茶番
出て来たのはカミルさんだけじゃなく他にも十数名、その中にはカシム氏も居る。
都合が良い。この場で進めてしまおう。
「カミル様! 危険です! すぐにこの侵入者を排除しますので――」
「神子カミル! 神子リオンより、水質調査の結果を報告します!!」
カミルさんの言葉でシンとなっていたところにわたしは槍を取り出し、ガツッ!と石突を石畳に打ち付けながら、同時期に叫ぼうとした警備兵の声を掻き消すように大音声をあげた。カミルさん含めこの場に居る人たちにはきっちり届いたことだろう。
とっとと始末してしまいたかったのだろうけどそうは行かない。目論見を外されて憎々し気にこちらを睨んでくる警備兵はあえて無視をする。
「リオン、その槍は初めて見るが、今まで使わなかったのは何故なのだ?」
「ただの飾りだからね」
「……そうか」
小声で尋ねてきたウルに端的に答える。またも呆れたようなトーンだったけれど、別にこれにも理由があるんですよ?
この槍は儀礼用の槍であり、見た目は厳かだけれども儀礼用だけあって攻撃力があまり高くないのだ。しかし今はその見た目で神子に箔を付けている、と言うことだ。……いやうん、わたし自身の見た目はただの人間の小娘で威厳とか全くないですからね……。もうちょっと素材に余裕があればあれこれ着飾ってマシになるのかもしれな……馬子にも衣装状態になりそうな未来が見えた。
村人が集まるためなのであろうそれなりにスペースのあるこの広場。それを見渡せるように石が組まれ一階分くらい高い位置に建っている集会所から出て来たカミルさんは、ひとまず静止はしたものの当然ながら状況は全く読めていなかった。
改めて周囲を見回し、わたしたちと、わたしたちを取り囲む村人と言う構図に息を呑む。それから、少しばかり困ったようにわたしに向けて問いかけてきた。
「神子リオン。その報告は、今、この状況で必要なことかい?」
「はい。お聞きになれば、何故わたしがこのようなことをしているのかご理解いただけるでしょう」
わたしはここでチラと目だけで横を見る。釣られてカミルさんも視線を追い、やっとそこに居た人物――ランガさんが目に入ったのだろう。明らかに狼狽した様子が伝わった。ランガさんの方は逆に泰然としている。
カミルさんは目を見開き、何度も口を開け閉めしてしていたが……怒りを露わに門前払いをするようなことはせず、観念したように大きく息を吐いた。
「……そうか。では聞こう」
よし、聞いてさえもらえればこっちのものだ。
周囲からも、カミルさんがわたしのことをはっきりと神子と呼称したことで怒気が削がれ始めている。逆に、怒りに満ちた者もいたようだが。
「カミル様! 罪人の言葉など聞いてはいけません!」
「警備である君の矜持を傷付けるようで申し訳ないが、僕は彼女の報告を聞く必要がある。その上で彼女に罪があるなら僕の責任で必ず捕らえるので、この場は僕に免じてひとまず矛を収めてくれないか?」
「ぐっ……わかり、ました……」
最上位者にそこまで言われては我を通すことも出来ず、俯くしかなかった。
しかし……わたしには見える。
俯いた陰で、カミルさんからは見えない位置で……カミルさんに向けて『余計なことを……!』とでも言いたげな目をしているのを。
村長派は根本的に神子への、ひいては神への敬意が足りないのではないだろうか? 特にこのアイロ村は直接的に神子の恩恵を受けているはずなのに……どうしてこうなってしまったのか、内心で溜息が出るばかりだ。
っと、そんな場合ではない。気合を入れて断罪をしなければ。
「まず第一に、地図には掲載されていない隠し扉を発見致しました。そしてその扉を開けた途端……護衛の者たちに『死ね!』と背後から襲い掛かられました。幸いにしてわたしの護衛により返り討ちに成功しましたが」
「……は?」
隠し扉を発見の段階で「おっ」と目を輝かせたカミルさんであったが、その次の言葉が予想の埒外の内容でフリーズをしてしまう。
「聞くところによると……その護衛――暴漢たちは、村長の命令で行ったそうで」
「――っ」
わたしは村長、カシム氏に冷めた視線を向ける。
カミルさん含め、その場に居た大半が同じように慌ててカシム氏を見たが、当のカシム氏は慌てることなく平然としていた。
「はて、何のことでしょう? 儂はそのような命令を出してなどいませんが」
「襲い掛かられた被害者を前にしてシラを切りますか」
「被害者も何も……果たして、神子殿は本当に被害者でありますかな?」
「……それは一体どのような意味で?」
「フフ……護衛が襲ったのではなく、護衛を襲ったのではないか、と言うことですよ」
こいつ、罪をなかったことにするどころか、わたしを犯罪者に仕立て上げようとするのか……!
「わたしの護衛が証人です」
「そのようなものは口裏を合わせればどうとでもなりますな。こちらは死人に口無しなのでいくらでも罪を被せられてしまいますなぁ」
「殺してませんよ。閉じ込めただけです」
「……ほぅ? では尚更その者たちに証言を聞くべきですな。まぁ皆『神子殿に襲われた』と言うでしょうな。不意でも打たれなければ精鋭であるあの者たちがたった二人に倒されるはずもありませんゆえ」
「……『口裏を合わせればどうとでもなる』とそっくりそのままお返ししますよ」
わたしが殺してなかったことに意外そうに眉を上げたことを除いては特に声を荒げるでもなく淡々と嘘八百を並べる。
ただあまりに冷静で堂々としているのと、あの護衛もどきたちは村人たちからすれば強く、普通に戦えば負けるとは想像も付かないのだろう。カシム氏の言葉を信じる方にやや傾いているようだ。実際はレグルスとリーゼの方がずっと強く、不意を打った挙句に負けたのだけれども、信じてもらえなければどうしようもない。空気はこちらが不利だ。
後ろからレグルスとリーゼが不機嫌になった気配が漂ってくる。……な、何かごめん。
でもここでムキになって言い募ってものらくら逃れられるだけだ。次の報告へ移ろう。
「第二に、隠し扉の先に牢屋があり多くの人が閉じ込められていました。村長派の手の者によって捕らえられ、ありもしない罪を押し付けられたそうです。その中には、村の外で襲われて捕まったと言うリザードも居ました」
「……はっ? 牢屋……? ……リザード……?」
カミルさんは先ほどから思考が追い付かないでいるのか、まともに答えを返せていない。出来れば正常に戻ってキッチリと聞いてもらいたいんだけどなぁ……次々と身内、それも信頼していた弟の罪を突き付けられては仕方のないことなのだろうか。
呆けつつもカミルさんは少し視線をズラす。ランガさんを見ているのだろう。顔色がまた一段と悪くなったような気がする。
しかしその弟の方はまたも悪意をおくびにも出さずに反論する。淀みなく述べるものだからこれもまたこちらが正しいのだと思わせる一因となる。
「何を馬鹿なことを。そのような牢屋は知りませぬな。地図にも載っていなかった場所を何故儂らが知っているとでも?」
「地図に載ってなかったことは知らないことと同義ではありませんよね。それに捕らえられた人たちがいくらでも証言してくれますよ」
「その者たちが神子殿に買収されていないと言う証拠はあるのですかな?」
証拠などあるわけがない。『無い』ことを証明するのは悪魔の証明であり、誰であっても不可能だ。
そしてカシム氏側がやったと言う証言以外の証拠の提出も出来ない。この世界では録画はもちろん録音も出来ないのだ。物証を示したところで指紋鑑定など出来るわけもないし、『盗まれた』とでも言われればそれでどうしようもなくなる。
従って、立証出来るのは現行犯だけとなるのが非常に厄介だ。相手が立場のある者であれば、尚のこと地位を笠に着てやりたい放題で一般人は太刀打ち出来ないだろう。『では、わたしが買収したと言う証拠を出してもらえますか?』とでも言い返そうと思ったけど、捏造されてしまいそうだ。
わたしはわかりやすく大きく溜息を吐き、話を少しばかり逸らす。
「……カミルさん。手が回らなくて解放出来なかったので代わりにお願い出来ますか? 食料を渡して聖域化したので後二日は大丈夫だと思いますが、早目にやっていただけると助かります」
「えっ? あ、あぁ……」
生返事するカミルさん。……大丈夫だろうか。ちゃんとやってくれるかな?
そしてその一方、息をするようにカシム氏は捏造をしてくる。
「ふむ。『こちらに都合の良い証言をすれば食料を渡してやるぞ』とでも言えば一発ですなぁ」
「それは貴方の想像以外の何モノでもありませんね」
こいつは予想した端から本当にもう……!
何を言っても無駄だ、と胸中に渦巻く黒い感情を抑えながらわたしは先へ進める。
「第三に、牢屋の更にその先に神殿のような建物が建っており……そこで凄惨なことが行われていた痕跡を発見しました」
「――」
ついにカミルさんは言葉もなくなった。『嘘だ!』と否定せずに、聞いてくれている辺りがまだ幸いか。
「小さな子どもから大人まで。あまりにも多く流された血と積み重なる死体。鼻がねじ曲がり吐き気を催す腐臭。そして死体から生み出される大量のアンデッドモンスターに瘴気。……それは地獄と言っても差支えないような光景でした。あぁ、水が汚染されていたのはこれが原因です」
「なん……だって……?」
「そしてこれらも、村長派の手の者によって行われていたと牢に居た人たちが証言してくれました」
「あ……あ、あ ァ」
想像だにしなかった事実をいくつも叩きつけられ、カミルさんは混乱の極地だ。
神子にとっての絶対的な敵であるモンスターと瘴気の発生原因が自分の弟の手によるものだとぶちまけられるのは、鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃なのだろう。少しばかり同情しないでもないけれど、監督責任として現実を受け止めてほしいものです。
正確には牢の人たちは実際に村長派が手を下した光景は見ていないはずだけど、そんなことまで丁寧には言ってやらない。状況証拠から確実であるとかではなく、どうせこれも否定されるだけだから。
そのような思考が頭を過った途端、それは現実になる。
「はぁ……またそのような世迷い事を。だから、証拠は、あるのですかな?」
付き合っていられないとでも言うように肩を竦め、一言一言幼子にでも聞かせるかのように区切り、呆れと蔑みを籠めた視線を向けてくる。
しかし、付き合っていられないのはこちらの方だ。
わたしは髪をかきあげ。表情を消し。
下からであるのに、見下ろすような態度で。
「さっきから証拠証拠ってさぁ。ねぇ……それ、必要?」
ポツリと、雨が一滴、落ちてきた。
……おや? リオンの ようすが……




