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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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越えたくない一線

 動物は良くて、ヒトは駄目。それは普通に考えれば誰もが納得する話だとは思うのだけれども……。

 もしやこれはあれか、倫理観の違いなのか……?


「いえ、少なくともアルネス村でも、理由もなく傷付けたら罰せられましたよ」

「で、ですよね」


 ビックリした。

 住むところが異なれば考え方だって異なってくる。平和な日本と一緒であるはずがないとわかっているけど、何してもオッケーだぜヒャッハーな世紀末なのかと一瞬思ってしまったよ。神様に終末認定されてそうだけどそれはともかくとして。

 ホッと一息吐いたのも束の間、答えていなかった質問が再度なされ、唸ることになる。


「違い、違い……ヒトとは意志疎通が出来るから、とか……?」

「確かに動物とは意志疎通が出来ませんが、出来ないだけで意志そのものはありますよ?」

「……それは、そうだけども」


 うちで育てている動物たちも、最近は世話係であるフィンに懐いているようにすら見える。きちんとフィンを認識しているからだろう。

 あの子たちも今は数を増やしたいから肉にしていないだけであって、増えれば食べる気満々であった。実際にその時になっても愛着が沸いて殺せなくなる可能性は大いにあるけれども、それはそれとして素材たべものに見えてしまうのに変わりはない。


「意志疎通の可否が判断基準であるのでしたら、ゼファーやジズーはどうですか? 素材に見えますか?」

「………正直な話、見えてました……」


 ゼファーは最初の頃なんて、『何かあれば鱗と皮を剥いで焼肉コース』と言いつけてたけど、あれは本気だった。思ってた以上にゼファーに理性と知性があったのでそんな事態にはならなかったのだけれども。

 ジズーの場合なんて会話すら出来たパターンなのに、あの羽根が素材にしか見えなかった。

 素材に見えてしまうのに何もしないのは、意志疎通が出来る相手にはそうしたくない、と言う感情があるからだ。ゼファーは現在ではペットのようなものなので、更にその意識は薄い。ジズーは力の差がありすぎて出来ないと言うのはさておき。

 でもこの二体は『モンスターだから』って前提があるので、あまり比較対象にはらない気がする。


「モンスターであるかないか、ですか」

「それもあるね」


 わたしにとってモンスターは倒すものであり、素材にするものであるからだ。この点に関しては住人と大して意識に差はないはずだ。


「でしたら……私、エルフですが、あの村の人間ヒューマンと違いはありますか?」


 んん……? 人間とエルフ……?

 そりゃまぁ細かな違いはいっぱいあるだろうね。見た目に寿命に得意分野に。でもフリッカが聞きたいのはそんなことではないだろう。

 わたしの中の扱いで言えば、人間もエルフも差はない、と思う。

 その答えにフリッカは一つ頷いてから、またも(わたしからすれば)とんでもない発言をする。


「リオン様。そもそも私たちは……少なくともアルネス村では、死ねば素材になりますよ?」

「…………ハイ?」


 エルフが……素材、だって……?

 ……まさか、エルフの血やら心臓やらが不老長寿の妙薬として人間たちの間で流通してる、とか……?

 などとファンタジーの闇にありがちなことを思い浮かべたけれど、全く関係ない話であった。万が一そんな話だったら、(見た目上は)人間ってだけでわたしはアルネス村から追い出されてましたよね、ハハ。


「アルネス村では、亡骸は地に埋められます。そして森の糧となるのです。これはリオン様が普段作っていらっしゃる腐葉土と同じようなものではないですか?」

「それは……っ」


 違う、そう言おうとしたのだけれども。

 効果だけを見れば……確かに同じなのかもしれない。


「さすがに『モンスターと違わない』の言葉は避けた方が良いと思われますが……突き詰めれば、この世界の全ては素材になるのではないでしょうか」

「――」


 否定が、出来なかった。

 ヒトを素材として見るのは嫌だと、あれだけ盛大に吐いておきながら。

 ……結局は、素材なのだと、認めてしまったようで。


 あぁ、わたしは……どうしようもないひとでなし(・・・・・)なのか、と。


 『ここは日本ではない、異世界なんだ。日本と同じ倫理観で考える必要はない』と開き直ることも出来ず、半端に苦しんで。表面では取り繕う偽善者のようで。

 いや、生粋のアステリア人とて『あの死体が素材に見えます』なんて言われたらよっぽどドライな人でもなければ嫌な気分になるだろう。フリッカはわたしをフォローしたいからあえて軽く言っている、ような気は、する。


 気持ち悪さが蘇り、無意識のうちにお腹をさする。

 わたしの様子に気付いたフリッカが、困ったように眉尻を下げた。


「まだ納得いただけていないようですね」

「……出来ないよぅ……」


 弱々しい声で弱音を吐くと、フリッカはしばし顎に手を当てて考え事をしてから、改めてわたしに問う。


「リオン様。私は素材に見えますか?」

「ぶはっ……見えないよ!?」


 いくらなんでも生きているヒトが素材に見えたことはないなぁ!

 ……死んだヒトを見て初めて、そう思ってしまったから、ここまでショックを受けているのだし。


「では、私を……いえ、私に限らずですが、誰かを害してでも素材にしたいと思う気持ちはありますか?」

「そんなの思わないよ!!」


 あんまりな質問に、思わず激昂して立ち上がり叫ぶ。

 ……叫んでから、フリッカに当たることではない、と我に返ってシュンとなった。

 合わせる顔がなくて俯いて視線を落としていると柔らかい手が触れてきた。……どうやら気分を害してはいないようで安心した。

 そのままゆるゆると頭を撫でられていたら、穏やかな声で諭される。


「そう言えるリオン様は、決してひとでなしではないですよ」

「……でも……これから先も、そう思わないとは限らないよ……」


 今はまだ大丈夫だとしてもこの先、ふとした拍子に箍が外れてしまうことだってあるかもしれない。

 例えば……ヒトの心臓が蘇生薬になるのだとしたら?

 この例はいくら何でも極端で荒唐無稽だけれども、ヒトが素材として『有用』だと知ってしまったら。他に代替がなければ。

 出来上がるアイテムと天秤にかけて……自分にとって『嫌いなヒト』を素材にしてしまったりするかもしれない。


 『たられば』を考えて怯えたってどうしようもないのはわかっている。

 でも絶対にないとは言い切れないほど、わたしは……わたしの理性を信用していないのだ。

 何せ今までの人生において、ヒトが素材に見えたことなんてなかったのだから。

 思いもよらない変化がすでに起こってしまったように、同じようにいずれ『ヒトを素材にしたい』と言う変化が起こる可能性だってあるだろう。


「ではリオン様、こうしましょう」

「……?」


 ずっと頭を撫で続けてくれていたフリッカが、さも名案を思い付いたかのようにポンと手を叩いた。

 温もりが離れてしまったことが名残惜しく顔を上げたら、フリッカは至極真面目な表情で、冗談には聞こえない声で、思わず耳を疑いたくなるような発言をする。


「どうしても我慢出来なくなりましたら、私からにしてください」


 ……ん? 今……何て言った?

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