どうしてパターンが似通うのか
「えぇと、差し出す、とは……婿にですか?」
「ん? ……まぁ、そうですな。愛人でも召使いでも何でも構いませぬが。必要とあらば何人でも」
……またこのパターンか! こんな駄目なところまでアルネス村と被らないでほしいなぁ!
確かに、婚姻はその地に人を根付かせると言う点において効果的だってのはわかるのだけれども!
いや、今回はアルネス村の時より酷い。
あの時は曲がりなりにも『立候補』だったのでエルフさん自身の意志が介在していた。どちらにせよわたしには迷惑だったのはさておき。
けれど、さっきカシム氏は『差し出す』と言った。
つまり……『人』ではなく『物』として扱っているのだ。
わたしが『婿』と聞き返した時に間があったし、『神子への貢ぎ物』くらいの意味だったのだろう。そこに差し出される人の意志が考慮されるのかと言うと……ないだろうね。
愛人だの召使いだの、あげくの果てには何人でも、だの……この人は一体わたしを何だと思っているのだろう?
自分がそうしているから他の人もそうに違いないとでも? 周りの人が止めないのはやはりそれが『アイロ村ではよくあること』だから?
……気に入らない、あぁ、気に入らない……!
叫び出したい衝動が駆け巡るけれども、まだグッと堪える。下手にプッツンして神子を敵に回すのも、可能な限り悪印象を植え付けるのも避けたい。せっかくの数少ない神子同士出来るだけ協力して行きたいし、仲違いすると創造神が悲しむだろうからね……。
わたしが堪えることで避けられるトラブルがあるのなら、そうするに越したことはないのだ。
「わたしは既に婚姻を結んでおりますので、そう言ったものはお断りします。愛人なども不要です」
「ほぅ? どのような者ですかな?」
……はい? そんなこと聞いてどうするの?
「我らがアイロ村には見目だけではなく、能力も優秀な者がたくさんおりますぞ。神子殿も、自分に最も相応しい者が欲しいとは思いませぬか?」
「……」
……へぇ? フーン? そんなこと言っちゃう?
そりゃまぁうちのフリッカさんより優秀な人は居るでしょうよ。むしろあの子、身体能力面ではポンコツですからね。魔法は中級者、モノ作りはまだ初心者だ。わたし自身まだまだなのであまり人のことは言えないけれども。
けれどもわたしは知っている。フリッカがどれだけ努力をしているか。わたしが教え始めて数か月であのレベルなら、十分以上のモノに達している。
人格も申し分ない。主張が控え気味で言いたいことがきちんと言えてないのではないかと言う心配はあるけれども、誠実なところはわたしも大いに信頼しているし、彼女もわたしを信頼してくれている。
そして、これが一番重要なところだけれども……わたしを、愛してくれている。欠点だらけの、未熟な神子と知っても。ヒトデナシであっても、なお。
愛のない結婚なんて絶対にごめんだし、相応しいかどうかを問うのであれば『むしろわたしの方が足りないのでは?』と思ってしまう程だ。
何故何一つ知らない状態でこんなことが言えるのか……。その上、明らかに神子の能力だけを欲している相手の提案に、どうして乗ると思っているの? 見え透いた侮蔑に気付かないとでも? 馬鹿にするにも程がある。
フゥ、と一つ息を吐き、腹に力をこめて、何度目かの拒絶をする。
「お断りします」
「……ですがねぇ――」
「わたしは、あの人を心の底から愛しています。離婚する気も、重婚する気も、もちろん愛人を囲う気も、一切、ありません」
笑顔で。ただし、よっぽどの愚鈍な者でもない限り気付かないはずもない、溢れる怒りと共に。
わたし自身が舐められるのは不愉快であってもまだ飲み込める。でも、フリッカまで貶されて冷静でいられる程に人間が出来ていない。そんな人間になりたいとも思わない。
トラブルは避けるに越したことはないと言ったばかりだって? ハハハ、いくらフリッカが聞いていないからって、黙っていられるわけがないでしょう? あぁ、本当にこの場に居なくて良かった。
立場的にここまでハッキリと否定をされたことがなかったのか、それとも単に小娘に反論されたことがなかったのか、カシム氏が一瞬息を呑んだ。
わたしたちの遣り取りを伺っていた周囲の村人たちも、シン――とどこか緊張したような空気に包まれる。
誰一人として言葉を発せない沈黙が流れる中、目を見開いていたカシム氏の眉が段々と寄り、口元が歪み、顔が赤くなり、プルプルと震えてきた。
ふむ、これは逆ギレしてくるかな?
いつでも応酬出来るよう身構えたのだけれども……爆発されることはなかった。
この場で唯一カシム氏を抑えることの出来る人の手によってストップが掛かったからだ。
「カシム、もう止めなさい」
「……っ。あ、兄上……っ」
「いくら何でも言い過ぎだ。リオンにも、その夫にも失礼だ」
夫じゃないです、とどうでもいい訂正はさすがに入れない。勘違い(まぁ一般的にはそう思っても仕方ないことだけど)しただけでわたしは嘘は言ってませんからね?
しかし、止めてくれて助かったと言う気持ちと、もっと早く止めてほしかったと言う気持ちがせめぎ合って複雑である。
「弟が無礼を働いてすまない、リオン」
カミルさんは座ったままではあったけれども、わたしに向けて大きく頭を下げて謝罪を述べた。
一番偉い人が、同じ神子相手とは言え頭を下げたことにどよめきが上がる。……当の頭を下げさせた本人は、カミルさんに見えないのを良いことにものすごく忌々しそうな、憎しみすら篭ったような目で睨みつけているのが丸わかりであるが。果たしてそれは兄が頭を下げたからなのか、自分のことのみを考えてのことなのか。
後ろはともかく、頭を下げたままのカミルさんからは悪意は伝わってこない。だからわたしは、たとえ当人に全く謝意がなかろうと受け入れることにした。
「カミルさん、頭を上げてください。……お酒も入っていたようですし、酔いのせいと言うことで今回は流します」
「しかし……」
「ただし……二度目はありません」
「……わかった。感謝するよ」
わたしが差し出した手をカミルさんが握ったことで、緊迫した気配はひとまず解けていった。
その間に顔を取り繕ったのか、カシム氏がいかにも申し訳なさそうな声と身振りでわたしに話しかけてくる。
「神子殿、出過ぎた発言をしてしまい申し訳ありませんでした」
「……いえ」
「お詫びにアイロ村の特上のお酒を召し上がってください」
相変わらず上っ面だけに聞こえるセリフだ。指摘したところで面倒なことが起きるだけなのでスルーしておく。
パンパンパンと手を叩く合図により、給仕さんが綺麗なグラスに注がれたお酒を持ってくる。それはレグルスとリーゼにも配膳された。
「ささ、グイっと」
さっきまでの怒りは何処に行ったのやら、いっそ気持ち悪いくらいにニコニコと笑いながら勧めるカシム氏。
それにしても、酔いのせいで失態を犯した……と言うことになったのに、それでもお酒を薦めるなんてどんな面の皮してます? 随分と厚そうですね?
わたしは仕方なく器を手に取ろうとして――やめた。
目線だけでレグルスとリーゼに合図を送ってから辞退をする。勧められたモノを断るのは無作法? 知りませんね。
「すみません、わたしたちはお酒は苦手なので……」
「……っ。大丈夫です、大変に美味で、飲みやすいお酒ですので。せめて一口だけでもどうか……」
『そんなに美味しいなら是非ご自身で飲んでください』と言うのは止めておいた。
まだ『知らないフリ』をしていた方が良さそうだ。
「……では一口だけいただきます」
……はぁ、こんな睡眠薬入りのお酒飲ませて、何する気なんだコイツ。
まだ万能耐性薬の効果が残っているし、これくらいなら大丈夫だけどさ……。
なお、この場にフリッカが居たら愛の告白に喜んだと思います。




