隠されていた道の先は
連れて帰る余裕はない、連れて行くなんて邪魔すぎる、放置するのもダメ。
と言うことで、わたしはこの場でダンジョンの壁に穴を開けて即席牢屋を作成した。周囲がただの石材なのでピッケル系ツールを持っていれば壊して抜け出すことも出来るけど……この人たちが真面目にクリエイティブなことをしているとは思えない。もし持ってたら持ってたで諦めよう。
掘り抜いた空間に放り込み、壁を作って閉じている最中「人でなし!」とか言われたけど、『どの口で言うの?』って感想ですね。空気穴は開けているから窒息することはないし、ケガは死なない程度には治したし、更に三日分の水まで置いておいたからめちゃくちゃ有情じゃないですかね? なお、三日後までに彼らの存在を忘れていた場合は考えないものとする。捜索隊でも来ればすぐに見つかるだろうし、餓死することもない、はず。
作業を終えたところで改めて隠し通路の向こうへと進む。
隊列は少し変更してレグルスとリーゼの二人が前衛、わたし一人が後衛となった。元護衛を警戒する必要がなくなったからね。いやホントありがとう。レグルスもイキイキとし始めたし、窮屈だったんだね……この後も頑張ってくれることを期待しているよ。
出現するモンスターはダークマウス、ロトンフライ、スカベンジャーが多かった。……ネズミ、ハエ、ハイエナ……よくある組み合わせではあるけれども……こいつらの共通点を考えると嫌な予感がしてならない。
「……何か臭くなってきてねぇか?」
レグルスがスンと鼻を鳴らしながら呟く。
ここは砂漠の地下遺跡型ダンジョンだ。空気の流れが悪く澱んでいる可能性はある。が。
「どんな種類の臭いかわかる?」
「えぇと……食い物が腐った後みたいな……?」
「……」
……果たして、腐っているのは『食べ物』なのでしょうかね……?
少しずつ色濃くなっていく嫌な予感に自然と口数が減っていったわたしたち。
わたしの嗅覚でも臭いとわかり鼻をつまみたくなってきた頃、三叉路に差し掛かる。
ここは地図に載ってないんだよなぁ、どちらへ進もうかな、と唸っていたら。
「リオンさん」
「ん?」
リーゼが口元に指を当てるジェスチャーをする。そして耳の横に手を添え、集中するように目を閉じた。
何となく呼吸音を出すことすら憚られて息を詰めながらリーゼの様子を伺う。
たっぷり十秒は経った後、リーゼは左の通路を指し、耳を疑いたくなるようなことを言い出した。
「こっちから人の声がする」
あー……うん、あいつらが隠し通路を発見されるのを頑なに拒んでいた理由をいくつか考えていたけれど、その内の一つが当たったかぁ……。
「は? こんなところに人が住んでるのか?」
そうね、そうだったら良かったかもね、と頭の中で思いながら首を振る。
「違うよ。住んでいるんじゃなく……捕まっているんだよ」
「……こんなところに?」
「……そうだねぇ」
レグルスが同じ言葉を重ねてくる。確かに、住んでいるのだろうと捕まっているのだろうと『こんなところに?』と聞きたくもなるだろう。
地図にも記されてない――あえて記されなかった場所なので、ここであれば味方陣営以外にバレることはない絶好の場所である。
しかしこの位置は村からは遠すぎるのだ。閉じ込めるために連れて来ることすら一苦労である。
と言うことは……村ではなく、ダンジョンで何かやらせたいことがあると言うことなのか……? 遺跡型であれば遺産が発掘されることもあるし、ありえないことではない、かな。
でも発掘であれば神子主導でやってもよい事業だと思うのだけれども……神子にすら知らせたくない? アイテムを懐に入れたいだけなら可愛いもんだけど、もしそのアイテムを使って何かをしようとしているなら、相当によろしくないことになりそうだな……ただの水質調査がどうしてこうなった……!
ともあれここでグチグチ考えたところで答えがわかるわけもない。さっさと進んで捕まっている人に事情を聞いた方が早いし確実だな。
そう結論付けて足を踏み出そうとしたその瞬間。
「ぎゃはははははあアアああっ!!」
「ヒエッ!?」
「「!??」」
悲鳴とも取れるような大きな笑い声が響いて思わずたたらを踏む。
待って何これ怖いんだけど!? けど行かないわけにもいきませんよねぇ!
「れ、レグルス、リーゼ、警戒をよろしく……」
「お、おう……」
「うん……」
わたしたち全員おっかなびっくり、ある意味モンスターよりも警戒して進んだその先には。
鉄格子が嵌った小部屋――牢屋が並んでいた。
「ひゃ、ひゃは、ヒャハハハハアアハッ!」
「くそ……っ、薬が切れたか……!」
「こっちまで気が狂うよ! 黙らせてくれよ!」
「出来るわけないだろ!」
「うう、どうしてこんなことに……」
一つの牢に大体五人ほどの人が詰め込まれている。全部で三十人くらいか。使用された形跡はあるのに空いている牢もあるので、もっと囚人が多かった時期もあったのかもしれない。
男女比は同じくらいで、男性は中年が多く、女性は若い人が多い。
そして種族は……二割が人間で、残りは他の種族で占められていた。これは地上の村人の八割が人間だったことを考えると偏っているように見える。
牢の中に人は居るけれど外に見張りらしき人は居ないことを確認してから、わたしたちはそろりそろりと皆の目に入る位置へと移動する。それに気付いた人たちが一斉に怯えたように身を固くした。
「……っ!? きょ、今日は来ない予定では……」
「そんな、嫌……死にたくない……!」
「いつもの面子と違う……新人か?」
見張りがたまたま居ないわけではなく常駐していないようだ。気になるセリフがあったけれども、それを聞き出すためにも慌てずにまずは信用を得るところから始めよう。
レグルスとリーゼに手振りで後ろに下がってもらうよう指示をしてからわたしは武器をしまい、両手に何も持ってないことを示すよう手を挙げ、威圧的に聞こえないように気を付けながら声を掛ける。
「皆さん、わたしはカシム村長の手の者ではありません。出来れば事情を聞かせてくれると助かります」
「何だって……?」
どよめきがそこかしこから溢れてくる。
しかし口先だけではやはり信用はしてもらえなく、一人の男性が疑うように声を上げた。
「しょ、証拠は?」
「……それを聞かれると困りますね。どうすれば敵じゃないと信用してもらえるのでしょう?」
わたしがアイロ村に来たばかりの神子だと説明したって、カシム氏に取り込まれていないとは限らないのだ。どうしようもないのではないだろうか……?
困った顔を見せると、ガンッと鉄格子を叩きつけながら別の男性が会話に混ざってきた。
「決まっているだろう、俺たちをここから出してくれ!」
「……すみません、出来ません」
「ちくしょう! ぬか喜びさせやがって……!」
「いや、村長の手下じゃないなら鍵は持っていないだろう。そこを責めるのは……」
……鍵は持ってないけれど、彼らを牢から出す手段はある。ピッケルで鍵か周りの壁を壊せばいいのだ。
けれども、その後の面倒が現時点では見ることが出来ない。男たちを閉じ込めた時と一緒だ。連れて帰ることも連れて行くことも出来ない。かと言って下手に牢から出して自由にさせるとモンスターに襲われるかもしれない。逆に牢の中に居ることで身を守ることが出来る状態なのである。
だからわたしは出せるとは言わず、申し訳ない気持ちを抑えながら黙っていた。
すると。
「ビャハハハハははハァ!!」
「っ!?」
またもや奇声が牢の中から響いた。




