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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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恐怖を呼び起こす幻影

 わたしの体を駆け巡ったのは……紛れもない、怒りであった。


「ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるなあっ!!!」


 どんどんと溢れ出てくる激情のままにダン!と壁に拳を打ち付ける。

 生憎とわたしの体はそこまで丈夫ではない。痛みが走りジンジンと痺れ始めたが、一向にわたしの感情が落ち着くことはなかった。

 何度も何度も打ち付ける。パキリと骨が折れたかもしれない音がしたけれど、それでも収まらない。

 何故なら。


「ウルはわたしと約束した! もしもの時は殴ってでも止めてくれると! 諦めるなんてありえない!

 フリッカはわたしに宣言した! わたしの味方であり続けると! 見捨てるなんてありえない!」


「こんな、彼女たちへの酷い侮辱、許せるものか!!」


 わたしが最も大事にしているものを、貶められたからだ。


 あれは幻だって?

 そんなことはもうわかっている。

 でも、それでも。


 紛い物であっても、彼女たちの魂が穢されたようで。

 腸が煮えくり返って、今にも火を噴きそうだ。

 このままこんな幻を見せつけてきた元凶まで飛んで行って、完膚なきまでに叩き潰してやりたい。


 けれども、それは出来ない。

 深呼吸をして憤怒を沈め、わたしの周囲へと向き直る。

 レグルスとリーゼが顔色を蒼白にさせて蹲っていた。目は見開いているが焦点が合っていない。呼吸すらままならず、掠れた音を喉から零している。体が震えているのに、汗を大量に流している。わたしと同じように幻を見せつけられて苦しんでいるのだろう。

 いくら何でもこれを放置して自分の都合を優先したらそれこそ鬼である。


「二人とも、目を覚まして」


 呼び掛けながら鎮静ポーションを振り掛ける。……おっと、少し乱暴になってしまった。効果自体は変わらないから許してほしい。

 恐らく、と言うか確実にこれは恐怖のバッドステータスを付与するモンスターの能力だ。

 ゲームでもレイス系のモンスターの叫びを聞くことで体が固まり、動けなくなることがあったのを今思い出した。あの時は動けなくなるだけだったのに、まさか幻まで見せつけられるとは……おのれ……。


「……あれ?」


 ポーションを使用したのに二人の意識が現実に戻って来ない。呼吸が心持ち穏やかになっているから全く効果がなかったわけではなさそうなんだけども。

 実はそこまで強力なモノだったのだろうか。そう考えるとよくわたしは自力で戻って来れたな……? 内容がアレだったから恐怖より怒りが勝っただけで、別の題材をチョイスされていたら危なかったかもしれない。

 運が良かった……などとは思いたくないな。気分は未だに最悪なのだから。

 さて、戻って来れないならちょっと手荒になるけど仕方がない。これは気付けの手段であって、ストレス発散ではないと誰にでもなく言い訳をして。


「お! き! ろ!!」


 ゴン! ゴゴン!


 二人の脳天にゲンコツを落とした。


「いってええええ!?」

「くっ……!?」

「あだだだっ!?」


 おまけでわたしの手にもダメージが入った。

 二人が石頭だったからとかではなく、先ほど散々壁を殴った手をうっかり使ってしまったからだ。

 ……アホですか、わたし。踏んだり蹴ったりだよ……。



「そっか、あれは幻かぁ……ハマるなんてまだ修業が足りねぇなぁ……」


 修業の問題なのかな? いやまぁ心の強さ次第でもあるのだから、精神の鍛え方が足りないと言うことになるのかな?

 わたし自身も引っ掛かったので、全く何も言えない。


「ちなみに、レグルスは何を見せられたの?」

「……キマイラになった父ちゃんに襲われる幻」

「……うん、聞かなければよかったね、ごめん」


 レグルスにとっての最大のトラウマだからね。そりゃ心も抉られてなかなか戻って来れないだろうて。

 リーゼも乾いた笑いを浮かべていたので聞かずにおいた。似たような状況だったのは容易く想像出来る。

 はぁ……そう言う能力なのだろうけれども『当人にとって一番恐ろしいこと』を的確に突きつけてくるなんて、本当に悪辣なものだ。

 ネジが何本か飛んでいるヒト以外は誰しも恐ろしいと思っていることの一つや二つあるだろう。中にはレグルスのように二度と掘り起こされたくないことだってある。わたしもあんな光景は絶対に見たくない。


 ……ここでふと、妙なことを思いついてしまった。

 ウルだったら、何を見たのだろう、と。

 記憶と言うものは、思い出せなくなっても実際には脳のどこかに仕舞いこまれているはずだ。ただそれを引き出す取っ手が見つからないだけで。


 だから……もしかしたら、ウルの過去が垣間見れるのでは?


 ……いや、わたしは何て酷い想像をしているんだ。ウルに怖い思いをさせようとしているなんて、想像とは言えどうかしている。

 首を振り、思い付いたことを頭から追い出す。


「さて。二人とも、そろそろ出発出来そう?」

「おう、大丈夫だぜ」

「ん、あたしも行けるよ」


 まだ少し声が震えていたけれどもあえて突っ込まずにスルーした。落ち着くまで休憩するよりも体を動かした方が気も紛れるだろう。

 ……まぁわたしが早く元凶をブチのめしたいと言う思いもある。


 まだ断続的に、奥から声は響いているのだから。



「リオンさん、ちょっと待って」

「ん?」


 腹いせとばかりにモンスターをぶっ飛ばしつつ、万能耐性薬の効果が切れる前に、と足早に進んでいたわたしたち。

 分かれ道ではなかったのだけれども、リーゼはわたしたちを留め、あの時と同じように耳を澄ませ始めた。


「奥から……声が聞こえてくる」

「? モンスターの声はさっきから聞こえてるよ?」

「そうじゃなく……多分、生きている人の」

「……!」


 人の声……? まさかこの奥にカシム氏の手下がまだ残って居るのか?

 それとも……連れて行かれた人がまだ殺されていなかった、とか? 子どもが連れて行かれたのは二日前らしいし、殺されず放置されただけならギリで餓死していない?

 もしくはモンスターが人真似をして罠に誘いこもうとしているとかもあり得るか……?

 ……迷っている場合ではない。生存者だったら手遅れになってしまう。目の前で死なれたりするのは御免だ。


「走ろう」

「おっけーだぜ」

「了解だよ」


 警戒よりも速度を優先してスピードを上げる。

 そうして十数秒走るとわたしの耳にも声が届くようになった。


「……! ……、……だ!」


 あ、れ?

 ……え? 幻聴? 幻影に続いて? やっぱり罠だった?

 困惑するわたしであったが、どうやら幻聴ではなかったらしい。

 レグルスもリーゼも同じことに気付いたのか、器用にも走りながら顔を見合わせてきた。


「この声……」

「……もしかして」


 細い通路が終わり、大きな広間のような部屋が視界に映った。

 困惑を抱えたままわたしたちは突入する。


 広間には多くのモンスターがひしめいていた。

 スケルトン、ゾンビ、マミーの大半は倒れ伏している。倒れたまま蠢いているのも居るが、手足がなくなった状態では移動すら出来ないだろう。

 残りのモンスター――主にレイスが部屋の中を縦横無尽に飛び回っては、中央にただ一人立ち、剣を振り回し奮闘している相手に殺到していた。

 その人物は――


「ウル!?」


 そう、アイロ村に入る前に帰したはずのウルであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほい合流。 拳の怪我は大丈夫か? ウルに見られたら、また叱られるぞ?(悪い顔)
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