汚染された村
いつものごとくホーリーミストを使用して瘴気の中へと足を踏み入れる。
瘴気は広く浅くなのか、元々そんなに量がないのか、視界が遮られる程でもなく、砂地が汚染されているもののぐずぐずと腐臭を発しているとかもない。侵入した途端にわんさとモンスターが襲い掛かってくるとかもなかった。散発的には襲ってきたのだけれども、大した被害を受けることなく撃退する。
「……ゼピュロスの時よりは随分マシだな?」
「そうだねぇ。でも油断は大敵だよ」
レグルスの声が固いのはあの惨状を思い出しているからだろう。あれはホントもう酷かったからねぇ……わたしもあまり思い出したくないけど脳裏に浮かんできてしまい顔をしかめる。
げんなりとしながら進んで行くと、中央であろう場所に一際大きな建物があり、それを取り囲むようにいくつもの日干しレンガ造りの建物があった。
ゼピュロスの時と違い建物がかなり残っているのは人が居なくなってそこまで時間が経っていないのか、素材の耐久値が高いのか。ただ触れてみると瘴気の影響もあってかボロっと削れたので、そう遠くないうちにここも風化するのだろう。
……こうして一つ、また一つとこの世界から消えて行ってしまうのだろうか。
瘴気の件がなかろうと永遠なんてない。そう頭ではわかっているのだけれども、やるせない気分になってくる。
いつも創造神が大変そうにしているわけだ。失われて行くばかりで、生み出されるものが少ないのだから。
いやまぁ、他の場所で元気に住人が生きてる可能性だってある……と言うかずっと東の方に神子が居るらしいしね。当然そこは大丈夫でしょうよ。
もしかしなくても、初めて会う現地の神子なんだよなぁ。良い人だといいんだけども。
創造神曰く、破壊に傾きすぎてなければその力を取り上げることはしないらしいけど……それは言い変えれば多少なりとも性格が破綻してたところで問題ない(ないわけじゃないか?)と言うことだし。
うーん……期待と不安が入り乱れる。
「リオン様?」
「……おっと」
指摘されるくらいに随分と思考が逸れてしまっていた。ここは瘴気の中なのだから気を付けないといけないのに。
ペチっと頬を叩いて気を引き締め直す。
「ひとまず……重要施設と思しき中央に行ってみようか」
わたしの提案に、誰も異議を唱えることなく頷いた。
メインの通りとして使われていただろう開けた道を歩いて行く。ついでに途中の左右の建物を覗いてみたけれどあからさまに不審な点は見当たらない。潜んでいたモンスターが飛び出てきたけど、たまたまそこに居ただけで特に意味はないだろう。
「んー……地神様の神殿?」
「……ここまで壊れていては、私にはわかりません」
中央の建物は近くで見てみれば神殿のようだった。地神の管理地域だったのだし、地神を祭る神殿なのかと思ったのだけれども、像が設置してあったと思われる場所は壊れていたし、わたしが知っている様式とは微妙に異なっていたので断言は出来ない。フリッカにもわからないようだ。
今度地神に聞いてみるか? ……いや、もし地神の神殿だったとしたら「壊れてましたよ」なんて言葉は辛い思いをさせてしまいそうだ。やめておこう。
さて、前回は廃教会の下に地神が封印されていたことだし、今回も何かしらあったりしないだろうか。
「……何もなさそうだのう」
「あたしの方もなさそう」
ウルが足で、リーゼが槍の石突で床を叩いているけど、地下室があるような反応はないとのことだ。
下だけじゃなく上も見てみたけど、屋根は崩れており、こちらも明らかに何もない。
どうやら瘴気の発生原因はこことは関係ないようだ。同じパターンは早々にないかぁ。
肩透かしにがっかりしながら神殿の外に出て、何処か他に怪しい場所はないかと皆でキョロキョロしながら歩き回る。すると。
「リオン、あれではないか?」
「ん?」
ウルに指し示された先には同じくレンガ造りの丸い井戸があった。地下水脈から汲み上げていたものだろうか。切れたロープが風でわずかに揺れている様がどこか哀愁を誘う。
そして言われてみればなるほど、井戸の周りの瘴気が濃く……いや、地下から沸いている……?
……もしも地下水脈全体が汚染されているのだとしたら、事態は想像より遥かに深刻な状態である。
何せヒトが生きて行くには水が必須なのだ。この村のように井戸から瘴気が沸いて出て来たら、そこにはもう住むことは出来ない。浄化したとしても、大元が汚染されている限り瘴気はいつまでも沸き続けるので大変な労力が必要となる。
空からの眺めであちらこちらに瘴気が発生していたのも、地下からのものだったのだろうか。単なる点在じゃなく同一原因だとしたらかなり根が深いぞ……。
ともあれ、悪い想像ばかりしていてもどうしようもない。今は目の前のことに集中しよう。
井戸を覗いてみても瘴気も相まって中は窺い知れない。まずは枯れ井戸かどうか確かめるために石を落としてみる。
「ウル、水の音は聞こえた?」
「うむ」
うぬぅ……枯れ井戸でここだけが汚染されているならまだ救いはあったんだけどもなぁ。これで地下水脈全体が問題の可能性も強くなってきた。
「まずは我が降りて様子を見てこよう。ロープとランタンを貸してくれ」
「お願い。気を付けてね」
大きな石ブロックを出してロープを結び付け、解けないこと、ウルの体重で動かないことを確認してから、井戸の中へ入る。まるで訓練された兵士の懸垂下降のようにスルスルと下へ行き、あっと言う間に瘴気の暗闇に吞まれて行った。
ロープが淀みなく動いていることからして無事ではあるのだろうけど、見えない、危険であろう場所に一人で行かせてしまうことに心がざわめいてしまう。
しかしその時間はそう長くもなく、ウルはひょっこり井戸から顔を出すのだった。
「下の方は大きな空洞になっておった。瘴気はやや濃くなったが近くにモンスターも罠もないので降りても大丈夫そうだぞ」
「あれ、水は?」
「……深そうだったの」
「んー……まぁわたしが降りて足場を確保してくるよ」
おっかなびっくりロープで降りて行くと、確かに大きな空洞が存在していた。よくもまぁ砂で埋まらなかったものだ。ここらは地盤が固いのかな。
足場を作るため石ブロックを落としていくとドボンと大きな音を立てて沈んでいく。……砂漠だって言うのに二メートルくらいあるな。あ、でも、砂漠の緑化が難しいのは、水の問題だけじゃなく砂が移動するからと言うのもあるんだっけ?
いやいや、こんなところで考え込んでいる場合じゃない。暗いし流れもあるし、落ちたら危険この上ない。さっさと作業を進めよう。
落とした石ブロックを起点に、水のない場所まで簡易的な橋を作成してからわたしは皆を呼んだ。
まずフリッカを背負ったウルが降りて来て(うん、一人だとムリそうだね……)、次にリーゼ、最後にレグルスが降りて来た。わたしと違って危なげない動きだった。
無事に皆合流したところで、改めて空洞を見回す。水に沿った大きな穴と、小さな穴がいくつか空いていた。大体は自然に出来上がったもので、さすがに人が掘ったものではないだろうけど、モンスターが掘った穴はあるかもしれないな。
瘴気に紛れてわかりにくかったけど、そこでやっとわたしは気付く。
「あー……ダンジョン化してるね、ここ」
「む、そうなのか」
核を探して浄化すればここら一帯は好転するかもしれない。
そんな願いを抱えて、核の気配がする方――水が流れてくる方へと向かうことにした。




