出立前の話し合い
翌朝、特に何事もなくいつもより少し遅い時間に目が覚めた。
挨拶だけして、日課もそこそこにアイテムの補充をしてから水神と少年の状態を確認しに行く。
徹夜で眠そうにしている地神に採れたて果実で作成した果汁百パーセントジュース(もちろんアルコールなし)を差し出しながら夜の間の話を聞く。
「今のところ問題はないね。緩やかにだけど快方に向かっているよ」
「そうですか……良かったぁ……」
大きく息を吐く。あそこまで重度の汚染状態の治療なんてしたことがなかったから、不安はどうしても付き纏っていたのだ。さすがに悪化していたらわたしを叩き起こしていただろうけど、今こうして何事もないことが確認出来て本当に良かった。
あと、少年が夜中に一度目を覚ましたらしい。
わたしに無理矢理眠らされて、目が覚めたら風呂の中で神様に囲まれていたのだ。相当に困惑していたとのこと。
それでも、地神に諭されて素直に食事をして(そもそもアステリアにおいて神の権威は非常に大きい。神様の言うことを聞けないヒトなんて早々居ないと思う)、今また聖水風呂で眠りに付いている。なお、眠っても沈まないようにちゃんと支えは取り付けてあるので溺死することはない……うぅ、昨夜のことを思い出してしまった。ペチペチと頬を叩いて振り払う。
ご飯を食べたってことは死ぬ気はなくなったと考えていいだろう。少年の処遇は元気になってからまた考えるとして、ひとまずは良しとしておこう。
しかし少年と違い、水神は昏々と眠っている。
見た目は昨日とあまり変わってないように見える。地神が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろうけど……。
「……早く元気になってください」
そう呟きながら湯舟に聖花を浮かべ、タンクの聖水の補充をしていった。
「リオンはまた村に戻るんだろう? 代わりの見張りとして後でフィンを寄越してほしい。仮眠しておきたいんでね」
「わかりました」
事態がよくない方向に向かっていたら残って対処すべきだったけど、大丈夫ならばやりかけのアイロ村の問題に戻らなければいけない。
……ほんの少しだけ、二度と関わらずに放置したい気持ちがのそりと沸いたけれども、そうは行かないよなぁとすぐに思い直す。
たとえこじれたとしても一日と経たず帰れるはずだ。引き続き地神に任せてその場を後にする。
朝食を摂りに食堂に入ったら、見知らぬリザードさんたちに目を丸くするフィンと、モンスターに目を見張るリザードさんたちが居てちょっと笑ってしまった。
「さて、これからアイロ村に戻ります。……が」
フィン(とゼファー)を地神の家に送り出し、先日の面子で向かい合う。
このままスッと向かうものだと思っていた皆はわたしの言い方に首を傾げた。
「当事者であるランガさんとヨークさんは当然連れて行くとして、ウルにも付いて来てもらうとして……他の皆については正直ここに置いて行きたいと思ってる」
「えっ、何でだ? 昨日の疲れならバッチリ取れたぜ?」
レグルスが肩を回し元気アピールをする。リーゼも頷いているし、フリッカは怪訝そうに眉をひそめていた。
でも、疲労とかそう言う問題ではないんだよ。
わたしは腹に力を籠め、ゆっくりと理由を話す。
「……最悪、アイロ村と戦争になる。きみたちはモンスターではなくヒトを倒すことに……下手すると殺すことになるかもしれないからだよ」
誰も想像していなかったのか、一様に目を見開いた。
いや、ランガさんはその可能性もあると予想していたのか、鼻息を吐きつつ落ち着いていた。
「今回の事件の犯人は村長派だ。けれども……村長派がガッチリと村の人たちの心を掴んでいたら、いくら神子とは言えポッと出のわたしなんて信用してもらえないかもしれない」
でもわたしは信用されずとも村長派をそのままにしておく気はない。徹底抗戦する構えだ。
地下遺跡ダンジョンで襲ってきた暴漢たちはレグルスとリーゼに対処してもらったけど、そうやって身を守ると言うレベルではなくなってしまう。モンスターが相手ならめちゃくちゃ手を借りたいけれども、ヒトが相手となると……出来ればやってほしくないと言うのがわたしの切実な気持ちだ。
「えっと……じゃあウルさんを連れて行くのは何で、なのかな?」
ヒトが相手になるかもと聞いて納得はともかく理解の色を見せたリーゼであるが、また別の疑問が沸いたようだ。
その理由については単純だ。
「いくら何でもわたし一人は怖いからさ……最低限かつ最高の護衛として信頼出来るし。あとはウルなら大勢の村人に四方八方から攻撃されようと自分自身を守りきれると太鼓判を押せるからね」
「あぁ。ガーディアンモンスターならまだしも、アイロ村の面々を相手にしたところで我の鱗に傷など付かぬだろうよ」
唯一可能性があるのがカミルさんのアイテムによる攻撃だけど、ウルならそれも避けられるだろうし、避けられないような攻撃は周囲にも被害が出るのでまずやらない、はずだ。
他はそこまで攻撃力はないにしてもウル以外にとっては手数の多さは非常に危険で、リザードさんたちも置いて行った方が良いかもしれないくらいだ。
「絶対に付いて行くぞ」
「……ッス!」
口に出さずともリザードさんたちに念押しされた。ですよね。そこはもう諦めてます。
……この二人が、そこまでして守りたいと思えるような存在ではないから、と言うのは黙っておく。残念ながらわたしの心のリソースは有限かつ少ないのです。
「まぁ色々言ったけど、きみたちはわたしの部下じゃないから意思を縛りたいとは思わない。でも……叶うなら、残ってほしいなぁ……って」
「「……」」
わたしの窺うような視線にレグルスとリーゼは黙りこくる。机の上で手を握ったり開いたり、迷いを見せている。
フリッカは一度瞼を閉じて……再度開いた時には、強い意志の光が灯っていた。
「私は行きます」
……フリッカには一番残ってほしかった。傷付くだろうから直接は言わなかったけど、彼女が一番自分の身を守れないからだ。
それとなく目で訴えてみても首を横に振る。フリッカ自身でも理解した上での発言であった。
「私はアイロ村の人を倒しに行くわけではありません」
「ん? ……まぁ『そうなるかも』ってだけで倒しに行くのが主目的ではないけれどもね?」
全てはただの可能性だ。案外カミルさんが理解を示してくれてササっと問題が解決する可能性だってある。……相当に都合が良い可能性だけども。
どう足掻いても最低限、村長派との争いは高確率で発生すると思っている。あぁ言う手合いが企みを白日の下に晒されたくらいで観念して大人しくするはずもない。
ただフリッカが言いたいのはそう言うことではなかったようで、続けられた言葉にわたしは息を呑んだ。
「私は、リオン様の心を守りに行くのです」
「――」
「リオン様は昨日からずっと悩んでいらっしゃいました。……やりたくないこと、しかしやらなければいけないこと、なのでしょう? ……私は戦闘面では頼りないのでしょうが、貴女を支えるくらいはしたいです」
しっかりと、目を逸らすことなく言い切られた。
わたし自身自覚してないことまで知られていたことに気恥ずかしさと嬉しさを覚える。
でも危ない目に遭わせたくないことに変わりはない。それと同時に、何処までも一緒に居てほしいエゴが生まれる。
葛藤を抱えながらしばしの間見つめ合い……わたしが折れるようにフゥと息を吐くと同時に、レグルスから声が上がる。
「オレも行く! 倒す倒さないはともかく、リオンとフリッカを守るくらいはやるぜ!」
「……そうだね。あと、もしもの時にリオンさんを無理矢理引っ張って帰還石で帰れるような人員も必要だよね」
リーゼまで賛同し始めた。ウルが帰還石を使えないので、わたしが気絶するなど何らかの理由で使えなくなった時の保険のメンバーが居ると確かに助かる、かな。
正直な話、わたし自身へっぽこなのできっちりと身を守れるとは言えないのだ。ウルとて多方面から攻撃が来たらわたしにまで手は回らないだろう。だから倒すじゃなく守ると言われてしまえば……とても頼もしい。
「ふむ、そうだの。背中の守りは頼むぞ?」
「おう!」
「はいっ」
わたしが了承する前にウルが同行を認めてしまった。思わず苦笑が漏れる。
意気込む二人を横目に、改めて、わたしを見たままのフリッカに向けて答えを出す。
「……お願いするよ」
「はい」
最悪の事態にならないよう上手く立ち回らないとね。
でも、本当にもしもの時は。
わたしが……手を汚そう。
誰にも悟られぬよう、心の中でひっそりと決意をした。




