神子の責任
葬儀の後にカミルさんに時間を取ってもらった。忙しいところ申し訳ないとは思うのだけれども、こちらとしても早く拠点に帰って水神の様子を確認しておきたいのだ。往復すれば済む話だけど、先に情報共有はしておきたい。
以前と同じ小さ目の客間でカミルさんとわたしの二人だけで向き合う。今回は護衛に関する一悶着はなかった。……その人が死んだと言うのもある。
疲れているのだろう、カミルさんは目元をほぐしながらお茶を飲む。……休んでほしいし、ササっと済ませよう。
手始めに、一番早く済みそうな話題から。
「この辺りで雨ってよく降るんですか?」
「ん? いや、あんまり降らないよ。今日みたいな雨量はそれこそ年に数回だね」
「雷も?」
「ないわけじゃないけどもっと少なくなるかな。……はは、運が悪い日だったね」
砂漠でもフルグライトが稀に採取出来るのだから全く雷が落ちないことはないのだけど、やはり相当に確率は低いか。なお、フルグライトが落雷により作成されたとしてもすぐに砂で埋もれてしまうので、狙って見付けるのは至難の業だ。
そしてわたしが気になるのは雷そのものではなく、雷雲の隙間から見えた黒い影。
あれはもしかすると……天空城かもしれない。
天空城。プレイヤー間の通称は某アニメの名前。
空島と同じくランダムで世界各地の空を浮遊している島で、空島との違いはその名の通り島に城――超難関ダンジョン――が建っている点と、発見と侵入をより困難にさせるために常に周囲に雷雲が渦巻いている点が挙げられる。
元々雷が少ないこの地に、この瞬間に、天空城がすぐ頭上を通過したのは何か意味があるのだろうか……?
……いや、はっきりと見たわけでもないし、ただの見間違えの可能性もある。考えてもどうしようもないし今は置いておこう。カミルさんもただの雑談とでも思ったのか、特に突っ込んでくることはなかった。
「先日ある程度述べましたが……隠し扉の奥にあった牢より更に奥の話です」
「……あぁ」
カミルさんは苦しそうに顔を歪めるけれど、我慢して聞いてほしい。緊急ではなくなったとは言え、早め早めに対処しなければならないことがあるのだから。
神殿のような建物が建っていたこと。そこで凄惨な儀式――カシム氏によるとモノ作りのための研究らしいが、わたしはあれが研究だなんて絶対に認めない――が行われていたこと。その影響で地下水の汚染が甚だしく、浄化をしなければいけないことを説明した。
「汚染か……それはどれくらいのレベルなんだい?」
「実際に見てもらった方が早いですね」
わたしはアイテムボックスに収納したままの特大木樽を一つ取り出し、そっとフタを開けた。
途端、閉じ込められていた臭気やら瘴気やらが溢れ出し、狭い室内が大変なことになったので慌てて閉じてアイテムボックスに仕舞う。うぅ……失敗した。
「げほっ、げほっ……これは確かに酷過ぎる……」
「ちなみに、この樽で千個以上回収しましたけど、まだ半分以上残ってます」
ホーリーミストで室内を清めながら告げた内容に、カミルさんは盛大に口元を引き攣らせた。
樽の分はわたしが担当するのだし、残りはそちらでお願いしますね……これ以上はちょっと……。
「次に、これが一番聞いておきたいのですが、モンスターの卵の出所ですね」
「……そう、だな。それは僕も大いに気になるところだ」
「幸いにして生き残りが居るようですし、彼らから可能な限り情報を得てください」
「あぁ、リオンのおかげで卵が孵化せずに生き残った者が居たな。……ありがとう」
カミルさんは笑顔で、それでいて泣きそうな顔で、震える声でわたしにお礼を述べた。
……村人が一人でも多く生き残ったのは良いけれど、肉親であるカシム氏は死んでしまったのだし、そもそも卵を産み付けられたであろう切っ掛けを作った人物であると思われるので、複雑この上ないのだろうね。
わたしからあれこれ言えるほどの人生経験は積んでいないので、上手く折り合いを付けてほしいと祈るしかない。
「ひとまずはこれくらいですかねぇ」
「え? ……これだけ、なのか?」
「え? 他に何かあります?」
「いや……その、リオンは……僕を糾弾するのかと、思っていたから……」
目を丸くするカミルさんの言葉に、わたしも同じように目を丸くした。
糾弾って……何で?
「……モンスターの卵を見抜けなかったこととか」
「モンスターの卵って孵化前の発見って目視以外は難しいですよね? あんなところに隠れてるなんてわたしも想像出来ませんよ?」
たとえ村を聖域化していようと、大きな村全体を覆うようなレベルでは全体的に(狭い範囲で聖域化を行う時と比較して)効果が薄くなってしまう。
それに加えて、孵化前の卵は非活性状態と言うか、モンスターとしての気配が薄いのだ。結構強い聖域でもなければ炙り出しは出来ないだろう。わたしの祝福はただの偶然の賜物であって、狙ってやったわけじゃないし存在すら知覚していなかった。すぐ側に産み付けられていた人が居たのだし、見抜けなかったと言う意味ではわたしも同罪だ。
あと、これは口に出しては言わないけど……痛ましいとは思うけれども、彼らが死んだのは自業自得だとも思っている。彼らのために神経を擦り減らす必要はない……のだとしてもカミルさんには無理だろうね。真面目だし。
「……そうか。でも……カシムの悪事は、言い訳が出来ないだろう?」
「まぁ……全く責任がない、とまではいかないのではないでしょうか」
創造神や水神の沙汰次第のところはあるけど、わたしから断罪する気はないので曖昧に濁す。
まだ実際に会話をしたことがないので水神がどう出るかは読めない。でも創造神は許してくれるのじゃなかろうか。そして創造神が許せば水神もそこまで強く言わない気がする。精々が強制労働くらいかな?
曖昧な答えをどう捉えたのか、カミルさんは俯き、目を瞑り。……数秒の後に再度、開けると。
「僕は……一連の後始末が終わったら、責任を取って神子の力を創造神様にお返ししようと思っている」
「…………はい?」
放たれた言葉の意味が一瞬理解出来ず、わたしは間の抜けた声を出した。
「僕は、神子失格だ」
痛苦と、後悔と、絶望と。色々な感情がない交ぜになって零れる。
わたしはしばしの間フリーズしていたが、その言葉が徐々に染み込んできて……代わりに、徐々に、あるものが浮かんでくる。
それを抑えながら、わたしは問いかけた。
「力を返してどうするのですか? 死んだ命は戻って来ませんし、残されたアイロ村の人たちはどうするんですか?」
「……それ、は……リオンが居るだろう?」
「はぁ? 無理に決まってるじゃないですか」
『馬鹿ですか?』と飛び出かけたけれども寸でのところで飲み込む。呆れが混じっていたので隠しきれていないかもしれない。
わたしは旅を続けなければいけないのでアイロ村に留まることは出来ない。こんな大勢の面倒を見ることなんて出来ない。わたしの能力的にも気質的にも大勢の指揮を執ることは出来ない。
「アイロ村で信頼を積み重ねてきたのは誰ですか? わたしじゃありません。そんな中で、わたしが代わりにやって上手く行くと思います?
それに……貴方は、本当に、世界がこんな状態で、力を返して、アイロ村の村人だけじゃなく……創造神様すら見捨てるのですか?」
「……っ!」
責任を取ると言えば聞こえはいいかもしれないが……実際には誰の得にもならないただの逃避だ。尻ぬぐいをこちらに押し付けないでほしい、とすら思う。
そもそも、小さい子どもならともかく、成人男性の勝手な行動の責任を取れと言うのは厳しすぎる。仮に勝手な行動がモンスターの思考誘導のせいで神子なら見極めるべきだったのだとしても、モンスター本人が目の前に姿を現わしでもしない限り暴くことは困難だろう。神子だからと言って何でも出来るわけでもない。
善人すぎて、本人の責任でもない罪を抱え込み、押し潰されそうになっているのだ。
監督責任的な意味でなら責任が全くないとも言えず、トップならば責任を取るために居るのかもしれないが……ここは現代日本ではないし、カミルさんの場合はクビを切って終わりと言うわけには行かない。神子が減っては創造神にとって大打撃だし、代わりの神子をすぐに増やせるならとっくに増やしているからだ。
むしろ神子を減らすことは今回の件を企てたやつを喜ばせることにしかならないし、こちら側には超デメリットしかない。それもあってカミルさんにはこのまま神子として責務を全うして汚名をすすいでもらいたい。
わたしは、ギリ、と奥歯を噛み締める。浮かんできたもの……怒りをそのまま放出しないように出来るだけ消化をしてから。背筋を伸ばし、真っ向からカミルさんを見据えて。
「逃げるな」
「……っ」
……おっと、消化しきれてなかったらしい。まぁ仕方ないよね。
何十年と神子を続けてきた大先輩が、神子歴数年のわたしに責務を押し付けようとしているのはまだしも、創造神の苦悩を考えると多少はね?
「……本当に自分に罪があると思うのなら、尚更に力を返すのではなく、皆のために、世界のために、働いてください。死んでしまった人以上に、多くの人を救ってください。溢れた穢れ以上に、創造の力を満ちさせてください」
「……」
「元より、アイロ村の人たちは皆、貴方に救われているはずです。その思いをきちんと受け取ってください。貴方の行動は罪過を生み出しただけではありません。あるはずがありません。それより遥かに多くの功績を生み出していることを、自覚してください」
あまり偉そうなことを言える立場ではないけれども、これまでのマイナスだけでなく、これまでのプラスもきちんと見詰めてほしい。過去の反省と後悔を元に、未来をより良くしてほしい。
わたしの断罪にカミルさんはゆっくりと項垂れ、顔を手で覆った。
「……これ以上わたしから言うことはありません。まだ何かあるなら一人で突っ走るのではなく、創造神様と相談してくださいね」
カミルさんは返す言葉もなく小さく頷いた。
多分だけど、神子を辞めることはなくなった、と思う。思いたい。
……はぁ、疲れた。帰ろう……。




