他の竜の行方
時系列は「水神とのファーストコンタクト」より前の話です。
「……ゼファー、何してるの……?」
アイロ村での騒動を終え帰宅してから二日。
腕がまだ痛くて何も出来ず――正確には何もさせてもらえず――暇で仕方がないので、ブラブラと拠点を回っていた。なお、うっかりモノ作りしようとする癖があるため一人では行動をさせてもらえず、監視役として今日はウルが同行している。
取り留めのない会話をしながらわたしたちはゼファーの小屋まで来た。アイロ村での出来事が濃厚すぎて久しぶりに会った気がするゼファーは足音に反応をし、小屋の前に寝転がったまま首を巡らせてわたしたちを視界に入れたその時。
何故か飛び上がり(比喩でなく文字通り)、記憶より少しばかり大きくなった体をゴロゴロと転がし始めた。
そして冒頭のわたしのセリフである。
いやマジで行動の理由がわからないんですよ。
再会にはしゃいでいるようにも見えず、慌てて背中を地面にこすりつけて、手足をジタバタさせながらキュウキュウ鳴いて。
本当に何がしたいのだろう……?
「おーい、ゼファー、どうしたのー? 背中を虫にでも刺されたのー?」
「キューン…………キュ?」
声を大きくして再度声を掛けると、ジタバタしてたゼファーはやっと動きを止めた。
そのモンスターらしからぬ円らな瞳でマジマジとわたしたちを見て、スンスンと匂いを嗅いで。
まさかこの数日で忘れ去られたのだろうか……? とあんまりな理由が脳裏を過ったけれども、さすがにそんなことはなかったようで。
ゼファーは「キュウ……」と溜息を吐くような仕草をして落ち着きを取り戻すのだった。
……うーん、謎だ。
「もうちょっと大人しくしててね……」
「……キュ」
暴れたせいでゼファーの全身が土まみれになってしまったので、洗ってやることにした。
と言ってもわたしはホースで水を掛けてやるだけで、デッキブラシでこすっているのはウルだ。……時折力加減をミスって何本か折っているのだけども、それでもわたしには作業させてもらえなかった。ウルは道具を壊したことで、ゼファーはデッキブラシが壊されるほどの力でこすられたことで双方涙目だ。
そこまでわたしに何もさせないよう徹底するウルを褒めるべきか、ゼファーが可哀想なので止めるべきか悩むところである。
……剥がれたゼファーの鱗をこっそり拾っていたりするけどもそれはさて置き。
「ん、大体綺麗になったかな」
水を止め、どう乾かしてやるかな、と思案していたら、ゼファーは器用にも風の魔法を自分に使用して乾かし始めた。
……そう言えばきみ、風の四竜のうちの一体であるゼピュロスだったね。わたしこそ忘れ去るところだったよ。風魔法くらいはお手のモノか。
ふと、唐突に浮かび上がった疑問をゼファーにぶつけてみる。
「ゼファー、他の四竜の行方とか知っていたりしない?」
風の『四竜』と呼称するだけあって、西の白竜ゼピュロスの他に三体のドラゴンがワールドメーカーには存在していた。
すわなち、北の黒竜ボレアース、南の赤竜ノトス、東の青竜エウロス。色のせいで紛らわしいけれども全部風属性のドラゴンだ。
風属性以外にも火属性、水属性、地属性など様々なドラゴンは存在しているけれども、四竜セットで用意されていたのは風だけだったりする。
ゼピュロスがこうしてこの世界に存在していたからには、他の三竜も何処かに居るのでは?と考えたのだけれども。
「……キューゥ……?」
「……まぁ、そうだよねぇ」
いかにも『わかりません』とでも言いたげにゼファーは首を傾げるだけであった。
ゼファーは新しく生まれた(と言っていいのかは不明である)子だしね、知らなくても無理はないか。
わたしが苦笑を零すと、今度はウルが口を挟んできた。
「ではゼファーよ。アルタイルの住処を知っていたりはしないかのぅ」
「――」
鷲竜アルタイル。雷を統べるモノ。
その名前を聞いた瞬間、わたしは思わず顔を顰めてしまった。
わたしがアステリアに来て初めての死の淵に追いやってくれた犯竜だからだ。まぁわたしは気付いたら雷に打たれていたので実際にその姿を見てないのだけども。
あの時のウルはわたしに大怪我をさせてしまったことで、ものすごく責任を感じて憔悴してしまっていた。仕留めようとしたものの逃げられているし、未だに恨みを持っているのだろう。
しかし……住処を聞いてどうするんだろう? 避けるのが目的ならいいけど、倒しに行くのは許可しないからね……? 何か変なオーラ出てて怖いんだよ……? ゼファーもちょっと怯えてるよ……?
でも幸いなことに(?)アルタイルの住処もゼファーは知らず、ガクブルしながらも首を横に振るだけだった。
「つまらぬのぅ。しかしゼファーよ、主はしゃべることが出来るようにならないのか?」
「いやウル、何無茶なこと言ってるのさ」
ドラゴンがしゃべれるわけないじゃない……と続けようとして、ハタと気付いた。
しゃべるモンスターの存在を。
人間のように声帯がないから無理じゃないかって? わたしたちは既にしゃべるモンスターに遭遇しているではないか。
空の王、ジズーに。
あれは実際にはしゃべると言うよりは、意志を伝えていると言うようなイメージであるけれども……意志疎通が出来たことに違いはない。
ゼファーにも彼(彼女?)と同じように知性がある。いつか、ゼファーがしゃべりだしたりする未来が訪れたりするのだろうか?
だとしたらその時は色々聞いてみたいなぁ。まぁ知性はともかくどこまで知識があるのかはサッパリだから、知ってることがあるとは限らないのだけども。
「ふむ? リオンはどんなことが聞きたいのだ?」
「そうだねぇ……例えば……ウロボロスドラゴンについて、とか?」
ウロボロスドラゴン。ワールドメーカーにおけるラスボスより遥かに強い、隠しボスにして最強のモンスター。
ゲームでは各地でドラゴンについての伝承を集めていくと居場所を割り出すことが出来た。そして、ドラゴン素材でそこに辿り着くまでのアイテムを作る必要があった。
「……リオンは元の世界で遭遇したことがあるのだったか。その時は何処に居たのだ?」
「異界に居たよ」
ゲームでは異界と言う別の世界が存在していたりした。
陸海空何処とも物理的に繋がっておらず、特殊なアイテム――トランスポーターを使うことでのみ移動が可能になる。
辿り着いた先は何もない宇宙っぽい空間に、島……星? 月? が一つだけポツンと浮いている世界だった。当たると即死する隕石が落ちてきたり、下手なことをすると宇宙?に放り出されてやっぱり死んだり、とにかく突然死が多い場所であった。
ちなみに、冥界も存在していた。
冥界は死後の世界とされているが、ゲームにおいては単に別世界扱いだ。プレイヤーが死亡した時に行きつく場所ではなく、こちらも同様にトランスポーターでの移動となる。
でもそこら中が燃えていたり、血の色をした海だったり、鬼系モンスターがうようよいたり、と色々と地獄テイストではあった。なお、天界はない。
異界のことを思い出した時、少しだけ体が震えた。
あそこは……何と言うか、冷たく寂しい世界なのだ。
モンスターはたくさん居るのに、世界に一人だけしか居ないような錯覚に襲われて。宇宙っぽい見た目でも空気はあるのに(もちろんゲームなので、正確には呼吸アイテムを必要としないのであって、実際に空気を吸う感覚があったわけではない)、何故だかただそこに居るだけで息苦しくて心が削られて。ミスって放り出されて闇に飲み込まれる感覚が、どうしようもなく気持ち悪くて。
必要以上に進んで足を踏み入れたくない場所だった。
「ぬぅ……そのような場所があるのか……」
「いや、アステリアに実際にあるかは知らないけどね。……ところでゼファー、さっきから何?」
わたしがウルに別世界について話している間、何やらゼファーが妙な動きをしていたのだ。
目を瞬き、首を傾げて、何故か腕を組んでいるような幻視すらして。
そして最後に、小さく首を振って目を瞑った。
「……ねぇ、ひょっとして、何か知ってる……?」
「キュウー?」
くっ、鳴き声だけじゃどっちかわからん!
改めてイエスorノーの首振りだけで答えられるよう質問を工夫してみたけど、やはりウロボロスドラゴンの居場所は知らないとのことで。
……まったくもう、さっきの意味ありげな挙動はなんだったのさ!
はぁ。ゼファーもしゃべれるようになってくれないかなぁ。
今回ゼピュロスを何回打ち間違えたことか…_(´ཀ`」 ∠)_




