撃退完了……したのだけれども
フリッカはまだ少し顔色が悪かった。無理を押して来てくれたようだ。体は大事に、と言いたいところだけれども、助けられた身であるので素直に感謝を述べるだけに留めておこう。
「まだ怪我人が居るみたいだからわたしは治して回るけど、フリッカは――」
「私はリオン様の護衛をします。……リオン様はご自身を二の次にする悪癖があるようですので」
「うぐ……ご、ごめん」
村人と協力してもらって壁の内側のモンスターの掃討をお願いしようとしたら、被せるように先んじられてしまった。
別に自分が大事じゃないわけじゃないんだけど、冷静さを欠いてしまっていたのは自覚しているし、先ほど失態を見せたばかりなので全くもって言い訳も出来ない。ここは謝るしかない。
ま、まぁ、下手に分かれるよりはわたしと一緒に行動しつつ倒してもらった方が安心ではあるか。
「じゃあどんどん行こう。混戦してるから間違えて村人に魔法を当てないように注意してね」
「心得ています」
こう言う時のためにフリッカにも近距離用の武器の扱いを覚えてほしい気持ちはあるけれども、如何せん彼女の運動能力からすると逆に持っている方が危ない。ショートソードを持たせたら自分を切りかけるし、殴る用の杖を持たせたら足に引っ掛けて転ぶと言う、目を覆いたくなるような有り様だった。
人には得手不得手があると言うけれど、ここまで極端なのも珍しい。せめて短縮詠唱が可能な補助アイテムでも開発して咄嗟に防御が出来るようにしたいものである。魔法剣とかいつか作ってみたいし……いかん思考が逸れてる。
軽く頭を振ってから、わたしはフリッカを引き連れて悲鳴が聞こえる方へと向かった。
「し、死ぬかと思った……助かった」
「すまん、あっちのヤツも治してやってくれ!」
「あがががが……しび、痺れが……っ」
怪我人の数がかなり多いのだけれども、壁の外側でウルが暴れてくれているおかげか(たまに大きな音が聞こえて皆ビクっとしてる)、内側に侵入して来るモンスターが激減しているようだ。こちらはこちらで地道に倒して数を減らしているので、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
この調子なら次第にケリが付くだろう、などと思ったのがフラグであったのか。
――ギジャアアアアアアアアッ!!
音圧で全身がビリビリさせられるほどの大きな咆哮が響き渡った。
「な、何だアイツは!?」
「デカい……スネーク……ドラゴン……?」
「突然現れたぞ! どう言うことだ……!」
砂煙を掻き分けて現れたのは、蛇のような、竜のような姿をした巨大なモンスターだった。
これまでに見たことがなかったのか村人たちは怯え、口々に戸惑いの声を上げる。
「リオン様、あれは……?」
「砂漠に出現するスネークとリザードの特徴を持ったモンスター……アンフィスバエナだね」
体長は七・八メートルくらいか。ここまで接近されるまで気付かないなんて砂の中にでも潜っていたのか? ウルは気付いていたのかな、気付いていただろうね。
双頭双尾の蛇であり、膨らんだ胴体には手足と翼が生えている。鈍重そうな見た目であるけれどもその鱗は固く生半可な刃では傷を付けられない。翼で空を飛ぶことも出来るし、それぞれの頭からは毒と酸の液を吐き出してくる。
普通に戦えばかなりの強敵だ。
パニックになる村人たちを尻目にフリッカを見ると、彼女は対照的にやたらと落ち着いていた。
「あれ、動じてないね?」
「……リオン様が慌てていませんので、大丈夫なのかと」
おっと、そう来たか。
まぁ確かにアンフィスバエナは強敵である。ゲーム時代はわたしも苦労した記憶があるよ。
砂漠で遭遇するから足場は悪いし、下手な武器は通じないし、空を飛んでは毒とかバッチイのを吐き出してくるし。
でも……それは普通に戦えば、ね。
悲しいかな、ヤツも瘴気を纏っていたけれども、その濃度は薄かった。
つまり。
「ウル!!」
遥か前方、崩れた壁の間から小さな背中が見えていた。
巨体のアンフィスバエナを前にしながら、逃げもせず、狼狽えもせず。堂々とした姿勢で相対していた。
その背の頼もしさに一瞬、アンフィスバエナより大きく見えたのは気のせいではあるけれども、気分的には正しいだろう。
ウルは背を向けたままだったが、『聞こえている』とばかりに手を上げてヒラヒラと振る。
「十五秒後! 上にぶっ飛ばして!」
わたしの要請にグッと拳を握りしめてから、ウルはアンフィスバエナへと飛び掛かった。
「フリッカ、セイクリッドウインドランスの詠唱。ウルがアイツを打ち上げたらブチかますよ」
「えぇ」
ただちに詠唱を開始するフリッカ。
わたしはわたしで聖風の矢(事前にあれこれ魔法を篭めてもらって作っているのである。やはり酷使し過ぎだろうか?)を番えて引き絞り、時が来るのを待つ。
――ドゴンッ!!
――グギャアアアアッ!?
オーダー通りきっかり十五秒後。
一際大きな打撃音が鳴り、一拍後に雄叫びと共にアンフィスバエナの巨体が宙を舞った。
その様はいっそ夢かと思うほどに滑稽であり、絶好のチャンスである。
「――邪なる力を貫く嵐のごとき槍と成れ。セイクリッドウインドランス!」
「いっけぇ!!」
ドッッッパアアアンッ!!
二条の聖なる風の槍は無防備なアンフィスバエナの体を貫き、その体の大半を吹っ飛ばした。
「あ、魔石……大丈夫か」
魔石らしき物体が飛んで行く……かに見えたが、ウルが抜け目なくキャッチする。あそこまで分離すればモンスターの動力になることはないだろう。
強力なモンスターの魔石は良い素材になるからね、砕かずに済むならそれに越したことはない。
これで一安心かと思ったが、事態はまだ予断を許してはくれないようで。
「兄ちゃん! 無事か!?」
見覚えのある少年が悲痛な叫び声をあげながら、厳しい戦場であった外へと駆け出して行く。
「……フリッカ、外の怪我人の救助に行くよ」
「……はい」
壁の外は惨憺たる有り様であった。そこかしこにモンスターの死骸が散らばり、腐肉やら体液やらで異臭を放っている。
村人は誰一人として元気な者は居らず、疲労からか、怪我が重いからか、座り込み、倒れている人がたくさん居た。
ウルにもポーションは持たせていたけれど足りなかったのか、使う余裕もなかったのか。とにかく目に付いた村人に怪我の重さを確認する余裕もなく、フリッカにも手伝ってもらって無差別に振り撒いていく。状態異常に掛かってる人も居るけれども、LPさえ尽きなければ生きてはいられるだろうと判断して後回しに。
そうして最後に辿り着いた場所――つまり最前線で、ポーションの空き瓶を手に困ったように頭を掻いているウルが居た。
足元には先ほどの少年と……少年が兄と呼んだ者が横たわっていた。
ただし、明らかに、もはや生きてはいない有り様で。
「――っ」
ドクリと、心臓が嫌な音を立てた。
「兄ちゃん! 兄ちゃん……応えてくれよ!」
少年は半狂乱と言った様子で青年に縋りつき、自身が血塗れになるのにも構わず揺さぶっている。
揺さぶった先から、溢れ出していた。
もがれた腕から。潰れた足から。斬り割かれ、内臓が零れ落ちている腹から。
とうに終えた生の、残りかすが。
わたしは少年に声を掛けられず立ち竦んでいたのだが、少年はわたしに気付いたらしい。
バッと顔を上げ、絶望と希望がない混ぜになった顔でわたしに、絶叫のような懇願をする。
「なぁ、アンタ、ものすごいポーション持ってるんだろ!? オレの兄ちゃんも助けてくれよ!!」




