抜けぬ貴様が間抜けなだけであろうよ」


 そこまで言われて誰のことを指しているのか、女性はやっと心当たりに思い至る。すぐにわからなかったのはただ単に記憶があやふやなせいではない。見当違いなことを言われていたからだ。

 もちろん馬鹿正直に言う理由などなく、修正もしてやらない。代わりに相手を小馬鹿にする笑みを浮かべる。

 それは狙い違わず青年の神経を逆撫でした。青年は愛嬌のある笑みを消し、怒りを通り越した無の表情になる。


「言えよ。でないと……その小娘を殺すぞ? んでもってサービスでテメェと同じあの黒髪を遺髪として届けてやろうか?」


 女性は思わずピクリと眉を上げかけたが、意志の力でギリギリ押し留める。その一手ですらこの青年に余計なヒントを与えかねなかったからだ。

 しかし殺されるのは少々困ることになる。仕方がないのでここだけは正直に答えてやることにした。


「だから、下僕など増やしておらぬ。知らぬわ」


 別の者なら増やしたが。と心の中でだけ付け足す。

 不信の塊である青年がそれで納得するわけもなく――この手の輩は予め自分の用意した答え以外はなかなか認めようとしない――静かに睨み合う。

 折れたのは青年が先だった。


「チッ……何が悲しくてテメェなんぞと見詰め合わなきゃならねぇんだ。もういい。どうせあの程度なら放置しても俺の敵じゃねぇからな」

「フン。……ところで、先ほどから口調が乱れておるぞ、色男? アレに知られてもいいのか?」

「おっと、それは困るな」


 青年が顔を一撫ですると、元の笑みを貼り付けたような顔に戻った。

 既に本性は知られているし、酷薄な本性はもとよりその二面性も嫌われている理由なのだがな、などと忠告はしてやらない。言って治るような性根なら今頃こんな事態にはなっていないし、治してやりたいと思うほど惜しい人物でもない。

 ほとんどの部分が正反対であるのに、こういう好みはアレと同じだと言うことにふと気付いて笑みを零しそうになるが、この男を好むやつなど居るはずもないかと顰め面になる。


「何だい、変な顔をして」

「フン、貴様からすれば儂の顔などどれも変であろうよ」

「――プッ。はははは! そうだね、わかってるじゃないか! 僕にとって価値があるのはあの人だけだからね!」


 一途であるのは美点かもしれないがこの性格が致命的に駄目だな、既にどん底の評価を更に下げながら笑う青年を冷ややかな目で眺める。

 しばらくの後に笑い終え、何処か上機嫌な顔で青年は女性へと告げる。


「さて、僕も暇じゃないんだ。目的は終えたので帰るとするよ」

「さっさと去ね。そして二度と来るな」

「あぁそうそう、僕は今、君に倣って強い下僕を作っている途中でね。出来たら面白いことになると思うよ」


 言いながら青年は手をかざす。手の平の上に光が集まり、ここではない何処かの光景が映し出された。

 言葉から察するに、今作っているモノのことなのであろうが……それを強制的に見せつけられたことと何よりその内容に女性は眉間に皺を刻み、思わず吐き捨てるように呟く。


「貴様、美的感覚が最悪であるな」

「ははは、他でもない君にそう言われるならきっと最高なんだろうね」


 そう返されたことに女性は口を噤む。この青年の感覚の歪み具合に辟易したからだ。

 しかし青年はそれを『図星を突かれたからだ』と捉えたらしく。最後に厭らしい笑いだけを残して去っていくのであった。


 ただ会話しただけだと言うのに酷く精神が摩耗し、女性は、大きく、大きく溜息を吐く。

 全てを忘却するかの如く眠りに就きたかったが、彼女にはもう一つだけやることが残っていた。いや、発生した、と言うべきか。

 おもむろに後ろを振り向き、声を放つ。


「……で。貴様は何時からそこに居たのだ?」



 xxxxx



「……で。貴様は何時からそこに居たのだ?」

「――っ!?」


 前方で何事か会話をしていた二人の内一人が消えたかと思えば、残った一人が唐突にわたしに声を掛けてきて驚きに肩がはねる。


 気付けば、この暗闇に居た。

 わたし以外に誰かが居るのは声が響くことからわかっていたのだが、放たれる重圧に押し潰されそうで近付くことも出来ず、下手をすると死んでしまいそうで、息を殺して潜んでいるしか出来なかった。

 目をこらして映ったのは、片方は全く知らない男性。もう片方は、見覚えがあるような気がする女性。会ったことはない……はずだけども……うぅん?

 既視感はさておき、双方明らかに険悪な空気を漂わせており、出て行かなくて正解だと悟った。巻き込まれたら絶対に酷い目に遭う。

 しかし、隠れられていると思っていたのは気のせいだったようで、こうして見つかってしまった。相手が消えたせいか先ほどまでの鬼気も霧散していたので、大丈夫……だと思いたい。


「えぇと……『変な顔をして』の辺りからですね……」

「……つまり、ほとんど聞いていないのだな」


 よ、良かった。こういうヤツのパターンって大体は『聞いてはいけない会話』だからね! 特に意味のない部分だけだったみたいで助かった!

 ……と、安堵したのも束の間。


「ところで貴様。儂の見た目はどう思うかの?」

「はい? ……綺麗だと思いますけど?」


 藪から棒に何だろう。変な顔と笑われたのを根に持っていたりするのかな……?

 でもこの人、目付きはちょっとおっかないけど非常に整っているし、地に付くほどに長い黒髪なんてめちゃくちゃサラサラだ。ぬばたまの髪とはこのことだろうか。

 しかし改めて見ると、やっぱりなんだかどこかで見たことのあるような、ないような……。

 ノータイムで答えたことが意外だったのか、女性は何度か目を瞬いてからニヤリと笑い――


「では、これならどうだ」

「――……っ!?」


 間違いなく人の形をしていたはずの腕が黒い靄に包まれ、靄が晴れたらそこには……異形の腕が、存在していた。

 いや、腕だけではない。体が、顔が、存在が、変化していく。

 同時に、一体どこに押し込めていたのか、圧倒的なまでの闇の気配が溢れだしてわたしを包み――顔面を鷲掴みにされていた。

 ギリ、と軽く力を籠められる。まるで何時でも捻り潰せるのだとでも主張しているかのようだ。


 怖い、怖い、怖い――!


 恐怖のあまり、わたしの歯がわたしの意志に反してカチカチと鳴り出した。

 体も震え、まるで血が凍らされたかのように全身が冷えていく。顔を掴まれていなければへたり込んでしまっていただろう。

 あからさまに怯え始めたわたしをつまらなさそうに一瞥して――正確にはそんな感じが伝わったような気がして――鼻を鳴らし、声だけは元のままわたしに再度問い掛ける。


「で、どう思うかの?」

「……っ」


 ヒリついてなかなか動かない喉を、気力を総動員して動かす。

 ここできちんと答えておかないと殺される……とまでは思わないけど、致命的な何かを招いてしまいそうで、そちらの方がもっと怖かったのだ。


「……き、綺麗だと、思います」

「は?」


 女性が呆けた声を出した。ハトが豆鉄砲を食らったかのような、まるでありえない回答をされたかのような。

 しかしそれはすぐに別の色へと染まっていく。


「……それは世辞ではなかろうな? あぁ、別に殺したりはしないので正直に言うがよい」

「お世辞じゃなく、本当にそう思ってますよぅ……」

「そんなガタガタ震えておきながら、か?」

「そ、それはそれ、これはこれです……」


 体が震えたままで締まらないことこの上ない。

 でも、どうにもわたしの根源――魂に恐怖を刷り込んでいるような気すらして、意志がどうあれ止められないのだ。


「いやそりゃ確かに、人間ヒューマンの美醜に当てはめると……その、化け物と言うのが正しいのかもしれませんが……」


 そう、体の大部分が黒に染まった彼女の体は最早ヒトではない。むしろ化け物(モンスター)に近い。

 しかしだから何だと言うのだ。もしも本当にモンスターだとして、だからそれはおしなべて醜いモノだとでも?

 ……そんなことは、ない。

 綺麗なモノは綺麗だ。

 わたしは、指の隙間から見える彼女の姿を目にして、心の底からそう思った。


「例えるなら、わたしにとって貴女の闇は夜のようなものです。怖くても、綺麗だと、必要だと思えるような」


 ヒトは闇を恐れ、火を使用することによって安心を得ようとした。元の世界なんてそれこそ一日中明かりが灯っている場所もある。

 けれども、暗くなければヒトは安らかに眠ることが出来ず、常に明るいままでもよくないのだ。

 そして、夜空に輝く月や星を好ましく思うヒトだって多い。あれは暗ければ暗いほど輝きを、魅力を増すものだ。

 そう、まさしくその瞳は満月を思わせるような……って、見えなくなった。


「……あれ?」


 いつの間にかわたしの頭から手は離れていて、視界が元に戻っていた。

 女性は人型に戻り、纏う恐怖は薄くなっていた。まぁそれでも十分怖すぎるのだが。ゼロじゃないのは多分、わたしが弱すぎて力の差がありすぎるからだろう。

 そして女性は頭を抱えてうえを仰いでボソボソと小さく呟いている。……何か呆れさせるようなこと言いましたかね……?


「貴様、本当にプロメーティアの子だな……まさか奴と同じ言葉を吐くとは思わなんだぞ……」

「はい?」

「……いや、何でもない。聞き流せ」


 ハァと大きく息を吐き、手を降ろして再び見えるようになった女性の顔は、特に怒るでもない普通の顔であった。

 ……まぁ問題なかったならよしとしよう。余計なことを言って藪蛇にもなりたくない。怖いものは怖いのだからあえて味わいたいわけでもないのだ。


「ところで、あの男性は……誰なんですかねぇ……?」


 意識を逸らすために別の話題を振ってみたのだが、どうやらよろしくない話題だったようだ。

 弛緩していた女性がピリと緊張感……いや、これは敵意か、それを放出され、わたしの肌が一瞬にして粟立った。


「……ご、ごめんなさい?」

「ハァ、別に良い。あの男か……そうさな……」


 怒られ、拒否されるかと思いきや答えてくれるらしい。

 ごくりと固唾を飲んで待っていると……驚愕するしかない答えが返ってくる。


「あの男が破壊神だと言えば、貴様は信じるのか?」

「えっ――」


 は、はかいしん……???

一話で収める予定だったのに…リオンが余計なことを言うから…

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