つけるくすりなし
ある日の昼下がり。わたしは診察室……なんてものはないので、片付けをした食堂でイージャと向き合っている。
「体の調子はどう? 汚染状態はほぼ治ったみたいだけど、他にどこか痛いとか、怠いとかある?」
イージャの翼の大半は黒いままだけど肌の黒い跡は消えている。……発見時の症状の割りに治りが早かったのはやはりこの翼のおかげもあるのかな?
この世界、火傷や汚染などの状態異常はステータスで確認出来るのだけども、ただの怪我や疲労までは表示されないので万能ではない。一部だけでも見れるのはありがたいのだけどね。一見特に問題はなさそうに見えたとしても、後遺症が出ていないとも限らないのできちんと尋ねるのが無難だろう。
「えっと……からだは、いたくない、です」
その答えに、なら良かった、と言おうと思ったのだけれども……そうは問屋が卸さなかった。
「でも……はねが」
「うん?」
「はねが……ないのに、いたい、気が、して」
「……」
イージャの翼は片方が半ばから存在していない。
彼が空島から追放される際、『二度と戻って来れないように』と折られたものだ。
わたしには翼が存在していないのでわからないけれども、人間で例えると腕が一本もがれたようなものなのだろうか?
であれば、イージャが今感じているのはいわゆる幻肢痛なのだろう。
「……リオン、おねえさん?」
「あぁ、ごめん、ちょっと考え事してた」
黙り込んでしまったわたしに不安を抱いてしまったのか、イージャがおずおずと口を出す。いかんいかんと反省しながら、わたしはあえて笑顔を見せて安心させるようにする。
しかし……この場合はどうすればいいんだ? 痛み止め的なポーションを作ればいいのか?
ゲーム時代は幻肢痛はもちろん、部位欠損も存在していなかった。モンスターに腕を齧られたり切られたりしてもダメージを受けるだけでなくなったりはしなかった。
なので症状に対応するアイテムが存在するかどうかもわからない。ゲームに存在していなかった事象に対して弱すぎるのはわたしの欠点だよなぁ。創造神の神子なのだから、それこそ創造力を発揮してきっちり応用出来るようにならないとなぁ。
「んー……とりあえず、傷口を見せてもらっていいかな?」
「……はい、どうぞ」
了承を得たので立ち上がり、イージャの患部を間近でしげしげと見る。
先ほど例えた人間の腕とは当然違うのでグロテスクではない。しかし、羽根に埋もれていてわかりにくかったが、よく見ると骨が外に飛び出しているのが痛々しい。放置されていたのに化膿したりしていないのがせめてもの幸いか。
試しにLPポーションを振り掛けてみる。もりもりと欠損部分が生えてくることはなかった。
現代医学でも失った腕を元に戻すことは出来なかったしなぁ。折れた先がないので接合も出来ないし(あったとしても経過時間的に無理か)、移植の方法なんて知るわけもない。パーツもないしね。ついでに言えば義肢――義翼?の作り方もわからない。んー……ゴーレム技術の応用で何とか出来たりしないかなぁ……。
……いや待てよ? そう言えば水神の加護が自然回復力の強化だったはず。それプラス強化される水関係のアイテム作成で、欠損回復薬とか作れたりしないかな? 地神は植物に強いし、後で二柱に相談してみよう。
「あの……?」
「おっと。ごめん、また考え事に没頭しちゃってたよ」
「……そうですね、リオンおねえさんにはよくあることですね」
……受け入れて日の浅いイージャにすら既に把握されている、だと……? この癖治しておくべきかしら……。
誤魔化すように頭を掻きながら、わたしはアイテムボックスから目的の物を取り出す。
「ごめんね、今すぐどうこうは出来そうにないよ。色々調べてはみるけど、ひとまずは痛みを感じたらこの鎮痛剤を使ってみて。……幻肢痛に試したことないから気休めかもしれないけどさ」
「……ありがとうございます」
イージャは目を瞬かせながらも受け取ってくれた。や、その、自信持って渡せなくてごめんね?
そしてしばらく不思議そうに眺めていたかと思えば……ギュっと胸元にアイテムを握りこみ、俯きがちで小さな声を絞りだすように尋ねてくる。
「……リオンおねえさんは、なんでここまでしてくれるのですか?」
「何で、って……」
何とも答えに困る問いである。
わたしは傷付いた子どもを見捨てられるほど外道ではない、と自分では思っているし、単に『そうしたいから』くらいの理由しか思い浮かばないんだよなぁ。
そんな曖昧な回答をしたら怪訝そうにされてしまった。悲しいことに、イージャは故郷で随分酷い扱いを受けていたようなので理由のない親切に――下手をすると理由があってすら――慣れていないのだろう。
うん、彼が今まで不当に辛い思いをしてきた分、甘やかしてあげよう。そうでなくても子どもは無条件に庇護されるべきだ。
「ところで、ここでの生活はどうかな? 何か不足している物はない? ご飯にアレが食べたいとか、枕の高さを変えてほしいとか、要望はあったりするかな?」
「えっ……ごはんはおいしいですし、おふとんもフカフカですし、なにも、ダメなところは、ない、です」
「そう? 何かあったら遠慮なく言ってね。全部が全部叶えてあげられるわけではないけど、出来る限りのことはするから」
わたしの提案に、イージャは少し考えてから……逆の方面の要望を出してくるのであった。
「あの……ボクになにか、できることはありますか?」
「……? もう色々とお手伝いしてもらってるよね?」
さすがに子ども、しかも病み上がりに仕事をさせる気は全くなかったのだけれども……終始落ち着かなそうにしていたので、フィンにお願いして一緒に作業をやってもらっているのだ。なお、基本的に非力なフィンでも出来る簡単なことだったり、補助用の道具を使ってもらっていたりするので、大変な作業はない。
「……それは、そう、ですけど……ボクがもらってばかりなので……」
……うーん、どうしたものかなぁ。子どもにあんまり仕事させたくないんだけどなぁ。
わたしがやって欲しいことで、負担にならなそうなこと……あったっけなぁ……?
あぁ、あったわ。
「よし、それではイージャ。きみにしか出来ないことを頼もうかな」
「! な、なんでしょうか?」
わたしが勿体ぶると、イージャが食いついてくる。いや、確かにイージャにしか出来ないことだけど、内容自体はとても簡単なのであまり期待されても困るんだけどもね?
その内容とは――
「きみの羽根が欲しい」
「えっ――」
「毟り取るわけじゃないよ? 抜け落ちたのだけでいいからね?」
イージャが酷く狼狽えたので勘違いさせてしまったのかと慌てて説明を追加する。
勿論彼の翼を折りたいわけではなく、抜けた羽根が欲しいだけなのだ。素材として。
言うなれば抜け毛が欲しいようなもので――と付け足したのだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
ガタッ! っと背後で物音がする。
唐突に大きな音がしたことで肩を跳ねさせながら音の方向へと振り向くと。
丁度食堂に戻って来ていたらしいフィンが、驚愕に目を見開きながら壁に背中を打ち付けていた。
唇を震えさせ、ポツリと零す。
「抜け毛が欲しいって……リオンお義姉ちゃん……変態……?」
「へん……!?」
違う! 誤解だ!
抜け毛は例えであってそのものが欲しいわけじゃ……!
って……あれ?
わたしは先ほどのフィンの言葉に違和を感じ、それが何なのかを考える。
その理由にはすぐに到達し、わたしの体に震えがこみ上げてきた。逸る心を抑えながら、言葉を紡ぐ。
「フィン……ちょっと、もう一回言ってくれない……?」
「えっ……変態ってもう一回言われたいの……? やだ、ヘンタイ――」
「そこじゃないよ!?」
わかってて言ってるよね!? とすぐさま抗議の姿勢を見せる。
フィンは言い渋って口をへの字にして、目線を逸らしながら微かに、辛うじてわたしの耳に届く声量で呟く。
「……リオンお義姉ちゃん」
「――」
わたしは立ち尽くし……顔に手を当てて天を――食堂なので天井だけど――見上げる。
何? 何なの?
あのフィンが、わたしのことを『お義姉ちゃん』って……?
イージャと言い、水神と言い、唐突な姉ブームでも始まったの……!?
「……リオンお義姉ちゃん、その反応はちょっとキモ――もとい、怖いんだよ……?」
「弁明をさせてください!?」
今キモイって言おうとしたね!? さすがに傷付くんだよ!?
でもね、この感動にはちゃんとした理由があるんだよ!
「だってフィンに、わたしが家族って認めてもらえたみたいでさぁ……!」
「……っ?」
フィンと初めて会った時は、わたしは『唯一の味方であるフリッカを奪っていく人』と言うことで好印象は持たれていなかった。……まぁその、部分的には間違いではない。後にフリッカを嫁にもらったわけだし。
フリッカとフィンの二人を引き取り一緒に暮らすようになって、少しずつだけれども関係は改善されていた、と自分では思っていた。
それがわかりやすい形で見えて、つい感動してしまったと言うか……いやいや、呼び方が変わったくらいで自惚れてはいけないな。もっと頑張らないと……!
「……別に、ずっと前から、認めていたし……」
「そのためには――え? ごめん、何て言った?」
心の中で固く決意していたら聞き逃してしまったようだ。やはり考え事をすると耳に入らなくなる悪癖は治すべきだね……?
しかし何やらフィンは顔を赤くして、拳を握り締め。
「……この……ヘンタイ!!」
「なんでえっ?!?」
高確率で先ほどの言葉とは違う罵声を浴びせてきて、教えてもらえなかったのだった。
騒動があってうやむやになりかけたけど、結局のところ、イージャには抜け落ちた(決して自分で毟るべからず、と注意はしておいて)羽根を提供してもらうことになった。
そして何故か、フィンに魔石に魔力を籠めてもらう作業を追加することにもなった。本人曰く「何となく」らしいけど……うぅん?
「ワタシだってもっと仕事出来るもん……!」と言う妙な張り合いです。




