アイロ村の光と影
「入ってすぐが兵士たちの待機兼訓練場だよ。しばらくすると居住区に入って、そこから東が畑、西が生産区で――」
わたしたちはカミルさん自らの案内を受けながらアイロ村の大通りを歩いて行く。ラクダは二頭しか用意してなかったこともあり徒歩だ。ちょっと乗ってみたかったな。
カミルさんもわたしたちに合わせてラクダから降りて歩いている。……言動の節々から人の好さが滲み出ているんだよなぁ。出来れば疑いたくないけれども、その判断を下すのはさすがに時期尚早だ。
あと見た目が二十代のせいか言動も若々しく見える。会話をしていると『ちょっと年上の気のいいお兄さん』みたいな感覚になってくるのよね。わたしよりは落ち着きと言うか、雰囲気に貫禄があるけどさ。
なお、カシム氏は「歓迎の準備をして参ります」と一言残して、ラクダに乗って先に帰って行った。あまり顔を合わせていたいとも思ってなかったので助かった。護衛は残っているから気を付けなければいけないのだけれども。
……単に仕事なのか、わたしがアイロ村で偉い人であるカミルさんと普通に話しているのが気に喰わないのか、別の理由があるのか……ウルが居なくなっても刺すような視線が未だに向けられている。居心地が悪いったらありゃしないけど、顔に出さないくらいの分別はある。
「ところで、この村はとても広いですが、どれくらいの人が住んでいるんですか?」
「そうだね……今現在の細かい数はわからないけど千は超えているよ」
千超えか。多いなぁ。村が大きいわけだ。
「リオンの所はどうなんだい?」
「あー……えっと、わたしは旅が多いので村を治めているわけじゃなく……」
「……あぁ、創造神様のご指示で世界を巡っているんだったね。大変だろうに、是非ともうちで骨休めをするといいよ」
主にわたしとカミルさんの間で雑談を交わしながら進んで行くと居住区に入ったのだろう、似たような家屋が連なっている。
ふむ、平等にするためにデザインが同じなのかな。それとも機能を重視しているだけかな。見た目は普通だけどガッシリとしているし、壊れている建物もない。きちんと管理されているようだ。
居住区のせいか人が多い。道往く人々がカミルさんに声を掛けていくし、カミルさんも機嫌良く対応している。普段からこうでなければ見られない光景だろう。
わたしたちに関しては後できちんと場を設けて発表するのか「僕の客だよ」くらいにしか説明していない。まぁ神子と言われたら騒ぎが大きくなりそうだから正しい対応だね。
「カミルさんはすごい人気ですね」
「ありがたいことにね。僕が神子だからかもしれないけれどもさ」
「……いえ、神子云々は関係ないと思いますよ」
「?」
わたしは辺りを見回す。村人たちは生き生きとしているし、カミルさんに向ける感情はとても優しい。
決して『神子だから』と言う理由だけではありえない光景だ。
「カミルさんがこの村で真摯に行動してきたからでしょう。決して地位だけでは得られません」
一方のわたしは駄目だ。どうしても感情が先に立ってしまう。好きな人は贔屓したくなるし、嫌いな人はどうでもよくなる。こんな大勢の人に損得抜きに好かれることはまずない。ついでに言えば、モノ作りに比重を傾けすぎて呆れられる予感もするのだ。
だから、それを成し得たカミルさんをわたしはお世辞でなく尊敬する。
「……はは、同じ神子にそう言ってもらえるのは面映ゆいね」
照れたように頬を掻くカミルさんに、一切の裏はないように見えた。
畑と生産区、どちらを見るかと尋ねられて、わたしは生産区を選択した。アイロ村は広いので、畑はまた後日となった。
生産区にも多くの人が居て様々な仕事に従事している。建材を加工している人、衣服を縫っている人、料理を作っている人エトセトラ。
先程から良い匂いが漂ってきてついお腹を押さえてしまう。レグルスなどは今にも涎を垂らしそうだ。
「カシムが晩餐の準備をしているから、もう少し我慢してくれ」
「い、いえ、だいじょうぶですヨ」
クスクスと笑われながら言われて、赤面するシーンもあったり。
どこもかしこも村人たちがモノ作りに励んでおり、これはとても大きな創造の力となる。
本来であれば、わたしもこのような状態を目指すべきだろう。
うぅん……いい加減あまり選り好みしないで拠点の住人を増やしていくべきか……でも増やしたところで作成スキル頼りなわたしは料理以外ロクに教えられないからな……。かと言ってすでに技術を持ってる人を引き抜くのも駄目だし。
考え事をしていながら歩いていたせいか、道の端、地面からぞろぞろと人が出て来た時にギョっとしてしまった。正確には地面に空いていた穴から出てきていたのだが、見えてなかったのだ。
リーゼに小声で「どうかした?」と聞かれたけれども「何でもないよ」と答えておく。単にビックリしただけで不審な点があったわけではないんです。
「えっと、彼らは……?」
「地下水路の工事担当だよ。住人が増えているから水路も拡張しないと水が行き渡らないんだ」
なるほど、と頷き、もう一度出て来た人たちを見て……視認したとある物に、目を疑った。
彼らは皆一様に同じ服を着ている。飾り気の一切を排除された、ただただシンプルな服。工事のせいか薄汚れており、端が擦り切れたり穴が空いている物もある。
彼らは種族が多種多様であった。人間は三分の一くらいで、残りはエルフや獣人、わたしがアステリアに来て初めて見るドワーフも居たりする。……一人だけだが、リザードも居る。
それだけならそこまで疑問に思わなかったかもしれない。しかし。
彼らは皆……足首に、隷属の鎖を、嵌めていた。
隷属の鎖は、首輪のように爆発機能は備えていないが、着用者の行動を制限することが出来るアイテムだ。具体的には脱走しようとした時にすごく重くなる。
ゲーム時代……狡猾なモンスターに捕まったレジスタンスのメンバーに嵌められていたのを思い出す。
――奴隷として。
わたしの頭が、一瞬にして冷えて行った。
呆然として動きを止めたわたしが注視している物に気付いたのか、カミルさんが困ったように補足を入れてくる。
「誤解をしてほしくないんだが、彼らは犯罪者なんだよ」
「はん……ざいしゃ?」
「残念なことに、人が多くなるとどうしたってトラブルは増える。彼らは不当に誰かを傷付けたり、物を盗んだりしたから、強制労働の刑を課しているんだ」
……罰の一種と言うことか。
確かに、悪いことをしておきながら裁かれないのであれば、悪いことがし放題になるし、被害者だって黙っていられないだろう。
罪には罰を。秩序を守るためには大事なことだと思う。
「よほどの大罪を犯さない限りは、規定の日数分働いてもらった後に解放している。それでも君は酷いと思うのかい?」
アイロ村とて無限の資源があるわけではない。拘束だけしてタダ飯を食わせるのは厳しいだろう。
働きたくない人がそれ目当てでわざと罪を犯すかもしれないし、かと言って何でもかんでも処刑をしていたらあっという間に人手がなくなってしまうし、そもそも人が寄り付かなくなってしまいそうだ。
であれば、罪の重くない人は動けるようにして何かしらの労働を行わせるのは理に適っている。日本の刑務所だって受刑者たちは作業をしているのだし。
彼らは確かにややボロい服を着ているが、見える範囲に虐待されているような痕もないし、食事を与えられずやせ細っているわけでもない。……まぁそもそもアステリアにどこまで人権と言う意識があるのかわからないのだけれども、扱いとしてはそこまで悪くはないように見える。
この状況でわたしに口出し出来ることはないし、必要もない……はずだ。
「いえ……そう言う事情であれば、納得です」
わたしの回答にカミルさんは小さく息を吐いた。
いくらカミルさんが先輩とは言え、神子の上には神しかいない。
つまりわたしたちは同格なのだ。
見解の相違で争うことになったら非常に厄介なことになる。それを回避出来て安心したようだ。わたしだって出来れば敵にはしたくないので、妥当な理由でホッとしている。
しかしそれはそれとして、もう一つ気になる点が出て来た。
「リザードと争っているのは、何か関係していますか?」
強制労働者の一団に一人だけ混じっていたリザード。
実は彼がリザードの中でも偉いヒトだったりしないだろうか、なんて。でもそのパターンだったら外には出さないようにするかな。
「……そもそもの始まりは、やはり彼らがこの村で暴れたことなんだ」




