それぞれの戦い・下
今回も三人称チャレンジ。
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ランガとヨークは、レグルスとリーゼと離れたところで戦っていた。
急造パーティで連携が組めないからと言う理由もあるし――何しろ自己紹介くらいしかしていないのだ。連携など取りようがない――、この空間が広かったので手分けして戦う方が良いと判断したからだ。
「ヌンッ!」
ゴバッ!
ランガの剣の一振りでマミーの体は脳天から股まで両断された。アンデッドとは言え左右に分かたれてしまってはろくに身動きが取れず、ただ藻掻くだけの物体となる。
のたうつ様は見るに堪えないが一体一体律儀に相手している余裕はない。意識して意識から外し、次のモンスターへと取り掛かる。
「う、うえええ、気持ち悪ぃ……!」
すぐ側では情けない声を上げながらも剣を振り、ゾンビやスケルトンをなぎ倒し奮闘するヨークが居た。折々に弱気な部分が顔を覗かせるが戦闘能力に関してはそこまでランガは心配していない。ここはウルのお墨付きでもある。
ただレグルスが調子に乗ってやらかすように、ヨークもたまにポカをするくらいだ。実力だけでなく色々と何処となく似ている二人であった。
「ヨーク、気持ち悪いからと言って目を閉じるな。こんな場所では命取りになるぞ」
助言をしながら、ランガはヨークの背後に迫っていたスケルトンを斬りつけた。その怪力ゆえに余波で粉砕までさせていく様は鈍器を操っているのかと見紛うほどだ。
「う、うっす……」
涙目で返事をするのがやはりどうにも情けない。ランガは鼻からフンと息を吐くが、叱りつけはしなかった。
これまでモンスターと戦ってきたことはもちろんあるがそれは地上の話であり、ヨークがアンデッドと戦った経験はなかった。中身が飛び散るくらいなら地上の普通のモンスターでもよくあることだが、ぶよぶよとした水死体や、腐っていてなおかつ蛆やら羽虫やらが体内に巣食っていることはそうそうになかったのだ。それを大量に見せつけられては大の大人でも耐性がなければ辛いだろう。
(しかし、これほどまでにアンデッドが居るとはな……)
ランガは双剣を振る手を休めないまま、喉の奥で唸り声を上げる。
アイロ村の住人がリザードを始めとした村の外の住人を捕らえていると知ってから、その上でなおかつ「そのようなことは知らない」とシラを切られてから、『アイロ村は裏で何かをしている』と確信に近い疑念を抱いていた。
疑惑の果てに目の当たりにした真実がこれだ。よもや人体を素材に実験する――あくまで現段階ではリオンの予想である――と言う、ある意味ただ倒しに来るだけのモンスターより鬼畜な所業が隠されていたとは。
死体を適切に処置することなく放置すればアンデッドになることがあると知ってはいたが、ここまで酷いことになっているとは想像だにしなかった。元がヒトではないアンデッドも多数居るのだが、そもそもアンデッドが大量に沸くと言う時点でこの地が死に汚染されていると言っても過言ではない。
(カミル……お前は、本当に関わっていないのか……?)
ここまでの道すがらリオンより軽くなされた説明で「十中八九村長派の仕業であり、神子カミルは関わってないと予想されます」と聞かされていた。
ずっと『まさか』と思いながらも同胞を手に掛けられた恨みを募らせてきた。対立を深め、何度もアイロ村を襲撃した。
それらは全て別の者による企みであり、無実であった神子に……友と思っていた男に、剣を向けてしまったのか?
カミルが「知らない」と言ったことを『隠し事をしている』と決め付けて、真摯に対話をしようとしなかったのが間違っていたのか?
そのような後悔がランガの脳裏を過る。
ただそうは言っても、仮に全ての企みがカシムの手によるものだったところで、カミルに罪が一切無いとは言い切れない。
実務はカシムに任せていたとしても、カミルが村のトップであることに違いはないからだ。
下の者の非道が巧みに隠されていたとしても、知らぬ存ぜぬでは済まされない。それがトップの負うべき責任と言うものだ。
ランガ側の言い分を「知らない」と切り捨てず、きちんと調査をしていればこのように拗れることはなかった……かもしれない。調査をしたけどカシムに握り潰された可能性だってある。
もう少しカミルがしっかりとしてくれれば……と被害者側の立場だと恨み事めいたことを抱えても仕方のないことなのかもしれない。
いくら『たられば』を考えたところで過去を覆すことは出来ないのだがついつい考えてしまう。
その思考を遮るようなヨークの悲鳴が耳に届き、やっと中断をする。
「ラ、ランガさん……あれ……!」
震える声でヨークが指差す方向を見て。
ランガは、絶句した。
「――」
彼らの視界には、一体のゾンビが蠢いていた。
頭部はグズグズに溶けているので顔はわからないが……鱗のようなものが生えた肌と、尻尾。
そう……同胞のゾンビだった。
これまで人間のゾンビを何度も見てきた。人間だけでなくネズミやオーガのようなゾンビも見ていた。
だから、リザードのゾンビが居ても、おかしくはない。
おかしくはないのだが……一欠けらも想像をしておらず、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「くそ、くそっ……! こんなことが、許されるのかよぉ……!」
泣き叫ぶヨークを後目に、ランガは……荒れかけた感情を宥めるために深呼吸をし、冷静さを保つ。怒りが消えたわけではないが、怒り一色にはならずに済んだ。
これまでのランガであれば確実に激高していただろう。しかし今となってはそうはならなかった。
ランガは目線だけでリオンを見る。
リオンは時折ウルにカバーされながら、レギオンレイスとその前に立ちはだかる他のアンデッドたちを相手に攻撃を繰り返していた。
ランガからすれば、リオンは不思議な人間であった。
リオンは、どちらかと言えばモンスターの方に見た目が近いランガを見ても顔色一つ変えず、ヒトと同じように扱った。ウルと言う前例があったとは言え、ウル以上にモンスター寄りの見た目なのだ。声には出さなかったが、ランガは内心で驚いていた。
……モンスターっぽい見た目どころではなく、そのまんまモンスターであるドラゴンを身内として扱っている前例があるのだが、ランガには知る由もない。
神子は不老であるので、若い容姿とは裏腹に年を重ねており簡単なことでは動じない精神の持ち主なのかと思えば、子どもゾンビを相手に泣きそうになり仲間に慰められる始末。
いくら神子であっても人間種族だ。虐げられていた身としては反発心も覚える……かと思っていたのだが、そのような暇もなく。
見た目が若いと言うことは、子どものうちから神子になった――大人になる前に大人にならざるを得なかったのではないだろうか。
しっかりしているようで、何とも不安定な。だからこそ、力を貸さねば。
始めは打算であったが、打算抜きにそう思わせてくれるような、神子。
「ヨーク、落ち着け」
「で、でも……っ!」
「怒りはわかるが、それでも俺たちのやることは……やれることは、一つだけだ」
子どもが相手でも。
無力感に苛まされ、罪悪感を抱きながらも。
己が領分を忘れず、真っ先に行動を起こした。
「……眠らせてやろう」
『殺すことしか出来ない』
おそらく心の中で泣きながらも、自分が何をしたのか、言い訳もせずに受け止めて。
だからランガは神子に倣い、武器を握る手に力を込める。
「幼い神子が苦渋の思いをしながらもやったのだ。大人の俺たちがやらずしてどうする。同胞であるからこそ、この手で長い苦しみから解放してやるべきではないか」
「……ッス!」
ヨークとて神子が不老であることは知っているが、ランガ同様に幼い子どものような印象を感じていた。ランガの言葉に全面的に同意をする。
……リオンが聞いたら非常に複雑な心境になりそうであるが、知らぬが花である。
「行くぞ!」
「うっす!」
二人は同胞にトドメを刺すべく、走り出した。




