ダンジョンの主
迷路のような構造に頭を悩ませながらも、わたしたちは進んで行く。
モンスターとは変わらず遭遇しないまま、行き止まりにガッカリしたり、わたしの採掘と言う小休止を挟んだりしながら小一時間が過ぎた。
わたしの感覚が正しければ同じところをグルグル回っているわけではなく、蛇行しながらも進んではいる。まぁ、一度付けた目印を行き止まりから戻る時以外は再度目にすることはなかったので間違ってはないだろう。……目印が消されてるとか、細工されてるとかはない、はずだ。魔法トラップバリバリのダンジョンだと目印が消えるんだよねー……。
しかし自然に出来たにしては随分大きいダンジョンだ。やはり過去に誰か、何かが掘って作ったものなのだろうか。わたしの目では判断が付かない。
「……む?」
「ウル、何かあった?」
いい加減緊張感を保つのにも疲れてきたところ、ウルが小さく声を出した。
ランタンがあってもなお薄暗くわたしにははっきりと見えない通路の先に、何か変わったものでもあったのだろうか。
「わずかにだが空気が動いておる」
「つまり……出口が近い?」
ここは土と岩に覆われた山の中のダンジョンだ。空気の流れに変化があるとしたら、それは外からの空気が通る穴――つまり出口か何かがあると言うことになる。
……変なガスとかが噴出する自然現象やらトラップやらがなければ、だけども、ウルの声音からして切羽詰まった事態でもなさそうだ。
「はぁ、やっと出口なのかー。モンスターも居ないし気が滅入ってくるところだったぜ」
「レグルス兄、まだ油断は禁物だよ?」
気を抜いて伸びをするレグレスを窘めるリーゼであるが、彼女自身もどこかホッとしている節がある。
まぁ何もなければ退屈で仕方がないよね。閉塞感で息苦しさもあるし。わたしは素材がそこそこ入手出来たので無駄ではなかったけれども。
しかし、そんなわたしたちの緩んだ空気は、ポツリと呟いたフリッカの言葉により再度引き締められることになる。
「……出口だとしたら、結局核はいずこなのでしょうか?」
「……そう言えば、見つかってないね……」
ついでに言えばガーディアンモンスターにも遭遇していない。モンスター以外はちらほらうろついてるのだけれども、普段暗闇で過ごしているせいかわたしたちが近付いたら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
モンスターに守護されることなく、核がポツンと転がってることはない、と思うけれども……どうなんだろうな。
「ふむ……リオンよ、核の気配はするのか?」
「んー、この道の先に」
ウルの疑問に、わたしは進行方向を指差した。
「……洞窟から出るだけで、ダンジョン自体は続いておる……?」
「かもねぇ」
物語などでダンジョンとは迷宮を示す場合が多いだろうけれども、ワールドメーカーとこのアステリアにおいては『核が影響を及ぼす範囲』のことである。ただ、モンスターが昼間にはなかなか出現しないように、日の光が当たらない洞窟や遺跡に核が出現し、ダンジョンが出来ることが多いだけだ。
今回の場合は一旦外に出るけど近くにまた穴があるとか、ひどい場合は核のある場所への道がそもそもないパターンもあり得るか。あんまり時間を掛けていられないので、すぐにわかる場所にあってほしいなぁ。近付いてる感じはするのでそんなに遠くはない、と思いたい。
ウルが空気の流れを頼りに進み始めたおかげか、行き止まりにブチ当たることが減った。わたしだと全然違いがわからないのに、さすがである。
そんなわたしでもやっと違いが感じ取れるようになった頃、曲がりくねった通路の先が少しばかり明るくなっていることに気付いた。
「……日光?」
「さて、現時点では何とも判断が付かぬ。それよりも、この先に何か居るぞ。我の見立てではかなり大きいな」
「!」
わざわざウルがかなり大きいと言うのであれば、実はヒトが居たと言う話ではなく、十中八九モンスター……それもガーディアンの可能性が高い。
わたしたちはいつでも戦えるように装備を見直し、念の為SPを回復してからゆっくりと足音を極力立てないようにそろりそろりと近付く。
ウルはいつも通り気負いも何もないけれど、推定モンスターがそんなに強くないのだろうか? いやでもウル基準だと当てにならないからな……。
そんなことを考えながらもう一歩踏み出したその時。
――ゾワリ、と。
強烈な気配が叩きつけられ、足が止まった。
……は? なにこれ?
あまりに唐突な変化に、一瞬わたしは別世界に紛れ込んでしまったのかと錯覚した。
例えるなら、結界の内側と外側。外側に居れば内側のことはさっぱりわからなくなるが、内側に入った途端に詳らかにされる。
ゲーム中ではシナリオ後半のダンジョン、ミラージュキャッスルがそうだった。周囲はただの(と言うには強力だけれども)モンスターが蠢くだけの森だけれども、城は隠されていて遠くからは空を飛んでいても発見できない。一定距離内に近付いて初めて城が出現する(出現したように見える)と同時に瘴気が溢れるのだ。
「……リオン様?」
わたしが足を止めたことに真っ先に気付いたのは隣を歩いていたフリッカであった。
彼女はこの圧を感じていないのだろうか、至って普通に見える。それともギリギリ範囲内ではない?
「……フリッカ、もう二・三歩前に進んでくれる?」
「……? わかりました」
首を傾げながらも素直に進んでくれる。特に変化はない。
わたしの後ろに居たレグルスとリーゼにも頼んでみるけど、やはり変化はない。一番前を歩いているウルなら言わずもがな。
……わたしだけ?
わたしと皆に違いがあるとすれば……わたしが神子だから? 神子だけに作用するモノって何かあったっけ……? 神子特有の核感知能力の類似品……?
ダメだ、考えてもわからない。
「リオン、大丈夫か? ……引き返すか?」
「いや……行こう」
ウルがわたしを気遣ってくれるが、ここまで来て戻るのはもったいないにもほどがある。それにプレッシャーに気を取られていたが、あの向こうに核があるようなのだ。ここで引けない。
そしてもう一つ理由があって……確かにズシリと何かが圧し掛かっているような感覚だけど、瘴気のような澱みがないのだ。これまでずっと嫌な予感がしてこなかったように、悪いモノではない……気がする。
あくまでわたしの主観でしかない曖昧であったけれども、進む意志を宿したままのわたしに、ウルは「そうか」と頷いた。
「風が――」
誰の言葉だったか、吹き荒ぶ風に流されて定かではない。
そうして辿り着いた先には、確かに外への穴があった。
ただし……遥か上に。
そこは、これまで通ってきた穴とは打って変わって大きな空洞であった。
正確には計れないが、少なくとも縦横百メートルはある。高さもかなりあり、見上げれば小さく切り取られた空が見えた。上空から風が吹き込んでくるので、ここでは風が強いのだろう。
上に穴が空いているのでこの場も日で照らされ、洞窟の中ではあるのだけれども視界は良好で、隅っこでもなければ何があるかすぐにわかる。
だから、それが、よく見えた。
中央に鎮座する、巨大な岩……などではなく。
「……まさか……空の王……?」
鮮やかなスカイブルーの羽に覆われた、巨大な鳥が。




