念願のお米収穫
この時点で腕は治っています。
「ほぅ……これはなかなかに壮観な光景であるな」
「えぇ。小麦に負けず劣らず見事な金色の絨毯です」
すっかり秋と言ってもよい爽やかな空気。少し前まで乾燥した暑い砂漠を移動していたのだから尚更差の大きさが感じられる、春と同じくして過ごしやすい季節だ。
春は至るところで新たな生命が芽吹いて見た目に楽しいことになるのだが、秋は秋で重要な事柄がある。
そう、食欲の秋とも言われる、収穫の季節だ。
え? 読書? 芸術? スポーツ?
残念ながらこの世界にはどれも根付いてないことですねぇ……。
そこまでの文化が育まれる下地がない状態なのだ。神様たちを解放して、世界が平和になったらあれこれ手を入れてみたいところである。わたしとしても娯楽は切実に欲しい。
え? 割としょっちゅう収穫してるって?
それはそうだけども、今日は待ちに待ったアレの収穫をするのだから、喜びも一入と言うものなのです。
すなわち……お米だ。
今わたしたち(他はウルとフリッカとフィンとイージャだ。おまけでゼファーも居る)の眼前には、フリッカの言葉通り豊かに穂が実り、黄金色に輝く稲が広がっていた。わたしたちがアイロ村でごたごたしている間に育っていたのだ。
野生の稲を持ってきた割にはザッと見た感じでは質も良さそうに見える。もしかしなくても地神の加護のおかげだろう。拝んでおこう。
これなら味も期待出来……いやいや甘い考えは禁物だ。特に日本の米なんて品種改良の繰り返しで非常に味が良くなっている。その味に慣れた身としてはあまりの違いに泣いてしまうかもしれない。そんなことにならないよう気持ち半分……四分の一くらいに考えておこう。
さて、見てるだけでは何にもならない。作業を始めるとしよう。
「と言うわけで、これが刈った稲です」
某三分クッキングのあの音楽を脳裏に流しながら、主に実作業をすることが多いフィンと、今後作業が増えるだろうイージャに向けて説明をする。
「今回は手っ取り早く欲しいからわたしがやるけど、小麦と同じように乾燥と脱穀をして、その後に籾すりと精米って言う作業があるよ」
わたしが作成スキルでそれぞれの過程を見せていく。玄米状態でも食べられるのだが今わたしが食べたいのは白米であるのでそれはまたいずれ。なので精米も済ませる。
一通りの流れを見せてから、わたしは刈ったばかりの稲の状態から作成スキルで直接白米へとどんどん変化させていった。
「いつ見てもリオンのスキルは訳がわからぬのぅ……」
まぁわたしも『こういうモノ』と知ってるだけで細かい原理を知っているわけではない。
創造神様バンザイ。
わたしが事前に刈っておいたのは今日使う分だけなので残りの稲刈りをフィンとイージャに任せ、キッチンに移動して今度はフリッカに説明をしていく。ウルは……まぁ見学だね。残念ながら未だに下手をすると道具を壊すからね……。
米を研いで釜に入れて火に掛ける。炊飯器も作っておきたいな。タイマーはともかく、炊飯機能自体は出来ると思うんだ。
あ、飯盒でキャンプ気分を味わうのも楽しそうだなぁ。しかしキャンプと言えば定番のカレーが欲しくなってくる。地神の加護で香辛料についての知識も頭に入ってるのだけれども、如何せん素材が足りず、採取しようにもこの近くにないから再現研究も出来ない。確か足りないのはアレとソレと――
「……考えながらでもきちんと手は動いてるのがリオン様ですよね」
「――おっと」
お米が炊けるまでに他の料理を用意していたのだが、フリッカから苦笑を含んだトーンの言葉が漏れ出てきた。せっかくだからお米に合わせて和風で揃えようとして献立を教えながらやるはずだったのに、手は動いていたけど口が止まってた……ごめんよう。
「それで、出来上がったのがコレ、ってわけかい」
「あらあら、リッちゃんたちは料理が上手ねぇ」
神様たちも呼んでの夕食会だ。水神はこの手のことを好むかどうかわからなかったけれども、難を示すどころか興味深そうに、面白そうに眺めていた。
食卓に並べたのは茶碗に盛った炊き立ての米。おにぎりも食べたかったのだけど肝心の海苔がなかったんだよね。
……はっ、待てよ? 海苔と言えば海産物。海産物と言えば海。海と言えば水……水神の管轄だ。確かゲーム時代の水神の加護の内容は自然回復力の強化と水、海に関する知識だった。
と言うことは……水神から加護がもらえれば海苔の作り方がわかる……? いや海苔に限らない。これまであまり海には手を出してなかったけれども、焼き魚や刺身、エビやカニなどの甲殻類や貝類だって食べたいし、寿司だって出来そうだ。それににぼしやかつおぶし、昆布出汁で各種料理に深みが出せて――
「……何やら妙な圧を感じるわぁ」
「……まぁ、早く体を治すことだな」
おっと、念が溢れ出ていたらしい。落ち着けわたし。
お米以外には味噌汁は出汁とワカメの問題でシンプルなのはやめて具だくさん豚汁を、卵焼きに川魚の塩焼きに肉じゃがに漬物だ。ウルだとちょっと物足りないメニューかもしれない。おかわりは出来るけどね。
「もし口に合わないようだったら無理して食べなくていいからね。いつものパンメニューも用意してあるから遠慮なく言って」
「リオンとフリッカの作った物ならまず美味いだろうよ」
「だと良いんだけども……」
お米はともかく味噌は好みがわかれそうだからねぇ。実際調理前はウルに眉を顰められてるし。まぁ食堂一帯に匂いが漂っているのに指摘するヒトが居ないから大丈夫、なのかな。
ともあれ、実際に食べてもらわないとわからない。冷めてしまうし食べてしまおう。
「それでは、いただきます」
「「「「「「いただきます」」」」」」
早速一口の米を、口に運ぶ。
「――」
……あっれ、想像よりずっと美味しい。
ひょっとしたら、わたしが今まで食べてきたお米よりちょっと美味しいかもしれない。スーパーに普通に売ってる米しか食べたことないから、高級品だともっと美味しいのかもしれないけれど、知らないものは比べようがない。
下手すると不味いのを想像していたけれどそれを覆す味、そして、思ってた以上に故郷の味に飢えていたらしいわたしに、そのひどく懐かしく感じる味は。
「リ、リオン、どうしたのだ……!?」
「リオン様……?」
自分でも気付かぬうちに、一筋の涙を流していた。
ぐず、と鼻をすすり涙を拭う。
「いやぁ、思っていたより美味しくてびっくりしちゃったみたい……」
「う、うむ、それは良かったな。我にとっても美味く感じるぞ」
「……そうですね。何も問題はありませんよ」
最初はお米そのものを味わってほしくてそのまま出したけれども、どうやら不満はないようでホッとした。
泣いてしまった恥ずかしさを誤魔化すようにお米をかきこむ。うん、美味しい。
でもフィンとイージャの子ども組にはオムライスや炒飯の方がいいかな? 次くらいに作ってみるかな。
「それにしてもリオン様、その細長い棒で器用に食べますね」
「箸? 慣れればこれはこれで便利だよ」
フリッカに向けてカチカチと開閉して見せる。普段はスプーンやナイフ、フォークで食事をしているのだが、今回はお米と言うことでわざわざ新たに作成したのだ。お米と言えば箸で、スプーンだとイメージに合わなくてね。オムライスはともかく、炒飯作るならレンゲも作るか? それなら皆使えるだろう。
しかし炒飯と言えば餃子や焼売、麻婆豆腐など中華料理にも手を出したくなってくるな。後は他の国の料理ならリゾットやドリアも良さそうだし、あーピザをめちゃくちゃ食べたくなってきた……! 食べたいものが一杯だ!
「……ネフティー、覚えておけ。アレがモノ作りのことを考えている顔で、あぁなったら神すら無視するようになる」
「食に貪欲なのかモノ作りに貪欲なのか……両方かしら? 美味しいご飯が食べられるのは良いことだけれども」
「……か、かみさまの声すら耳に入らないなんて、リオンおねえさんって一体……」
「これがリオンさまだから、慣れるしかないよ……」
あれこれメニューを考えながら食べていたらいつの間にか全部平らげてしまった。結構お腹も膨らんだのだけれども、わたしにはもう一つどうしても食べたい物があるのだ。
もう一杯だけご飯をよそい……生卵を取り出す。
そう……TKG!
お米の真ん中に窪みを作り、そこに寸分違うことなく卵を落とす。
醤油で円を描き……かき混ぜる! そしてかっこむ!
「くぅ~~~! これこれ!!」
米の甘さと卵のまろやかさ、醤油の塩気が織りなすハーモニー!
箸が止まらずにあっという間に食べ終えるわたしだった。うん、満足満足。
お腹をぽんぽんと叩いていると、横からそっとウルに声を掛けられる。
「……リオン、それ、我も食べてみたいのだが」
「おや?」
夢中になってたから気付かなかったけれどもどうやら注目を集めていたようだ。ちょっと恥ずかしい。
「生卵だけど大丈夫?」
「あれだけ美味そうに食べられたらのぅ……」
元の世界でも卵の生食を避ける国は多かったし、アステリアでもわたしの知る範囲では卵を生食する文化はなかった。
忌避されるかと思ったけど……まぁ食べたいと言うなら食べてもらおう。なお、神子が飼育しているせいか、生で食べても特に問題はないとわかっている。
皆に聞いてみると、ウルだけでなくフィンとイージャもお茶碗をそっと差し出してきた。他も興味がないのではなく単にお腹が一杯なだけでまた今度チャレンジしてみたいらしい。
「これも美味いのであるな!」
「うん、おいしい……っ」
「(こくこく)」
そして卵かけご飯も好評だったとさ。
ふふふ、お米の魅力にハマってくれたようだし、今後の料理に精が出そうだ……!
「あ、地神様。これ差し上げます」
「ん? ……これは、もしかして……」
「はい、お米から作ったお酒です。まだ試作段階ですが」
わたしが一升瓶サイズの瓶を取り出して食卓に置くと、説明もなかったのに地神は察した。さすが。
「珍しいな。リオンから酒を渡してくるなんて」
「お米……だけでなく色々と地神様のおかげですし、たまには感謝の気持ちを籠めてみようかと」
米だけに。
……はい、すみません。
「たまには、って……毎日感謝してくれてもいいんだよ?」
「ハハハ何を仰る地神様。毎日感謝してるじゃないですか?」
意訳すると『毎日もっと酒を寄越せ』と言うことだ。……制限はしてるけどほぼ毎日差し出してるんだから、これ以上はあげませんよ。
わたしたちが笑顔でにらみ合いをしていると、周囲が畏れ慄く中で普通にしていた水神がポツリと呟きを零す。
「……仲が良いわねぇ……」
……まぁ、悪いってことはないですね。多分。
なお、この世界(と言うか神子)に季節とかあまり関係ないので、真冬に田植えしても育ちますし、収穫まで半年もかかりません。




