箍はしっかりと確認しましょう
心に虚無感を抱えながらも「たとえ手遅れでもこれ以上踏み外したくないから、もしもの時は止めて欲しい」とウルにお願いをして、了承をもらい。
今度こそ寝るか……とのっそのそベッドに向かおうとしたところ、背中に躊躇いがちな声を掛けられる。
「……リオンよ」
「ん? 何、ウル。まだ聞きたいことがある?」
「いや、その…………すまぬ」
「へ?」
振り返ると、ウルは覇気のない目で俯いていた。眠い……とかじゃないよね。
「すまぬ、って……ウルは何かしたっけ?」
「……何かしたのではなく、何もしてない……出来てないと言うか……」
口をもごもごとさせてから、今にも泣きだしそうな気配をまとってわたしを見上げてくる。
「……リオンがひどく思い詰めておったのに、我は何もしてやれなかった」
「え? でも、ウルの指摘した通りに『今更』な悩みだったよね?」
わたしはとっくにおかしくなっていたことに『今更』気付いて。深刻と言えば深刻かもしれないけどそれはひとまず置いておく。
フリッカには散々迷惑掛けて、皆にも気を揉ませてしまって。
ここでウルにまで泣かれてしまったら、いたたまれないものがある。
「それでも我は……『力』以外で主の助けになれないのが……もどかしいのだ」
絞り出される言葉は、本当に悔しそうで。
まぁ確かに、今回わたしが落ち着いた一番の理由が『ウルが力づくで止めてくれるから』であるのだけれども。
力の部分だけでも十分以上に恩恵を受けている。それ以外に何も出来ていないなんて気に病む必要はない……と言っても納得はしないだろうね。
……そもそも、ウルが力以外でわたしの助けになっていないだなんて、そんなことは絶対にない。
「ウル。以前きみに言ったと思うけど」
「……?」
「きみが居てくれる。ただそれだけでも、わたしは本当に助かっているんだよ」
わたしは神子としての力は持っていても中身はただの人間だ。独りだったらとっくに潰れてしまっていただろう。
怒っても、呆れても、見捨てないでいてくれる。我慢しているわけでもなく、自然体で。
フリッカもだけれども……独りじゃないことが、わたしと一緒に居てくれる、生きてくれることが。
本当に……かけがえのない、大切な。
「だから、わたしからきみに言うことがあるとすれば……それは『ありがとう』だよ」
目を見張るウルの額に、わたしはそっと口付けた。
……って、何をやってるんだわたしは!?
我に返ってウルを見てみれば、おでこに手を当てて呆然としている、ように見えた。
そうだよね、びっくりしたよね、ごめんね!
フリッカにいっぱいされたせいで、ここも感覚がマヒしてた……!
「あの、その、これは……特別な相手のおでことかほっぺとかにする、親愛の証みたいなものでね……?」
「……ふむ?」
間違ってはいない、欧米ではよくあることだ! アステリアでは知らんけど!
「リオン」
何?と返事をする間もなく。
襟元を引っ張られて、頬に、微かな感触が。
……えっ。
「? 特別な相手にするものなのだろう?」
「……ソウダネ……」
ウルはあっけらかんとしていて、わたしの方が込み上げてくる恥ずかしさを抑えるのに精一杯で。
ハッ――と慌ててフリッカの様子を窺う。
さっきも妬かれてしまったのだ。目の前でこんな光景を見せてしまったらどうなるか――と戦々恐々としていたのに。
当のフリッカは、とても微笑ましいものを見るような顔をしていた。
……そう言えばフリッカさん、常々『二番目でいい』とか言ってる特殊タイプでしたね……助かった。
いや、助かったって何だわたし、最低か!
しかし……何も知らない無垢な子に、おかしなことを教えてしまったような罪悪感があるよ……?
でも教えてしまったものは仕方ない、せめて人前ではやらないように言い含めておこう……。
村を抜け出したことに気付かれたくなかったので明け方に戻るつもりではあったのだけれども……爆睡してしまい、起きた時にはしっかりと日が昇っていた。
もうついでとばかりに朝食をガッツリ食べることに。……昨夜の夕飯を全部リバースしたせいもあってめっちゃお腹が減っていたんです。
さすがに地神への報告の時間まではなさそうなので次の機会にして、今度こそ村への帰還石を使う。
『教会の中に出ないかなぁ。せめて目立たないようにしたいなぁ』などと思いながら使用したせいか、いつもは創造神像の前に出現するのに、今回は裏側に出現したのだった。ふむ、こんなことも出来たのか。
村が復旧作業でバタバタしており、襲撃で主に壊された場所と離れていたからか、幸いにして目撃者は居なかったようだ。バレなくて一安心である。
わたしたちも合流して復旧を手伝うことに。ウルには大きなモノを片してもらって、フリッカには各種ポーションを渡して回復に務めてもらって。当然わたしは壊れたモノを修理または新しく作り直す役だ。
途中、何度かキリク少年と目が合っては恨みがましい目で見られ、ウルに追い払われ、を繰り返したりもしたけど。……彼も懲りないと言うか何と言うか。それとも一晩である程度スッキリしたわたしがおかしいだけだろうか。まぁ比べるようなものでもないか。
ウルには感謝を篭めて頭を撫でておいた。
「葬送? わたしがですか?」
お昼ごろ。村長さんに呼び出されて、そのようなお願いをされた。
「はい。ご存じかと思いますが、遺体を燃やし灰を清めないとゾンビやゴーストになってしまいますので……。よろしければ神子様にやっていただきたく」
……ご存じじゃなかったです。とはおくびにも出さない。
そう言えば……砂漠マップってゾンビやらゴーストやらのアンデッド系の出現が多かったっけ。
ダンジョン、特にピラミッドとかの遺跡系になると、そこにマミーやリビングアーマーが加わったりもする。
ピラミッドでありがちなモンスターだし、単にそんな設定ってだけなのかと思ってたけど……土地柄なのかなぁ?
どうしたものかな、と頭をガリガリと掻く。
ゲーム時代でも葬式をやったことがない、と言うのもある。そして……死人はともかく、生きてる人の一部から恨まれてるわたしがやっていいものなのだろうか。
葬式はアステリアにおいては死人がアンデッドとして活動しないため、も理由の一つみたいだけど、残された者が少しでも心を慰めるためにやるもの、みたいな意識があるのだ。燻らせている不満に火を点けて回る行為になったりしないのだろうか、と不安が頭をもたげる。
「……キリクが随分とご迷惑をお掛けしているようで申し訳ありません。あやつもわかってはいると思うのですが……」
「……あはは……」
わたしは擁護をせずに曖昧に苦笑するだけだった。……会う度に睨まれてグサグサ刺されてるのは事実だからね。
考えた末に、わたしは引き受けることにした。
ただ準備があるので夕方前にしてもらった。村側でも準備があるとのことでこれは了承された。
準備のために教会に引っ込みます、と言いおいてまたこっそりと拠点に帰る。残していっても困りそうだったのでウルとフリッカも一緒だ。
作業棟まで連れ立って歩いていたら、地神とばったり出会った。
「おや? もう帰ってきたのかい?」
「アイテムを作ったらまたトンボ帰りですよ」
わたしの顔を見るなり首を傾げてくるので、軽く今日のことを説明する。
説明をしてから、ふと思った。
「地神様にやってもらった方が良いのでしょうか?」
神子よりも神の方が皆納得するのではないだろうか、そう考えての提案だったのだけれども……やんわりと拒否されてしまう。
「悪いがまだ本調子じゃないからね。地域の浄化が終わってない状態で行くとまた調子を崩してしまいそうさね」
「……それは困りますね」
確かに、ちょこちょこ浄化はしているものの、まだ汚染されている場所の方が多いのだ。地神が足を踏み入れるには時期尚早か。
諦めて当初の予定通り自分でやろう。そのためにもアイテムを作らないとね。
何やらお仕事をしているっぽい地神とは別れ、改めて作業棟へ。
「ところで、何を作るのだ?」
「聖属性の火と水、かな」
ウルの質問に、これから作るアイテムの構想をしながら答える。
遺体を燃やすのに火が必要なのは当然として、灰の清めは……まぁ聖水でいいかな?
「となると、いつも通り私が魔法を篭めれば良いのでしょうか」
フリッカが手をあげる。
わたしのせいで聖火の魔法はもうお手の物なのだろう、特に気負いもなく言ってくる。……酷使してホントごめんね!
でも今回は少し思うところがあって、わたしは首を横に振った。
「……いや。今回は、わたしが創るよ」




