神子との初遭遇
空けられた道の先から、派手な布を使用した鞍を身に着け、優雅に日傘を立てた二頭のラクダがやって来た。神子が来たと言っていたのだから、乗っているのは当然神子なのだろう。
結論を補強するように、ラクダの周りを重装備の護衛が取り巻いており、物々しく見える。……敵扱いされたらやだなぁ。
「……これまで見て来たどの村より豪華だなぁ。神子だとあれくらい必要なのかしらん」
「必要な時もあるのかもしれませんが……リオン様は今のままの方が好ましいですね」
「それは単に似合わないだけでは……?」
威厳を出すために着飾った自分を頭に思い浮かべ、絶対に似合わないわ……と却下する。フリッカも苦笑するだけで否定してこないのは、自身でもそう思ってしまったからなのだろうか。うぬぅ、そのうち何か作ってみるか……?
周囲の村人に聞こえない程度の声量でボソボソとしゃべっているうちに、ついにラクダが目の前まで辿り着いた。
一人の男性がゆっくりと降り、目が合った瞬間……説明されるまでもなく理解する。
あぁ、この人が神子だ。
日避けのターバンに、アラブ系の民族衣装を彷彿とさせる白を基調とした上下の服。腰や肩には複雑な模様が描かれた布が巻かれている。
中肉中背。髭はなく見た目は二十代半ばくらい。焦げ茶の髪に赤味掛かった茶色の目。アルネス村のエルフほどではないけれども、なかなかに整った顔立ちだ。
そして……否応なく感じ取れる、創造の力。こればかりはもう、わたしが神子だからわかる、としか言いようがない。
わたしが理解したようにあちらも理解したのだろう。フッと肩から力が抜け、口の端をあげて笑みを形作った。
「一応、確認しておこうか。君たちは攻めてきたわけじゃないんだね?」
「はい。リザードと争いがあることすら初めて知りました」
「それを証明出来る物は?」
「……ありませんが、わたし……神子リオンとその一行は、創造神プロメーティアの名に懸けて無関係だと誓います」
証明出来るモノなんてあるわけがないから言葉だけで信じてもらうしかない。
アステリアにおいて創造神は全ての民から信仰されている。だから、創造神の名を出して嘘を吐くことは決して許されない。
アルネス村の時と同じことをしてしまっており、苦い思い出が蘇るけど……ないものはどうしようもないんです……。
「いいだろう。神子カミルの名の元に、君たちは無関係だと認めよう。皆、武器を降ろしてくれ。仕事中の者も持ち場に戻るんだ」
わたしの前ではどれだけゆるふわお姉さん風な神であっても、創造神の名を出した判断は正しかったようだ。
神子――カミルさんがパンパンと手を叩くと剣呑な空気は霧散していく。彼の鶴の一声でこうもガラっと雰囲気が変わるなんて、結構な信頼を得ているのだろうね。護衛の人はまだ警戒しているけれど、仕事柄仕方ない。
一体何があるんだろうと後ろ髪を引かれつつも集まっていた村人たちは散って行く。残るはわたしたちと、見張りの人たちと、カミルさんが率いてきた人たちだけになった。
ここに来てもう一頭のラクダに乗っていた老人の男性が降りてくる。
着ている衣装はカミルさんと大体同じなのに、纏う気配が違いすぎた。たるんだ顔、ゆったりした服の上からでもわかる膨らんだ腹、ジャラジャラと鳴るアクセサリは豪奢なのにいっそ下品に見えて。ザギさんの件で見た目だけで判断してはいけないと頭ではわかっているのだけれども、アステリアにおいて肥満であるのは怠惰の証でもある。太れるほど食べられないか、食べても運動でそこまで太らないパターンが大半だからだ。
そして……一瞬であるがニヤリと浮かべた好色な笑い。わたしの横でフリッカの肩がわずかに跳ねたのが伝わってきた。
……あかん、これだけでこの人は要注意人物だ。絶対にフリッカを近付けさせてはいけない。ウルとリーゼは自己防衛出来そうだけど後で注意しておこう。
老人の仕草に気付かなかったのか――背後だから気付きようもないか――カミルさんは特に反応を示すでもなく話を始める。
「まずは改めて、僕がこのアイロ村の創造神の神子、カミルだ。そして隣は弟で村長のカシム」
「……えっ? 弟?」
「僕は神子に成って三十年以上経っているからね」
あぁ、そうか。神子は不死ではなくても不老なんだった。わたし自身神子に成って浅いから全然実感がなかった。実例はこんな感じになるのか……。
しかし三十年か。大先輩だなぁ。是非とも色々聞いておきたいところである。
……友好的な関係を築けるのならば、だけれども。
わたしは視線を隣の老人、カシム氏に移す。
「神子殿、お初にお目に掛かる。儂がカシムでございます。兄カミルに代わり、村長として村の実務を取り仕切っております」
「僕はモノ作りは出来てもそう言う方面には疎かったからね。随分と助けられているよ」
「はは、何を言う兄上。助けられているのは儂らの方だ。兄上が神子で儂は鼻が高い」
わたしたちの前で和やかに会話をしている。至って普通の受け答えだし、仲は良好っぽそうだけれども……。
『……あの村では……人が消えまする……』
名もなき村の村長さんの忠告が呼び起こされる。
今もなお発生している、そもそも人為的に発生しているものとも限らないけれども、最悪この二人がグルで酷いことをしている可能性があるのだ。そこは留意しておかなければならない。村長はともかく神子の悪事を創造神が見逃すとは思えないけれども……非常に忙しい身なので見落としもあるかもしれないからね。
わたしは内心が表面に出ないようにしながら、自己紹介と、皆の紹介をして行った。
「歓迎するよ、リオン。君のことは創造神様からもお願いされているしね」
ちょいちょい抜けたところを見せる創造神ではあるけれども、根回しはちゃんとしておいてくれたようだ。これ以上は余計なトラブルは発生しなさそうだな。
……と、安心しかけたけれども、見事にぶち壊される。
「ただ、そちらのリザード種の彼女は駄目だ。村には入れられない」
「なっ……何故ですか? 彼女はわたしの仲間ですし、貴方達に敵対する意志なんて全くありませんよ?」
無関係だと認めてくれたのに、何で蒸し返すのか……!
わたしは反射的に叫びそうになるのを堪えて、理由を問い質す。
「確かに僕は君を信用した。君が信用している仲間であれば、彼女も信用出来るのだろう」
「だったら――」
「でも、村の皆を信用させるには足りない」
「……っ」
わたしは口を噤み、周囲に視線を走らせる。
護衛の人たち、近くで作業をしながらもチラチラこちらを伺う人。
……誰もが、険しい目でこちらを……ウルを見ている。
「僕はこの村の神子だ。皆の体だけでなく、心の平穏も守る義務がある。だから……リザード種は、入れられない」
カミルさんは済まなさそうな顔をしている。わたしたちに嫌がらせをするために言っているわけではないのだろう。
住人のためと言われてしまえば押し通すこともし辛い。どうしたものか……。
「リオン。悩まずとも良い。我は一度離れよう」
「う、ウル?」
「我は主を困らせたいわけではないのだ。だから、我のことは気にするな」
そう言ってウルは肩を竦めて手を上げた。口調にも表情にも無理をしている様子はない。ウルのことだから大きなダメージではないのかもしれない。
何をしたわけでもないウルが『リザードだから』と言うだけで不当な評価をされるのは許しがたいものがあるけれども……粘ったところで住民感情が悪化するだけになりそうなので、ここはウルの言葉に甘えよう。
でも一つ問題があるなぁ。
「あー……ウル一人で帰れないよね。どうしよう、誰についてってもらおう」
そう、ウルが帰還石を使えない(作れない)問題である。不甲斐ないことに未だに解決出来ていないのだ。
いつもわたしと一緒に行動していたから今までは問題がなかったのだけれども、拠点近辺ならともかく、こんな場所で別行動するとなってはいくらウルでも一人にはしておけない。
わたしが迷っていると、当のウルから指名が入った。
「フリッカ。すまぬが頼めるか」
「私ですか? ……わかりました」
む……ウルもフリッカも居なくなるのか。不安と言うか、何だか寂しい気持ちになってくる。大体どっちもか、どちらかと一緒に居たからね……。
村に入るのを拒絶されても平気そうだったウルが、わたしの微かな変化に気付いたのか苦笑をしながら、珍しく(ただし夜は除く)ウルの方から抱き着いてきた。
「ウル?」
「リオン。レグルスとリーゼもそのまま聴け」
わたしの耳元で、囁くように語り掛けてくる。別れを惜しんでいるように見せかけて、何か伝えたいことがあるようだ。
演技に合わせてわたしもウルの背をポンポンと叩く。
「決して気を抜くな」
「……神子が怪しい、と?」
「いや、そこまではわからぬ。ただ……この村からは変な臭いがする」
臭い……? 鼻をスン、と鳴らしてみたけれど、ウルの髪の匂いしかしなかった。当たり前か。
「レグルス、リーゼ。リオンを頼んだぞ」
二人は声は出さないながらも、目で了承の意を返す。
ウルは最後に、わたしを抱きしめる力を少しだけ強めてから身を離した。
こうしてわたしは、ウルともフリッカとも離れてアイロ村に招かれることになったのだ。




