襲撃
「お? 何やら村っぽいものが見えてきたぞ?」
空で見た記憶に沿ってうねうねと進路を変えつつ、大体東に向かうこと更に数日。道中でまた一つ瘴気の発生源を潰したものの、変化のない砂漠の風景に飽きてきて『モンスターにはあまり遭遇したくないけど、何か変わったものがないかなぁ』などと思い始めた頃。石ブロックを積んで上方から双眼鏡――最近作った――で周辺を見回していたら、まだ豆粒ほどの大きさだけれども村を発見した。
「また廃村ではないのか?」
「いや、動いてる人影っぽいのも見えたから、誰かしら住んでいると思うよ」
下に降りて報告したらウルから疑問の声が上がったけれども、その可能性は低い根拠も話す。
……人型モンスターとか、住人じゃなく旅人とか盗賊とかそんなパターンもあり得るかもしれないけれどもね。後者に関しては、こんなご時世ではめちゃくちゃリスク高いからないと思うけどさ。
「と言うことは、その村に神子様がいらっしゃるのでしょうか」
フリッカが犬ぞりならぬウルぞりに乗ったまま疑問を投げかけてくる。
これは一朝一夕に体力は増えないものだから、簡易的な移動手段として考案したものだ。動力を別で用意するには丁度良い魔石がなかったのである。……魔石を直列回路みたいに使って力を増幅出来ないかな? いずれ試してみよう。
フリッカはひどく申し訳なさそうにしてたけど、ウルは体力が有り余っているからね。むしろそりで楽になっているとは言え人一人運んでいるのに、わたしより疲れてないのだから一体どんだけあるんだって言う。
……もしかして……わたしも乗ってウルに走ってもらった方が早かったのでは? い、いやいや、わたしも出来る限りは体力を付ける努力をしないとね。
ちなみに、拠点に置いて行くと言う案は出なかった。
「んー、違うんじゃないかなぁ……?」
創造神は確か大きなオアシスがあると言っていた。でも大きな水場や緑地があるようには見えなかった。見えた範囲では村の規模も小さかったし、発展してなさすぎなのでその点からも違うと思われる。あ、地下が発展していたりするとか……?
まぁ、砂漠に入ってから十日は経っているけれど、まっすぐ進んでいないから距離的にはまだ先だろう。
「何にせよスルー出来ないし、神子が居る村の位置を知ってるかもしれないし、行ってみよう」
「うむ」
「そうですね」
そうしてまたも雑談混じりでしばらく歩き、もうちょっとで肉眼でも見えてきそうかなと言う位置の少し手前で、ウルがそれに気付いた。
「やたら砂煙が多いのであるな?」
「ん? 風が強いのかな?」
「……いや……あれは……」
一転して険しい表情で前方を睨みつけるウル。その視線の先に映るものは。
「……チッ。リオン、どうやらモンスターが襲撃してるようであるぞ」
「!? い、急がなきゃ!」
全力ダッシュで……あぁいや、ウルに先行してもらった方がいいかな?
こんな状況ではわたしの足に合わせるのすら時間が惜しく――
「リオン、乗るが良い!」
「えっ――」
「きゃっ?」
フワリと体が持ち上がったかと思えば、何か柔らかい物の上に落とされる。
かなりの近距離で聞こえたのはフリッカの声で……もしかして。
「フリッカ、リオンを落とすなよ!」
「ふご」
「わ、わかりました……っ」
ギュッと体が抱きしめられるような感触がすると同時に、猛烈な勢いで地面――ではなく、ウルの引っ張るそりが動きだした。
そう、わたしはフリッカに、もといそりに乗せられたのだ。
時速にすると何キロだろうか。さすがに自動車は超えていないけれども、人二人を引っ張っていることを考えるともはや人間業ではない。いや、人間じゃないんだけどね?
景色がグングンと後ろに流れていく。わたしはそれこそ自動車や電車で慣れているけれど、フリッカにとっては初の体験だったのだろう。怖くて声も出せず、それでもしっかりとわたしとそりの縁を離さないようにしていた。おかげで体の位置を変えたいのに変えられない。
「あっ」
唐突にウルの抜けた声が聞こえた。
何事!? と聞き返す必要もなく答えは自ずと示される。
そりごと浮遊感に包まれることによって。
……小さな砂丘にでも乗り上げて、勢い余って飛んでる!?
待って!? 着地はどうするの!?
抱きかかえられているせいで受け身を取ることすら出来ず、せめて舌を噛まないように歯を食いしばっていたけれども、想像したような衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
「すまぬ。でも文句は後にしてくれ」
どうやらウルがキャッチしたらしい。
ホッとしたのも束の間、またも凄まじい勢いでそりが動きだすのだった。
その後も何回か小ジャンプが挟まって、まるでジェットコースターに乗ってる気分だったよ……。
「うわあああっ!?」
「ちくしょう、どうしてこんなに数が……!」
かなり近づいたことで声が聞こえるようになった。状況も肉眼でありありと見える。
村の周りに防衛用の石壁があるのだけれども、壁を登れるパラライズスコーピオンやランドリザードにはほぼ無意味で乗り越えられてしまい、更には力が強いアースオーガも居て一部破壊されてしまっている。壁の外側で奮戦している人だけでなく、内側に居る人たちも襲われていた。
このような過酷な地に住んでいるだけあってそれなりの腕はあるみたいだけれども、モンスターの数が多いせいで手が回らないでいるようで、何人か倒れている人もいる。……間に合わせないと!
「ウルはとにかくモンスターの数を減らして! わたしは村人を守ってるから!」
「任せるがよい」
そのまま村に入るよりかはさっさと手伝った方がいいだろう。
ウルに頼むと弾丸のようにモンスターの群れに突っ込んでいった。
すぐさまドォン!と大きな音が響き、大量のモンスターが打ち上げられる。
……人の悲鳴が混じってたけど、村人も打ち上げられてないよね? 大丈夫だよね?
「フリッカは……動けるようになったら来て。先に行ってるよ」
「……わ、わかりました」
口元を押さえながら答えるフリッカの顔色が青い。酔ったのだろう。……まぁうん、乗り心地は悪かったのだし、責められはしない。
わずかとは言え一人で残していくフリッカが襲われないよう聖水を撒いてから、わたしは村の方へと走った。
聖水を投げ、群れるモンスターを刺し、踏みつけ、壊れた壁から中へ入る。
「加勢します!」
「お、おぉ……!?」
モンスターと間違えられて武器を向けられる前に先制して声を掛ける。
混乱しているみたいだけれども、ここで説明をしてる暇はない。
わたしはざっと見回し、回復が必要そうなところへ手当たり次第にLPポーションを投げ付けていく。ざわめきが大きくなったけどこれも無視。
「他に怪我人は!?」
「こ、こっちだ!」
すれ違い様に槍でモンスターを刺しながら呼ばれた方に走ると、崩れた壁に巻き込まれた人が居た。モンスターにもやられたのだろう、とりわけ大きな裂傷がありそこから相当な量の血を流している。
真っ赤に染まったその体を目にしたことで、わたしの指先が冷えたような気がした。でも怯んでいる場合じゃない……!
「治れ!」
震える手を気合で抑えつけながら上級LPポーションを急いで振り掛ける。
傷がみるみると塞がっていく様子にわたしを呼んだ少年が目を丸くさせていた。わたしも傷が治った――つまりこの人はまだ生きていたと言う事実に内心でかなり安堵していた。
っと、ゆっくりしてられない。
「この人は安全な場所に下げて! 次!」
「後ろ、危ない!」
別の村人の警告に振り向いてみれば、もう目の前にモンスターが……しまった、怪我人に気を取られすぎた!?
迫りくるその様子がスローモーションにすら見えて、やがては視界を埋め尽くし――
「アーススピア!」
モンスターの爪がわたしに届く寸前、地面から隆起したいくつもの土の槍によって串刺しにされた。
……誰がやってくれたかは言うまでもないだろう。
「ごめんフリッカ! ありがとう!」
「……いえ、遅くなりました」




