イケニエ
「倒れてる、って……フリッカ、ライトボール投げて!」
「わ、わかりました」
フリッカに光球を作ってもらって灯りを増やす。
しかしそれでもわたしの目ではよくわからない。言われてみれば、布っぽいものがあるかも?と言うのと――
「――」
神殿と池面の間に少し段差があるのだが、そこに……幾筋もの赤黒い筋が、刻まれているのが見えた。
……知りたくもなかった、池の色の出所の一端を知ることになった。
牢に捕まっていた人たちが言っていた。
二日前に、子どもが連れて行かれた、と。
あれがきっと……その子どもなのだろう。
こんな、暗く、冷たい場所に連れてこられて。
生贄の如く、その命の火を奪われ。
亡骸すら、打ち捨てられて。
……わたしには、救えなかった。遅かった。
けれども、あのまま放置していてはいずれアンデッドになってしまうだろう。せめてそれだけは避けたい。
ギリ、と弓を握りしめる手に力が籠る。
そのためにも手前のレギオンレイスを何とかしなければ。
最悪、帰還石で脱出出来るし、埋まるのを覚悟で大きな攻撃をすることも考えていたけれど、それは本当に最悪の場合になった。
あの子だけでなく他にも亡くなった住人は居るだろうし、きちんと埋葬せずに押し潰すような真似はしたくない。
……そうでなくても、何となく『それをやってはいけない』と脳内アラートが出続けているのだけれども……一体何が引っ掛かっているのだろう。
あれこれと考えながらその子をジッと見つめていたら。
思わぬ光景が展開され、目を見張る。
「……リオン」
「……うん」
「……我の見間違いでなければ、あ奴の身からレイスが沸いて出てきたように見えたのだが……」
「そう、だね」
……なるほど。
原理はよくわからないが、あの子は……よりにもよってアンデッド発生の起点にされたのだろう。
レイスであれば偶然その位置を透過した可能性も無きにしもあらずだけども……違う。
子どもの体から、滲み出るように発生したように見えたのだ。
わたし一人ならともかく、ウルの目にもそう見えたのであれば勘違いと言うわけでもなさそうだ。悲しいことに。
体の下にダンジョン核があるのだろうか、はたまた体内に植えつけられでもしたか。
あの子の、多くの住人の命を吸わせることで……モンスター発生用エネルギーとでも言うべきモノが溜まっているのか。
「……モンスターを発生させるだなんて、村長派は一体何がしたいのでしょうか……」
「さて、何だろうね……」
フリッカの掠れた声にそう返すことしか出来なかった。
一体何がしたかったのか、それはわたしも知りたいところだ。聞きたくないと言う気持ちも同居しているけどね。
「リオン!」
「リオンさんっ」
このタイミングでレグルスとリーゼがこちらに帰ってきた。いや、もうちょい前から向かって来てるのは見えてたけど、わたしが魔法を放った時にビックリして足が止まってたのも見えてたからね。
同じく一度引くことを選んだのか、リザードさん二人も走り寄って来ている。
わたしはポーションと聖水を彼らに振り掛けてやりながら、次のお願いをする。
「丁度良いところに帰って来てくれたね。皆はこのままこの位置からあまり離れず、フリッカを守りながら雑魚掃討を続けてほしい」
「そりゃいいけど……リオンはどうするんだ?」
「そんなの、決まってるよ」
浄化の聖領域でかなりの数が減ったけど、範囲外だった端っこの方にはまだ取り巻きが残っているのでその対応は必須だ。
そして勢いは落ちても、起点をぶち壊すなり何なりで止めない限りポップし続けそうなので、未だ予断を許さない状態である。
だから。
「突っ込んで、大元の原因をぶっ壊す」
レギオンレイスを倒す、もしくはもっと削ってからにしたかったけれども、補給元があるのでそれではかなりの時間が掛かってしまう。本来なら安全策を取って、時間が掛かったとしてもそうするべきなんだろうけど……。
わたしは……これ以上あの子の魂が喰われていくのが、耐えられない。
一刻も早く解放してあげなければと気が逸る。
どれだけ不用心だの無謀だの言われようと、止められそうにない。
「ウル、わたしをあそこまで連れてってくれる?」
「うむ」
幸いにしてウルは止めるようなことをせず、わたしの要望に対し迷う素振りすら見せず即答をしてくれた。助かる。
「リオン様……」
逆にフリッカは不安を隠せぬ声でわたしの名を呟くけれど、躊躇いを見せつつも言葉をそこで切った。
フリッカを連れて行くことは出来ない。聞かずともわかってしまったのだろう。でも。
「フリッカ」
「……はい」
「わたしの背中、守ってね」
「――……はい!」
魔法が使えるフリッカであれば、出来ることは十分にある。
即座に意図を理解して、力強く頷いてくれた。
さて、位置的にレギオンレイスのすぐ近くを通ることになる。もうちょっと耐性を上げなければ辛いだろう。
「作成、【ホーリーブラッドミスト】」
先ほど採血したばかりのわたしの血を使用して強化版ホーリーミストを作成する。血なのに聖属性なのが未だに違和感があるけど、とある聖人の血液も聖遺物扱いとされているらしいしそんなものなのかな。
そして作ったばかりのそれをわたしとウルに使用する。のだが。
「……っ!? リ、リオン、このアイテム、何やらものすごくゾワっとするのだが……!?」
「えっ? ご、ごごごめんっ」
わたしは何ともなかったのだけれども、霧を浴びたウルがブルッと震えしきりに腕をこすっている。
ひょっとしてわたしの血だから変な成分でも入っていたんですかねぇ……! もしくは材料を知っていることによる嫌悪感? もっとマシな材料があれば良かったのだけど、緊急時なので我慢してね……。
「聖水を大量に投げて、聖火の矢も使って、後はフリッカにも聖属性の魔法使ってもらって、レギオンレイスが怯んだらウルはわたしを抱えて全速力で走り抜けてほしい。怯まなかったら再攻撃するから無理は禁物で」
「う、うむ」
そわそわし続けていたウルが意識を切り替えるように深呼吸をする。
わたしはグルリと見回し、居残り組の皆も問題ないと頷くのを確認して。
「セイクリッドフレイムランス!」
「うりゃりゃりゃっ。おまけにこいつも!」
フリッカの魔法を合図として、わたしは聖水を投げ付ける。勿体ないけど一本だけ血液瓶も投げておいた。
ア゛ア゛ア゛アアアッ!?
予想通り、いや予想以上に血液が効いている。ストックがないのが本当に悔まれるな!
ないモノは仕方ないので予定通りに聖火の矢を三射ほど放ち、レギオンレイスが完全に怯み状態に入ったところでウルに声を掛ける、までもなく浮遊感に包まれた。ウルに腕で抱えられたからだ。
「リオン、舌を噛むでないぞ!」
「ひえっ」
ぎゃああああ!? 確かに全速力でと言ったけど、わたしを抱えててこの速さですか! わかってたけど速い!
振り落とされないとわかっていても咄嗟の恐怖でウルの首にしがみついていると、今までにない速度で景色が後ろに流れて行くのが霞んだ視界で見える。
って、レイスがすぐ側に……!
移動速度に反してもたもたした思考で聖水を投げようとしたけれど、フリッカのファイアアローに貫かれて消滅していた。早速守ってくれてる、ありがとう!
「フンッ!」
「うえっぷ」
今度は上から下に向けての衝撃が掛かった。池が眼下に見えるので越えるために跳躍したのだろう。気分はさながらジェットコースターである。安全柵はないけど、きっとウルの手は柵よりも安全だ。それでも情けない声が出てしまうのはさておき。
レギオンレイスのすぐ近くを通過することになり濃い瘴気を被ることになったが、ホーリーブラッドミストが弾いてくれている感覚がしている。良かった、対応出来る範囲だった。
ダン!と着地の衝撃で一瞬思考が飛ぶ。目的地に辿り着いて降ろされていたことにもしばし気付かなかった。
だからそれも、ウルに指摘されるまで気付かなかった。
「……リオン、此奴、何かおかしくないか……? と言うか――」
ふら付く頭を抑えながら立ち上がったその時。
もっと思考が飛ぶような一言がウルの口から零れ落ちた。
「まさか、まだ生きてる……?」
「……………………はい!?」
生きてる? え? 連れてこられて二日だからギリギリ餓死はしていない範囲ではあるかもだけど、こんなモンスターと瘴気に溢れた場所で!?
前者は運が良ければ死体と思ってスルーされるかもだけど、後者は一般人には無理ゲーすぎる!!
でもウルが間違えるとは思えない。一体どう言うことなんだと倒れている子に擬音が付きそうな勢いで顔を向けると。
「……は? 天人……!?」




