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終末世界の開拓記  作者: なづきち
第四章:熱砂の蹂躙された眠り

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不穏な気配

 失礼ながらも、村長宅と言うにはややボロ……もとい痛んだ家に招かれたわたしたち。来客用の部屋に通され、あまり使われていない……のではなく隙間風の問題なのだろう、石畳に敷かれたゴザのような物にわずかに積もった砂埃を払ってから座る。……スライムクッションに慣れた身としてはお尻が痛いのだけれども、ここで出すのはちょっと憚られた。

 村長さんはお茶を用意しようとしてくれたけれども断り、わたしの方から差し出す。村長さんだって疲れているだろうし、すでに作られたやつがアイテムボックスにあるからね。出来たての美味しさはないのだけれどそれでも十分に美味しかったのか、大変恐縮しながらも受け取った村長さんはしきりに目を丸くしていた。まぁうちの植物には地神の加護がありますから?

 温かいお茶を飲んで一息吐いたことでわたしの体に熱が巡ってきた感触がある。そこまで冷えてしまっていたのだろうか。フリッカが心配をするわけだ。

 わたしとしてもゆっくりしたいところではあるけれども、手っ取り早く済ませてしまおう。本来なら村長さんはモンスター戦での被害状況をまとめて後処理をしなければいけないのに、神子わたしの対応に手を取られてしまっているのだから。


「まずは改めてお礼を申し上げます。我らが村の危機に手を貸してくださり、誠にありがとうございました」

「……いえ、どういたしまして」


 先ほどのキリク少年とのことを思い出し、爽やかなお茶を飲んだはずなのに口に苦いものが広がったような錯覚に陥る。けれどそれらを村長さんにぶつけるわけにもいかず、素直にお礼を受け取るだけに留めておいた。

 すると村長さんは何やら顔をしかめ『え、何か反応がダメだった?』と内心でビクついていたのだけれども、続けられた言葉は予想外のものだった。


「それで、その……お礼はいかほど渡せば良いでしょうか……? 何分、我らの村は豊かではないのであまり差し出せるものがなく……」

「え? 要らないですよ?」

「えっ?」


 わたしの言ったことが理解出来なかったのか、村長さんはカパっと口を開けて固まった。

 うぅん……? そんなに意外なことかな……?


「キリク君が言っていたじゃないですか。神子わたしにとっては住人あなたたちを助けるのも仕事の一つですよ。……救えなかった人も居ましたが」

「……それは……」


 村長さんが言い淀んでしまった。皮肉を言うつもりではなかったのだけれども、傍から見ればどう解釈したところで皮肉にしかならなかったかもしれない。反省。

 でも事実なんだよなぁ。……あ、もしかして。


「えっと、わたしたちはこの近辺に他の神子が居ると聞いて足を運んだのですが……ひょっとしてその神子は対価を要求する人でしたか?」


 神子は住人のサポートをしなければならないのだが、過去のアルネス村での神子のような例もある。(おそらく)すぐ近くに神子が居るのにわざわざ分かれて住むのは、神子に何かしら問題でもあるのではないのだろうか、と言う予想だ。もちろん神子じゃなくこの人たちの方に問題がある可能性だってあるけどね。

 だってこんな砂漠の中なのだ。クアラ村のように海の資源があるとか、アルネス村のように森の資源があるとかならともかく、ポツンとあるのは不自然に見える。来たばかりのわたしが知らないだけで地下もしくは近くに資源があるのかもしれないけど……そうだとしたら村長さんの家に隙間風が吹いているような事態にはならない、はず。

 いやまぁ、神子だって対価を要求したっていいのだけれどもね。モノを作るのだってタダではなく、素材とかMPとか消費するのだし。でも村長ですらこんな寂れた家に住んでいるのだから、わたしだったら要求はし辛い。

 わたしの質問に、村長さんは慌てて手を振って否定した。


「い、いえ、あの神子様は良い方でした」


 否定はしているけれども視線が泳いでいる。これは他の理由がありそうだね?

 無言で催促をすると、隠しても仕方がないと悟ったのか、俯きがちに訥々と語ってくれた。


「神子様は良い方なのですが……その村の長――神子様のご家族が、少々……いえ、かなり……」

「あー……」


 自分の血族に神子が居ることを笠に着て、良いように権力を振りかざすパターンかー。

 神子はモノ作りのスペシャリストではあっても万事に精通しているわけではない。わたしみたいに政治とかリーダーシップとかに疎い場合は、それが得意な人が代理で行うことはもちろんアリだろう。それでお目こぼしをもらうのは、多少ならまぁアリだとも思う。

 けどこの村長さんの口ぶりからすると、結構な問題がありそうだねぇ……神子がピシっと締めてくれればいいのだけれども、身内に甘いのかもしれないな。

 そのようなわたしのぼやきが聞こえていたのか、村長さんが訂正を挟んでくる。


「おそらく……なのですが、神子様はご存じないのかもしれません」

「……えぇ……?」


 そんなバカな。神子であれば村人からあれこれ話を聞くはずだ。悪評を一切耳にしない、なんてことはないのでは?

 それともわたし以上にモノ作り狂いで、モノ作り以外に全く興味を示さないパターン? いやでもだとしたら『良い方』なんて評価も出てこないよなぁ。

 これから行く村であるし情報は出来るだけ仕入れておきたい。不穏なモノであれば尚更だ。わたしはもっと詳しく、と村長さんを促した。


「あの男には裏の顔があり、それを一切神子様には見せていないのでしょう」


 表の顔では無難に村長を務めているが、裏では色々とやっているらしい。私腹を肥やすだけなら優しいもので、見目麗しい娘を寄越せと言ったり、逆らおうとした者には反逆罪で強制労働の刑を課したり。

 神子には常に村長の手の者が護衛かんしとして付いており、それらを何とかしてほしいと嘆願しようとした人も何のかんの理由を付けられて捕まったとか。


「普通に……いえ、従順に暮らしていれば知ることはないのかもしれません。多くの村人は平和を享受していることでしょう」


 村長としての采配は悪いものではないらしい。オアシスを活かして水路を作成し、大きな村でありながらも隅々まで水を行き届かせ(まぁ作ったのは神子だろうけど)、食料もしっかりと確保し、モンスターに負けない精強な兵達を作り上げ。

 確かにこれだけ聞けば問題はなさそうな感じだ。そもそも神子が居る、と言うのもあるのだが、噂を聞きつけた近隣の村人が集まり、どんどん村は大きくなっていったとのことだ。

 しかし。


「我らは知ってしまいました。娘が取られてしまった者、父親が捕まってしまった者……それぞれの理由で耐えきれず、あの村から逃げ出しました。この近くにも小さいですがオアシスはありますので、辛うじてではありますが生きてはいけます」


 なるほど。

 彼らが神子の庇護を得ようとせず、このようなところに住居を構えているのも頷ける話である。

 ……まぁ、この人の一方的な話であるので、事実は違うのかもしれない。全てを鵜呑みにするのは危険だろう。

 ただ、隣のウルをちらりと見てみても『嘘ではないか?』と言う疑念を持っているようには見えないので、無視出来ないけれどもね。


「大体二十年ほど前の話ですので、ひょっとしたら今は変わっているかもしれませんし、さすがに神子様である貴女に手を出すとは思えません。しかし……」


 ここまでなら(わたしの場合は実話ではなく物語で)よく聞く話なのだけれども、一つ、気になることを村長さんはポツリと漏らした。


「気を付けてくだされ。……あの村では……人が消えまする……」


 その時のわたしはそれを、村長派に捕まって投獄されている、もしくは最悪()されている、と思ったのだけれども。




 ――後に知った事実は、もっと、遥かに酷いものであった。

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