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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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異変の欠片

 わたしが纏う空気が変わったことに気付いたのかカシム氏は一瞬怯んだが、すぐさま反論をしてきた。


「馬鹿なことを……必要に決まっておるだろうが! 語るに落ちるとはこのことだ!! 無実である儂に罪を着せる魂胆だろうがそうは行かぬぞ!!」


 ハ、やっと声を荒げたな? 本性を覗かせたな?

 いいよ、そのまま分厚いツラの皮を剥がしてやるよ……!


「だってさぁ、わたしが何を言っても聞き入れない、わたしじゃない誰かが言っても聞き入れない。『儂が証拠として認めなければ証拠にならないもーん!』って駄々をこねる子どもみたいなアホくさいこと続けられたら、どれだけ証拠を出しても無駄じゃないですかー?」

「だ、駄々をこねる子どもだと……!? 貴様が誰にとっても明らかな証拠を提示しないからだろうが!」

「その割にはアナタも『誰にとっても明らかな証拠』を提示せずに妄想だけでわたしが悪いって語ってますよねー。『オマエはダメだけどオレは良い』って子ども以外の何者でもありませんよー? わかりませんかー?」


 あえてバカっぽく、相手をイラつかせることを目的としたおちょくる口調に変えて会話をする。

 村長だの何だの持ち上げられたことしかなく、バカにされたことがなく、煽り耐性がないのであろうカシム氏は簡単に乗せられてくれた。下へ下へと突っ走る。


「アイロ村の村長である儂の言葉の信用度を、貴様みたいな小娘の妄言と一緒に出来るわけがないだろう!!」

「……この世界の神――創造神の直属である神子が、たかが村長よりも下と言うのか? 神子を舐めるのも大概にしろ」


 槍を一回転させ、もう一度石突を石畳へと叩きつけた。カーン、とやけに音が響いた気がする。

 回転に合わせて燐光が尾を引き、厚くなっていく雲により暗さを増した地上でその光はやけに目立って見えた。と後にフリッカから聞いた。

 激高するカシム氏とは逆に、冷静に、自分で思ったより遥かに低い声が出た。隣でウルがビクりとした気配が……おっと、余計なモノが漏れたようだ。深呼吸しよう。

 わたしのような小娘に気圧されたのが相当悔しかったのか、カシム氏は顔を真っ赤にしている。もちろん恥ずかしさではなく怒りで、だが。

 それでも頭を必死に回転させたのか、わたしの不手際……と向こうが思い込んでいる部分を突いてくる。


「……あくまでも貴様が神子であると主張するならば、なおのこと冤罪などと言う非道な行いをするべきではないわ! 神子は地に住まう民を助ける者だろう! それが出来ぬ時点で貴様は神子ではない!!」


 『冤罪』とか『非道』とか、ものすごく『おま言う』発言ですね? 『恥知らず』とラベリングされた棚が無数にあるのかな?

 まぁ助ける云々に関しては、嫌いなヒトは助けたくないと思っているのでその点では不適格と言う評価は正しいと思う。

 でも……これは嫌い以前の問題なのだ。


「やー……わたしもさぁ、正直な話、事件が『これだけ』だったら別にここまでムキにならなかったんだよねぇ」

「何を……?」


 あからさまに大きな溜息を吐き、やれやれと手を上げるわたしにカシム氏は怒りの中に怪訝さを滲ませる。

 そう、この一連の事件、『ただ単に住人が被害に遭っている』だけであれば、告発はしただろうけど、ここまで頑なに認めない挙句にこちらにありもしない罪を擦り付けて来るようなマネをされた時点で『つける薬なし』と放置しただろう。そして二度とアイロ村には関わらないと決心して、それで終了だ。

 けれども、こいつは。


「オマエは……あの地で水神様を穢し、苦しみを与えた! たとえオマエがお偉い村長サマだろうと、ましてや神子だろうと! そのようなモンスターも同然の行為を、神子たるわたしが見逃すわけがないだろう!!」


 わたしの全身から火を吹いたのではないかと錯覚するほどの煮えたぎる怒りが体中を駆け巡る。

 大音声に乗せて烈火の如く発せられる怒気と内容に、カシム氏だけでなくカミルさんも大きく動揺を露わにした。


「なっ……水神様……!? 穢した……って一体どう言うことだ!?」

「す、水神、だと……? 知らん! 儂はそんなもの知らんぞ!!」


「……ねぇウル、あの反応どう思う?」

「……あ? あ、あぁ、どちらも本音で嘘は吐いていないように見えるな。あえて言うまでもないであろうが、それより前のカシムとやらの言の葉には嘘、悪意、嘲笑などなどが満載であったがな」


 カシム氏はさておき、万が一にありえたカミルさんが共犯と言う線はもうないと判断していいだろう。これが野生の勘が鋭いウルを騙すほどの演技だとしたら大したものだ。

 そもそも創造神がどれだけおっとりであろうと神は神だ。顔を合わせておきながら神子の悪事を見抜けないほどのマヌケな神ではないので、そこまで心配はしていなかったのだけれどもね。

 ともあれ、結局カシム氏は水神の封印を知らず偶然であったと判明しても神を穢したと言う事実に変わりはない。そもそも血と死を積み上げ濃密な瘴気を発生させたのが元凶なのだ。情状酌量の余地はナシ。

 神子わたしの敵が一つに定まったところで畳みかけよう。申し訳ないけど詳しい説明を求めようとするカミルさんの対応は後回しだ。


「先ほど『神子は地に住まう民を助ける者』と言ったな? なるほどそれは正しい。……けれども例外だって当然ある」


 他者の命をみだりに奪うような悪人なら助けなくていい? まぁそれも正しい。

 でも神子からすると、実際にはそこが問題でもない。わたし個人の倫理観はともかくとして。



「何故地を穢しておきながらのうのうと生きていられると思うんだ? 一個人より世界を優先するのは当たり前だろう? それともまさかオマエ……世界よりも自分の命の方が重いとでも思ったか?」



 少し間違えたくらいならわたしだってここまで怒らない。ものすごく間違えたとしても真摯に反省し償うのであれば何だかんだで怒りを呑み込んだかもしれない。

 でも、重度かつ反省の色なしで手加減しろと言うのは――不可能である。


 気付けば、雨がパラパラと降ってきていた。しかし体が濡れたところでこの熱は収まらない。

 それどころか……より熱くなるばかりで。


「世界に穢れを齎す度し難い愚か者を生かしておいたところで、百害あって一利なしだ」


 バヂィッ! と、僅かに溢れた。


 熱い。熱い。熱い。

 何なのだこれは。

 しっかりと理性を保っているのは錯覚で、わたしの頭は怒りで茹だってしまっているのだろうか。

 この体に流れるのは血ではなく、煮えたぎった油なのだろうか。


 そんなことを頭の片隅で考えていると、フリッカが小声でわたしを呼ぶ。


「……リオン様」

「……何? もしかしてわたしを止めようとしている?」

「いいえ、違います。……その、手が……」

「?」


 躊躇いがちに言われ、フリッカの視線を追って自分の手を見てみると。

 指先から肘に掛けて線状の傷がいくつも走っており、皮膚が裂けて血が滲んでいた。

 ……なんじゃこりゃ。って言うか何時の間に……?


「見間違いでなければ……雷が発生していました」

「えっ」


 雷? え? 何で?

 あああぁ! フリッカからもらった腕輪にヒビが入ってるぅ!? 割れてないってことは耐久も付与された効果も死んでないだろうけど……いやそうじゃなくて……。


 こちらはこちらでひっそりバタバタしている間、遠回しな殺害宣言がされたことにカシム氏より先にカミルさんが顔色を変えた。

 慌てて割り込んでくるので、何とか平静を取り繕いつつ答える。


「ま、待ってくれリオン……!」

「待つとは何をでしょうか? 貴方の弟の命は世界より重いと主張したいのですか?」

「……っ……そう、ではない、が……ほ、本当に、カシムが犯人なのか……?」


 悲壮な顔をして訴えてくる。肉親が殺されることに対し恐怖するのはわかるけども……ここまで来てそれか、と言う落胆もある。

 まぁ全てはミスリードでわたしが最初にカシム氏に抱いた悪印象のせいで判断が偏っており、『水神の件に関してはカシム氏の部下の暴走で、実はカシム氏は無関係だった』なんて可能性もあったりするのかもしれない。

 だから余地を残すために、直接的に『殺す』と宣言はしてはいないのだ。未だに日本人としての感覚が残っているので忌避していると言うのもあるけれどもね。


「カミルさん。創造神プロメーティアの名に懸けて誓います。これらは全てわたしが実際に見て来たことです。それとも……貴方も、わたしの言葉はデタラメだと言うのですか?」


 デタラメではないけれど、わたしの言うことが全て真実とは限らない。

 だって、カシム氏が実際に罪を犯したのを一度たりとも見ていないのだ。カシム氏の抗弁の通り確たる証拠はなく、状況証拠しかないのは覆しようがないのだ。

 自分でも意地が悪いとは思いつつも……炙り出しのために必要なのでやっている。


「……い、いや……出鱈目だなんて、思っては、ない、が――」

「いいや、出鱈目だ!! どうしてもと言うのであれば、証拠を出せ!!」


 カミルさんが拳を握りしめながらも引いたかと思いきや、まーた煩い主張が喚き立てられた。


「お前たちも言ってやれ! これは神子と言う立場を笠に来た横暴だと! これを許しては、我々のみならず世界中で無辜の民が無残に殺されてしまうぞ!!」


 しかも厄介なことに、置いてけぼりをくらい傍観者となっていた村人たちまで煽り、誇大解釈をして無理矢理当事者に仕立て上げた。

 普通の感性を持ったヒトであればこんなバカな扇動には乗らないのだがところがどっこい、カシム氏の提供する甘い蜜を吸っていた取り巻き共はそうしなければ自分たちも殺されると思ったのだろう。焦燥を浮かべながらも『正義は自分たちにあり』と次々囃し立てて来る。

 これではわたしの声は通らない。なので手っ取り早く黙らせる方法を選んだ。このままでは暴徒となって雪崩れ込まれそうなので手段は選んでいられない。

 わたしは投擲用の槍を取り出しウルに渡す。


「ウル、これをカシム氏に向けて全力で投げてほしい」

「…………なぬ?」

「脅しだから当てなくていいよ。でも出来る限り近くを通るよう、あとド派手になるようにお願い」

「……あぁ、なるほど。わかったのだ」


 わたしが槍を取り出したことにより周囲が殺気立ったが、相手がそれを暴発させるより先んじて。


 ドガアアアアンッ!!


 ウルが迸る雷の如き勢いで投げた槍はカシム氏の顔の真横を通り――当たってはいないけれど衝撃波で頬が切れていた――、その後ろにあった石造りで頑丈に見えた集会所を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 突如発生した轟音に皆が動きを止め、のろのろと発生源の方を確かめる。そして……『誰にとっても明らかな』暴力の具現を目にした。


「ヒッ……!?」


 標的として狙われたカシム氏は大きく震え、遅れて尻もちをつく。同じく建物のすぐ近くに居た人たちも直接の被害には遭っていないものの、激しい怯えを見せていた。

 わたしはウルを労ってから、シンと静まった中に更なる波紋を呼ぶ言葉を放つ。


「『精鋭であるあの者たちがたった二人に倒されるはずもない』だっけ……?」


 あえて露悪的に、凶悪な笑みを浮かべ。



「うちの最強は、一人でこの村を壊滅させられますが?」

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